刻みつけて永劫

 エレベーターを上がった先、四部屋のスイートルームが並ぶフロアの廊下は夜の帳に包まれしんと静かなものだった。見るからに上等な、足音すら吸収する深いカーペットの上を言葉もなく並んで歩き、先に見えてきたのはモクマに宛がわれた方の部屋。隣のモクマは見えてきた自室のドアを一瞥し、そうしてからちらりとこちらを見上げる。その行動に、深い色をした眼差しの奧に潜む問いに、例え酔っ払っていようが気付けぬほど愚鈍ではないつもりだ。
 チェズレイはわずかに手を動かしてモクマの手の甲に触れ、そして掴むと言うには随分と柔らかい力でモクマの手首に自分の手を重ねる。くん、と軽く引くのを強請ねだる合図にした。
「……ん」
 モクマは静かに頷いて、手を引かれるままチェズレイの隣を歩いた。モクマの部屋を通り過ぎ、次に見えてきたのはチェズレイに宛がわれた部屋だ。

 部屋に入って、ドアが閉まるのとほとんど同時にモクマの唇を奪った。ガチャン、とオートロックの重いドアが閉まる音と、モクマの背が壁に触れる小さな音が重なるのを意識の遠くで聞く。触れた唇が普段よりわずかに熱く感じたのは酒のせいか、先程の軽い戦闘での興奮のせいか、あるいはこちらの方が酔っ払っているからそう感じる部分もあるのかもしれない。
 とにかく、一度触れてしまえばこの男の温度を知るこの体は浅ましいほどすぐに欲望に塗れた。チェズレイから舌を伸ばせば、モクマはすぐに迎え入れるように唇を開く。むしろモクマの方から舌を伸ばしてきて、キスはあっという間に深くなる。モクマの手がチェズレイの頭に触れ、もっとと強請るように引き寄せた。わずかな空調の音以外音を立てるもののない整然とした高級ホテルのスイートルームに、互いの唾液が立てる淫猥な水音が落ちていくのがひどく下品で、しかしそれに興奮ばかりを感じている自分に呆れた。それが嫌じゃない。酒で頭が馬鹿になったのか、それともこの下衆にすっかり染められてしまったか。そんな思考にすらもチェズレイは興奮する。
 玄関口で、シャワーすら浴びず性急に求めるなど、チェズレイの美学には本来反することだ。しかも、慕わしき仲間たち他のBONDの面々も同じフロアに宿泊しているというのに。しかし、それでも今夜はこの男に触れていたかった。酔っているから? 誕生日だから? ごっこ遊びとはいえ久しぶりにこの男と相対して昂ったから? あるいは――。普段よりずっと浮ついてまとまらない思考は、下肢に押しつけられた熱さで霧散する。敏感な箇所に触れたその確かな質量に、びくりとチェズレイは肩を震わせた。
 あなた、キスだけで、と笑ってあげるには自分だって同じくらいに昂っていた。モクマの舌が深くチェズレイの口内を蹂躙して、溢れそうな唾液をチェズレイに押しつけるみたいに送り込む。抵抗も出来ぬままチェズレイはそれを受け取って、どちらのものか最早分からなくなった唾液を嚥下する。ごくり、とチェズレイの喉仏が上下して、それにモクマは満足したのかようやく唇が離れる。
 は、と互いに熱い息を零したのは同時だった。乱れた呼吸、赤くなった唇。明かりすら点けないままで暗い部屋の中、モクマの頬も色を帯びていることが分かる。興奮によって普段より鋭くなったモクマの目がチェズレイを捉え、その視線に見つめられたことにほんの一瞬チェズレイの動きが止まる。その一瞬の間にモクマは、チェズレイが手に持ったままだったカードキーを奪ってドアの横のホルダーにそれを差し込んだ。
 瞬間、部屋の電気が点きぱっと視界が明るくなる。その眩しさにチェズレイは思わず目を細めた。目を細め、眉根を寄せ、目がこの明るさに慣れてからもう一度モクマを見る。モクマはそんなチェズレイの一部始終をどこか楽しげに――性質たちの悪い下衆の顔で見上げていた。しかしその顔が赤く、興奮と欲にひどく濡れていることを部屋が明るくなったせいでまざまざと見せつけられ、チェズレイは体が熱くなる。そんなチェズレイを見てモクマはくっと喉を鳴らした。
