二人分の幸福

「お、期間限定かあ。おじさんそういうのに弱いんだよな~」
 そう言いながらモクマはきれいなPOPの奥に陳列された酒瓶をひとつ手に取って買い物カゴに入れた。それを半歩後ろから見つめるチェズレイの視線に気づき、モクマは「……ダメ?」と首をわざとらしく傾げながらチェズレイを振り返る。上目遣いのおまけつきだ――まあチェズレイはモクマよりもずっと身長が高いので、どちらにせよ見上げることにはなるのだが。
「いえ、ダメではありませんが。少々買いすぎではないか、と思っただけです」
「やっぱり? いや~でもねえ、このへん他では売ってないような美味しそうなお酒とか、期間限定、地域限定とか多くてさあ。つい」
 ちらりと見下ろしたモクマの手の中の買い物カゴには、既に何本もの酒瓶が入っている。食料品の買い物ついでにお酒コーナーに立ち寄ったところ、予想以上の品揃えにテンションが上がったモクマが気の向くままにぽんぽんとカゴに入れていってしまった結果だ。
「まあ、あなたがお酒に強いのはよく存じておりますし、仕事に影響を残すような深酒もしないということは信頼していますから。私がとやかく言うことではありませんが――」
 腕を組みながらチェズレイはモクマに言う。そんなチェズレイの言葉にモクマは一度目を瞬かせてから、思わず口元で小さく笑ってしまった。
 詐欺師を生業とするこの青年は、時々、自分が関わることになると変に疎くなることがある。
「うん、まあね。大半はおじさんの胃袋に消えることになるとは思うんだけど」
 そう言ってモクマは、今棚からカゴに入れたばかりの酒瓶を手に取ってチェズレイの目の前にずいと出してやる。期間限定の華やかなパッケージに包まれた、軽い口当たりと芳醇な香りを売りにしているという地元産のクラフトビールだ。
「これとかさ、この間チェズレイが美味しいって言ってたフレーバーに似てると思うんだよね」
 あとこっち、と言って別の瓶をモクマは目で示す。そちらはこの地域特産の果実酒。これまでモクマは果実酒類はそれほど好んで飲んできたわけではなかったが、アルコール耐性の低いチェズレイでも飲めるものはと探すうちモクマもたまに自分からも楽しむようになっていた。「アルコール度数低めだし味もキツくなさそうだから、チェズレイでも飲みやすいと思うし」と言うと、今度は目を瞬かせるのはチェズレイの方だった。
「ひとりでの晩酌よりふたりでの晩酌のほうがずっと楽しくて幸せなことだって知っちゃったもんで、最近はつい色々買いたくなっちゃってね。――ちょっとは付き合ってくれるでしょ? 相棒」
 モクマの言葉に、チェズレイはふっとその頬を緩める。詐欺師としての計算もない、取り繕いもしない、等身大の青年のチェズレイの笑い方だった。こんなふうにチェズレイが笑うのだということを、この長い旅路を共にする中でモクマは知った。
「仕方ありませんね。……まったく、私をダシに使うとは」
 そんな言い方に反して、チェズレイの声色は楽しそうだ。「ダシになんか使ってないよ」とモクマも小さく笑う。一人で放浪していた頃よりも重い右手の買い物カゴは、きっと小さな幸福分の重みだ。



(2024年3月9日初出)
チェズモクワンドロワンライ 第131回【小さな幸福/期間限定】




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