Pleasure time with you!

 重い一撃。派手な音と共に、画面の中のキャラクターは見事に吹っ飛ばされていった。数分前のデジャヴだ。というか、ここ数日のデジャヴ。この場面をもはや何度見たことか。
 画面に表示されたK.O.の文字に、モクマは「ああ~」と情けない声を上げながらがっくりと肩を落とす。そんなモクマを見て、チェズレイは口元に手をやりながら楽しげに、そして不敵に笑っている。
「隙だらけでしたよォ、無敵の武人殿……? 操作キャラクターを変えてもデジャヴでしたねえ」
 ここはルークの家のリビング、一時的に同居生活をしている家主とその相棒はとっくに自室に戻った深夜である。
 クリスマスに控えた五つ星ホテルの『本番』の調査に向けここに滞在して数週間。ここにいる間はしばしチェズレイとモクマの世界征服稼業も一休み――完全に休んでいるわけではないが、大掛かりな動きをすることもなく、最低限の情報収集の手は欠かさぬようにしながらも比較的ゆったりとした穏やかな日々を過ごしていた。
 折角久々に仲間たちとたっぷり過ごせる時間なのだからと、互いの意見が擦り合わせるまでもなく一致した結果だ。いつ何時も知略を巡らせ、一秒たりと手を抜かず、周到に闇社会を征服していく大将の「時には休息も必要ですから」と言ったすぱっとした考え方をモクマも気に入っていた。
 そんな風にエリントン滞在の日々をのんびり過ごしているモクマとチェズレイに、「このゲーム機も好きに使っていいですからね、複数人で遊べる対戦系のゲームとかも色々追加で買っておきましたから!」と張り切った顔で言ってくれたのは愛すべきこの家の家主・ルークだ。
 それなら折角だし、と二人とも慣れないゲームを始めてみたのが運の尽き、というかなんというか。――つまりは、チェズレイがすっかりこのゲームにハマり、夜な夜なモクマを誘って対戦したがるようになったのだった。
「ルークが初心者向けのキャラって言ってたんだけどもね、やっぱキャラ変えたくらいじゃダメかあ。やっぱりおじさんそもそもがゲーム音痴なのよ」
「おや、向上心のない。誰だって最初は初心者ですよ」
「お前さんは最初から上手すぎじゃない?」
「お褒めにあずかりまして。それではもう一戦お願いしますね」
「ええ、まだやる?」
 もー、と苦笑しながらモクマはソファの背もたれにぼすんと体を預けた。頭まで凭れさせて白い天井を見上げた後、その顔はチェズレイの方に向ける。目が合って、チェズレイに「何か?」と問われる。
 その声色はモクマを責めたり追い詰めたりするためのものではない。二人きりの時にしか聞けない、ひどく柔らかく、楽しそうな声音だった。その目元も仕事の時の鋭さはすっかり鳴りを潜め、穏やかに緩んでいる。
「いや? ……お前さんが楽しそうで、可愛いなって思ってさ」
 モクマの言葉を受け取ったチェズレイはひとつ瞬きをする。その長くて美しい睫毛をモクマがじっと見つめているうち、チェズレイはふっと楽しげに笑った。
 それは世界征服を目論む大悪党の顔には到底見えない。ただただこの時間を楽しそうに愛おしげに見つめる、そしてどこか子どもじみた素直な表情だった。
「あなたがもっと上達して下されば、もっと楽しくなるのですが」
「……善処しまあす」
「フフ、狡い言い方だ」



(2024年3月18日初出)





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