 かわいい男だ、と言わんばかりの表情。――あァ、下衆な人だ! そうチェズレイは叫びたくなり、そんな衝動じみた感情が楽しくてたまらない。思わず唇がつり上がったチェズレイのことを、モクマはおかしそうに眺めている。
「待ちきれんかった? お前さんが、シャワーも浴びずに」
 モクマが優しい揶揄からかいを滲ませた声で言う。この状況をチェズレイに突きつけるような、そのくせ優越感に塗れたその声に、やはり下衆だなと頭の隅でチェズレイは思う。しかしこの男のそんなところすら、今のチェズレイが受け取るのは愛おしさばかりだった。「ええ」とチェズレイが肯定すると、モクマは満足げに、そして誘いをかけるみたいにその目をゆるりと細める。こういう瞬間のこの男の色気ときたら、一体普段どこにそんなものを隠し持っているのかとチェズレイは思う。
「する?」
 モクマがわずかに身じろぎをすれば、再び昂った互いの下半身が服越しに擦れる。ちり、と痺れるような刺激にまたチェズレイは小さく体を震わせて、しかし少しだけ口にするのに抵抗感を覚える言葉を口にするため眉間に皺を寄せ短く息を吐いた。
「……用意がありません」
 周到さが売りの詐欺師としてはあるまじき発言だが、今日は本当にそのつもりはなかったのだ。今夜は二人きりではなく、部屋は違うといえどボスや怪盗殿も同じフロアに宿泊することになる。そんな中で事に及ぶ気は無かった。
 良い子で『待て』はできるつもりでいたのだ。こんな風に昂り、盛り上がってしまったのがイレギュラー。――本当に、この男はチェズレイを何度だって掻き乱す。
「……おじさん、持ってるけど」
「……、下衆」
 上目遣いでされたモクマの発言に、チェズレイはそう返しながらも思わず強い興奮を覚えてしまったことも事実だった。一瞬、甘い誘惑と欲望にチェズレイの中の天秤がぐらりと揺れる。そんなチェズレイを見透かす眼差しで、モクマは「用意いいでしょ」と余裕ぶった年上の顔をして笑う。嗚呼、また天秤が揺れる――しかし、チェズレイは一呼吸置いてその天秤の揺らぎをどうにか残った理性で止めてやる。
「ですが、しませんよ。五つ星ホテルのスイートルームだ。防音はしっかりしているでしょうが、同じフロアに浅からぬ仲の彼らがいるという中でするのは気が引けます。……それに、とびきり耳のいい野獣もいる」
 言えば、モクマも納得したように眉を下げた。
「まあ、それはそうだねえ……」
 そして二人の間に静寂が落ちる。しない方がいい。いつも冷静な計算を弾き出してくれるこの頭はそう言っている。
 ――でも、やめたくない。
 体に持て余した熱が、欲が、心を一杯に浸してやまないこの男への愛おしさが、子どもみたいに駄々をこねる。アルコールや先程の対峙で高揚に酔った頭も、チェズレイの判断を未練たらしく鈍らせる。したい。でも、しないならもう離れてさっさとシャワーを浴びて寝るべきだ。そう分かっているのに、二人ともその場から動こうとしなかった。互いに次の言葉を探して、でも言いたくなくて黙っている。しばらくの間、空調の鈍い音を二人で黙りこくって聞いていた。天秤がまたぐらついて、そして。
 チェズレイは、静寂の中に小さな声をぽつりと落とす。
「しません。……最後までは。ねェ、モクマさん」
 欲に濡れた酷い顔をしている、自覚はある。しかしモクマはそんなチェズレイを笑わず、拒まず、茶化しもせずに、同じくらいに欲を湛えた目でチェズレイを見つめ返した。
「……声、抑えられますか?」



 シャワーで体についた汗やら埃やらを洗い流して、広いベッドの上へと二人で上がる。互いに何も纏わぬ姿で座って向かい合い、まだ昂ぶりの余韻を残した性器を二人分重ねるように握り合う。互いの敏感な部分が触れ合い、それだけで気持ちの良さに背筋が震えた。先に動き出したのはモクマで、二人分まとめて擦り上げられると思わず声が出てしまいそうになる。
「……ッ」
