my dazzling daydream
新しい町に着くたびに、此処が最後であれ、と願った。そんな願いを何十回、何百回繰り返しただろう。死ぬために人を守って、それでも死ねなくて、まただめだったと思いながら適当な頃合でその地を離れまた彷徨う。それまでの?がりを自ら手放し、またひとりになって、新たな町に足を踏み入れる。そんなときに抱く感情は、見るものすべてへの新鮮さと、それらへの興味からくるわずかな高揚。しかし何より大きかったのは、その諦念を纏った切なる願いだった。
終わりを迎えられるなら、どこだっていい。一日でも早くそれが欲しかった。今日が終わって、そのまま明日がこなければいいのにと夜が来るたび夢想した。
それでもまた朝日は登って、自分は昨日と変わらずに生きて、生きるに困らないだけの日銭を稼いで明日へと命をつなぐ。心は擦り切れても肉体はそうやってしぶとく生き延び続け、望んだ「最後」はいつだって叶えられぬまま、気付けば二十年もの月日が流れていたのだった。
「――何か、物思いに耽っていらっしゃる?」
運転席からの相棒の声で、モクマはふっと我に返る。チェズレイはハンドルを握り、正面を見つめたままだ。それでモクマの表情を察知したのだろうか。さすが視野の広いことだ。
町はずれののどかな道はぽつぽつと建物は増えてきたものの、対向車も少ない。二人を乗せた車は、チェズレイの滑らかな運転により順調に目的地に向け走っている。
「いやー、まあ、たいしたことじゃないよ」
モクマが言うと、チェズレイはそうですか、と淡々とした口調で返す。
「まあ、きっとろくでもないことでしょう」
そして相棒はそうばっさりと斬ってくるので、モクマは「ろくでもない……」と思わず復唱してしまった。そんなモクマをちらりと一瞬横目で見やったチェズレイは、くすりと口元で笑う。
「あなたがそういう顔をしていらっしゃるときは、大概そうですので」
荒療治が必要であればいつでも仰ってくださいねェ、なんて冗談にしては恐ろしい言葉を続けるものだから、い、今は遠慮しとこうかなぁ……とモクマは返すのだった。
ふたりきりの車の中は、会話が途切れれば静かだ。モクマは再び窓の外を見やる。
数日前に西のとある国でのさばっていた新興勢力のマフィアを潰し、利用できそうなものは取り込み、そして今度はそこから少し東にある町へと移動しているところだった。ついさっき目的の町の中には入ったところで、今はその中心部を目指して車を走らせている。
ここにもまた、裏社会が関わるきな臭い話があるのだという。概要は簡単に聞いたが、詳細は今日からの拠点とするセーフハウスに着いてからチェズレイと詰める予定だ。
それなりに遠い地への移動ならば自家用ジェットや自家用クルーザーを使うのだが、近距離での移動であればこうして車を使うこともある。しかも、運転は自分たち自らすることも少なくない。構成員くんたちに任せても良いし、勿論そうすることもあるのだが、特に急ぎで車内で仕事をしなければいけないとか移動を休息の時間に充てたいとかでなければこうして自らの運転で移動をした。
それを提案したのは、意外なことにチェズレイからだった。
まあ、そもそも当時は、組織の構成員自体少なかった頃ではあった。しかしチェズレイは「折角のあなたと二人の世界征服なのですから」なんて理由を述べて、愉快そうに笑った。「あなたとの旅路を、くまなく楽しんでみたくなりまして」と。
これから世界を征服しようという男が、なんて無邪気なことを言い出すのだろうとおかしく思ったものだ。それと同じくらい、いや、それ以上にそんなこの男を愛しく思い、そしてモクマもこの男の隣で歩むこれからの旅路に確かに胸を膨らませた。
――ああ、これからが楽しみだな、とそのとき素直に思ったのだ。
思い出して思わず緩んだ口元。隣の男が目敏く見つけて視線がちらりと向けられたことに気付く。また何か聞かれるだろうか。相棒が口を開く前に、モクマから仕掛けてやることにした。
「今通り過ぎたとこにさ、美味しそうなパン屋さんがあったよ」
モクマは窓の外を指差して言う。今言ったことは本当。小ぢんまりとしているが、窓越しにちらりと見えた店内には美味しそうなパンが所狭しと並べられていた。
「今度の家からはちょっと遠いかもだけど、まあ散歩がてら明日の朝食にでもどうだい」
モクマの提案に、チェズレイは一瞬考えたあと「そうですね」と頷いた。明日の約束がひとつ増える。「楽しみだねえ」とモクマは笑った。
新しい町。窓の外の景色は全部新鮮で、どんな場所だろうと胸が躍った。チェズレイとともに歩み始めてから繰り返して何度目だろう。どこに行ったって相棒が隣にいるのなら、モクマが抱く感情は新鮮さと高揚、そして幸福だった。
足を踏み入れた新たな町で、モクマはもうひとりきりで立ちつくすことはない。
そして願わくば――永遠なんて存在しないのならせめて、この相棒との旅路に訪れる最後がずっとずっと途方もない先であるようにと、モクマはそう願うのだ。
マストドンBL鯖の「お題でSSを書こう」という企画で書いたものでした。
お題:「最後」