 モクマに要求した手前、自分の方が嬌声を零すわけにもいかない。寸でのところで堪える。モクマの手淫は、チェズレイがするものより少し力が強い。しかし乱暴なわけでは決して無かった。ぎりぎりのラインで、気持ちよさだけをチェズレイにくれる。その塩梅が上手いのだ。「……唇噛みしめて切れんようにね」とモクマが耳元で囁くので、チェズレイは頷きで返す。
 モクマの手の上から重ねた手で、チェズレイも二人分の性器を扱く。モクマが短く息を吐き出して、体をわずかに震わせたのが分かった。モクマも感じている。それが嬉しくて、チェズレイは何度も手の中のそれを擦り上げた。すぐに互いが零した先走りで手がぬるつく。先端を親指の腹で弄ってやると、モクマが「ッ、……ぅ、ん」と噛み殺すような吐息を零した。普段は堪えないで、聞かせてと繰り返し伝えたおかげで今や行為中に声を抑えることほとんどのないモクマがこんな風に我慢し、しかし堪えきれないといった様子で零す声に、チェズレイは正直なところ酷く興奮してしまった。我慢はさせたくない。声を聞きたい。その思いと同時に、この人が自分を律して必死にチェズレイの言いつけを守ろうとしているさまが愛おしくてたまらなかった。
 裸で向かい合い、互いの欲を満たすために性器を擦り合わせるこの行為は客観的に見て滑稽なことだろう。そう頭の隅で冷静な自分が思う。しかしチェズレイにとって、そんなことはどうだってよかった。滑稽だろうが、なんだろうが、私は今この人に触れたくて、それが今の自分にとって一番大切なことなのだ。
「……っ、ン、……」
「ぁ、……ッ、ふ」
 ぬるついた水音と、二人分の噛み殺した嬌声。気持ちよさに体が弛緩し、チェズレイはモクマの肩に凭れるように体を触れ合わせた。チェズレイよりも幾分小柄ではあるが、隙無く鍛えられたモクマの体はチェズレイが軽く凭れた程度ではびくともしない。モクマは空いていたもう片方の手で、そんなチェズレイを受け入れることを示すようにぽんと軽くチェズレイの頭を撫でた。髪越しに伝わってくるその少し硬い手のひらの皮膚の感触とあたたかな温度が心地良くて、嬉しかった。
 ――気持ちいい。心地いい。嬉しい、楽しい。
 そんな感情がチェズレイの内側で絡み合ってこみ上げる。それの溢れる沸点が普段よりも随分と低いように思ったのは、やはりアルコールとこの夜の高揚のせいだったのかもしれない。
「……ッ、く、……ハハ」
「……チェズレイ?」
「ふ、……ハハハ、ッ」
「……チェズレイさんやーい? どうしたの」
 チェズレイは堪えきれず、喉を震わせて笑い始めてしまう。数多の感情が堪えきれず、溢れて、それが今のチェズレイにとって楽しくて仕方がなかった。情事の最中に相応しくない笑い声に、顔を見なくてもモクマが戸惑っていることが分かる。そんな彼の様子も愉快で、チェズレイはまた笑ってしまった。
「……なんか分かんないけど、お前さんが声抑えろって言ったんでしょ~……」
 困ったような、でもひどく優しい声でモクマが苦笑している。モクマがあやすようにまたチェズレイの頭を撫でた。声はこれでも抑えているが、一度笑い出したらどうにもブレーキが効きにくい。
 ひとしきり噛み殺しきれない笑いを零したチェズレイが、少し落ち着き始めたところにモクマが二人の性器を握ったままだった手を緩く動かす。チェズレイの敏感なところを優しく撫でるようなその動きに、「ッ、ふ……」と嬌声混じりの吐息が零れた。
 呼吸を整えるためにチェズレイは長く息を吐いた後、囁くような、細い声で「……ねェ、モクマさん」と囁く。
 空気に紛れて、溶けてしまいそうなほどの小さな声。しかしモクマは違わずそれを拾って、普段より少しだけ低い、チェズレイにだけ聞かせるための小さな声で「なに?」と返す。その声に、心の深いところが安心する。受け取って貰えているのだということに、何度でもこの心は喜ぶ。
 触れた額、肩、手のひら、あるいは性器。モクマに凭れ、緩く抱きしめられるような格好でモクマの体温に包まれている。モクマの温度を、息遣いを、興奮で少し速くなった鼓動を感じる。ああ、生きている、と思う。互いの温度が溶け合うほどこんなに近くに触れ合って、余すところなく互いのことを感じている。――裸になって、互いの性器を擦り合って、そんな即物的な欲に塗れたこの格好はひどく滑稽なことだ。だというのに、自分でも可笑しくなるほどに幸福でたまらなかった。
 そして幸福でたまらないからこそ、怖くなることがあるのだと知ってしまった。
 かつての自分であれば、こんなことを思う自分こそ下らないと一蹴しただろう。触れ合っている最中にこんなことを考えてしまうのも、そしてその感情が堪えきれなくなってしまったのも、今日の怒濤のような出来事と、少し飲み過ぎたアルコールの所為なのかもしれない。みっともない。そう思う自分もいる。しかし、モクマが言うとおり、今日は『特別な日』であるのなら。羽目を外したって許される、この人に許して貰える日であるのなら。
 モクマの肩に触れたままの額を、擦りつけるみたいに小さく動かした。纏めていない自分の長い髪がさらりと揺れ、モクマの肩を滑って一束落ちる。かつて自分の計略によってモクマが負った銃弾の痕は未だここに刻まれている。自分の肩の鎌傷同様、少しだけ薄くなり始めているかもしれない。長い時間をかけていつか、薄くなって見えなくなる日がくるのだろうか。
 チェズレイは空いていた手をモクマの背に回す。こちらからも抱きしめるような格好になって、チェズレイは小さく息を吸う。モクマの薄い汗のにおいが鼻先に香った。
「……この体温を、忘れたくない」
 ぽつりと、ごく小さな声で、チェズレイは口からそんな言葉を吐き出した。
「いつか今生の別れが訪れて、私とあなたが離ればなれになったとしても、二度と触れられなくなっても、あなたとの〝約束〟があれば生きられるつもりでした。けれど、……この体温を、においを、声を、あなたと触れ合ったすべてを、私は忘れたくない。例えほんのわずかでも、褪せてほしくない。――この人生を終えても、来世があるのだとしたら来世の先まで、ずっと、わたしは」
 死は全ての人間に共通に訪れる。不死など存在しない。それが早いか遅いかの違いだけだ。
 そんな当たり前のこと、とうに理解していた。闇社会に身を置くものとして覚悟も決まっていた。それをいたずらに恐れる気持ちすら、自分は持たずに生きてこられたのに。
 仕組まれた亡霊騒ぎの後の、論理で説明しきれない事象。親と子、生と死――それを見守った、隣にいる相棒。
 死は終焉だ。目の前にあるものだけが現実。その先などないとずっと思っていた。だけどあなたが、その先もと笑ってくれたから。途方もない約束の、さらに先の話を。
 あの時に交わした約束の喜びは、あなたと共に歩む年月を重ねるたび濁りとなって、私を縛る。例え死の先、来世など存在しなくとも、その先でまたあなたと出会うことができるのだという幻想を一時のよすがにできるなら、そんな約束を交わした思い出があれば私は笑って今生を終えられる。そのつもりだった。だというのに、あなたの隣で生きる日々があまりにも幸福すぎるせいで、そんな聞き分けの良い言い分すら口にできなくなり始めている自分を、うっすらと自覚し始めていた。
 あなたと離れるのが怖い。まるで自制のきかない子どものように、そう喚きたい衝動に駆られる。今が幸福であればこそ、いつかあなたにこうして触れられなくなった時、あなたのこの温度を段々と忘れていってしまうことが怖くて仕方がなかった。ああ、私はこんなに脆くはなかったのに。あなたのせいで私は強くなって、同じくらいに脆くもなった。感情を隠し、演じることは得意なはずなのに、あなたの前では私は簡単に暴かれてしまう。
 モクマを抱きしめた腕にわずかに力を込める。そうしたらモクマは静かな、そしてひどく優しい声で「……うん」と言ってチェズレイの頭を撫でた。その声と手の優しさに、無意識に強張った感情がじわりと解けていくような心地になる。
「……ずーっと忘れられないくらいに、何度も、こんなふうに触れ合おうよ。来世でまで覚えてられるくらいにさ。体に刻みつけて、その温度を辿って、俺はまたチェズレイを見つけに行くから」
 耳元で、チェズレイに言って聞かせるみたいにモクマはそう語りかける。一呼吸おいた後に、「でも、チェズレイに先に見つけられちまうかな。なんたって知的犯罪の申し子、天才詐欺師だもの」とモクマは少しだけおどけてみせた。チェズレイはそれに口元で小さく笑って、「謙遜しますねェ、ニンジャさん。では詐欺師と忍者の勝負といったところですか」と乗っかれば、モクマは「そうだねえ」と笑い返す。
 埒もない会話。互いに、本気で今生の先があるなんて信じ切っているわけではない。今世はこの命が尽きれば終わり、全く同じ形の二人として出会うべくもない。それでも――幻想と分かりきっていても、ただの軽口でしかなくとも、人が抗うことのできない終焉を恐れてこうして抱き合い、そんな根拠のない甘い言葉すらよすがにしたいと願うほどの濁り具合。
 チェズレイは少しだけ顔を上げ、至近距離でモクマを見つめる。そうしながら、数時間前のバーで彼が言った言葉をチェズレイは思い出していた。
(……幸せな痛みなら、抱え込んで生きるほかない、か)
 相棒が、ぽつりと呟くように、遠くを見て愛おしげに口にした言葉。それをチェズレイは口の中で転がすように反芻し、ゆっくりと飲み込む。そうしたら、モクマの言葉が体の中にじわりと染みわたっていくような心地になる。――きっと本当に、そうするしかないのだろう。あなたがくれる痛みであるならば、それすらも私には愛おしく思えるのだから。
「……だから、さ」
 と、モクマが言う。チェズレイを見上げて、わざとらしくこちらを誘う下衆な笑みを口元に浮かべて。
「続きしようよ。お前の体温、もっと感じさせて?」
「フ……ッ、下衆な誘い文句だ」
 そんな下衆の誘いに、チェズレイはくつりと笑って乗っかる。他の誰にとっては取るに足らない、何の意味も為さない、そんな滑稽な夜。それを手放したくないと今の自分は嘆く。随分と愚かになったものだ。しかしそんな濁りこそ、あなたと生きる、あなたと生きていった、私の証明だ。
 互いの性器を掴んだままだった手に、ぐっと力を込める。モクマがはあっと熱い息を吐き出した。
「続きをしましょうか。刻みつけて、忘れられないくらいの」
 彼の先程の言葉を真似てそう言えば、モクマは「やだっ、おじさん何されちゃうの……?」とおどける。そうしてからモクマはおかしそうに笑った。彼も今夜は普段より少し笑い上戸に思えた。彼もアルコールに、あるいはこの夜に、自分と同じように少しばかり酔っているのかもしれない。
「……喜んで。チェズレイ」
 誘うように名前を呼ばれ、そのおねだりに応えて唇を重ねる。モクマの唇も熱く、柔く食むようにすると手の中のモクマの性器もわずかに膨らんでその素直な反応が愛おしい。
 唇を離すのが惜しくて、キスを止めないまま手を動かすとモクマの体が小さく震えた。そしてモクマの手も同じように動かされ、自分一人では感じることの出来ない予測しきれない動きに翻弄される。触れ合った部分から溶け合う体温は、混ざり合うようで、決してひとつにはならない。彼とこうした触れ合いをするときにはそれがもどかしいような、愛おしいような、言葉にできない感情に駆られる。
「……ッ、ぁ、イく……」
「……私も、もう」
 この熱に呑まれ、互いに少し加減がない手つきで触れ合っていたものだから限界は思ったよりも早かった。先端の弱いところを二人分まとめて扱けば、ぞくぞくとした強い快感が体を駆ける。目の前が明滅して、射精感に抗わず身を任せた。どちらのものか分からない精液が互いの手を熱く汚すのをぼうっとした頭で感じながら、それにすら今の自分が覚えるのは淡い切なさと、それ以上に胸を焦がす充足だった。




(2024年4月13日初出)





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