indivisible. sample
満ちた月が零す光が、夜道にふたつの淡い影をつくる。人気の無い路地だ。長かった冬の残滓のような冷えた風がモクマの頬を撫で、潜入服のストールを小さく揺らした。次の角を曲がれば、自分たちがこの国での拠点としているセーフハウスまではもうすぐだ。
この国に入る前からの下準備も合わせれば、ここ一か月ちょっとをかけて調査してきた犯罪組織のアジトに潜入したのが今夜のこと。欲しかった情報と次なる標的に繋がるパイプは全て大将が手中におさめ、犯罪の証拠もおさえてこの地域の警察とメディアには横流しの手配済み。幹部クラスには自首する催眠もかけ、この組織の主要な資金源であった違法薬物の類は使い物にならないようしっかり爆破もさせておいた。
途中にイレギュラーもあったが、得た成果としては完璧と言っていいだろう。
だからこそ隣を歩くチェズレイは分かりやすく上機嫌だ。だが、モクマの感情はそれと反比例するように沈み、苛立ちを覚えていた。
そしてそのモクマの苛立ちに、人の機微に聡い相棒は当然気が付いている。
「モクマさん」
カツン、という小さな足音と共に凜とした彼の声が静かに響く。
「……あなたに事前に共有しなかったことは申し訳ありません。ですがあの状況では、あれが一番手っ取り早かったのですよ」
そんなことはモクマも分かっている。チェズレイの言うとおり、成果を得るための手段としてはあれが手っ取り早くはあった。確かに事前に共有もしてほしかったが、モクマが一番苛立っているのはそこではない。
「欲しい情報は手に入り、組織も潰すことができ、薬物も使い物にならないよう消し炭にした。成果としては申し分ない」
だから、結果としてよかったではありませんか、とでも言いたげな口調だった。そんなチェズレイの態度に、モクマはまたくしゃりとした感情が腹の中に積もっていくのが分かる。
「……あのさあ、お前さんも知ってただろ? 今日の敵さんの親玉の話」
「ええ。己のDom性を誇示し、驕り、見境無くGlareやCommandを発するような下衆であると」
モクマの質問にチェズレイは淀みなく、そして先程までの機嫌の良さとは打って変わった、侮蔑と嫌悪をもった声音で吐き捨てた。
今日は最初は別行動でそれぞれ潜入し、敵のアジトの中で落ち合う予定だった。互いに多少の戦闘は織り込み済み。しかしそれは最小限として、できるだけ内部を攪乱し、一番奥の部屋にいるはずの親玉や幹部もその混乱に乗じて無力化し情報を貰っていく。それがベスト。
しかし、ちょっとしたイレギュラーが重なり当初の計画が難しくなった。そこまではまあ、よくあることだ。こういう時は知的犯罪のスペシャリストたる大将に指示を仰ぐのが一番だと、モクマは通信を繋いでチェズレイに状況を共有した。しかし一瞬の間の後――チェズレイから返ってきたのは、「モクマさん、後で助けに来てくださいね」という言葉だった。
悪戯っぽくすらある声色でそう言い残したチェズレイは、モクマの返事を待たず通信を切った。その時に抱いたモクマの嫌な予感は違わず、急いで辿り着いたアジトの最深部に相棒はいた。敵組織の親玉や幹部に囲まれ、手足を拘束された状態で、だ。
チェズレイは独断で、自分を人質にして油断させ最深部に潜入し、情報の在処を突き止めるという強硬手段をとったのだ。
チェズレイは一人でも強い。そんなことは知っている。あいつは大抵のことは一人だって切り抜けることはできるだろうし、勝算もあっての選択だろうとは分かっている。それにモクマだって、どんなイレギュラーな状況になろうとチェズレイを守り切るつもりでいる。これまでだってずっとそうやってやってきた。
(……だけど、もう少しあったろう)
そう、モクマは思ってしまう。それが今のモクマの苛立ちの理由だった。
チェズレイの言うとおり、今回の敵の親玉はDomだった。それも、自分のDom性に驕り、悪用し、その力で見境無くSubを従わせようとする裏社会での典型的なタイプのDomだ。
彼のDom性自体もかなり強いものということもあって、このあたりの裏の世界では有名であるらしかった。それで意に沿わぬ従属を強いられ、蹂躙されたSubも数知れずという噂――チェズレイの言葉を借りるならば、それこそ典型的な〝下衆〟だ。想像しただけで眉をひそめ、酷く気分が悪くなるほどの。
「――ですがそれが何だというのです?」
モクマの苛立ちをよそに、チェズレイは涼しい声でそんなことを言ってのける。チェズレイの足取りは踊るように軽やかなものになる。チェズレイの長い髪が美しい曲線を描いてさらりと揺れた。
「ああいう輩は少し調子に乗せてやれば簡単にコントロールされてくれる。情報を吐かせるのも至極簡単でしたよ。私のSub性はあなたのおかげですっかり安定していますし、潜入前には常に念のためとして適切な量の抑制剤も服用しています。私にあの男程度のGlareもCommandも効きませんよ。それに、いざという時はあなたが来てくださるでしょう? 守り手殿」
あァ……、今日も鮮やかなことでした。チェズレイは恍惚とした表情でそう呟く。今日のモクマの大立ち回りを反芻しているのだろう。そんなチェズレイを横目に、モクマはまた腹の底にふつふつと湧き上がるものを感じていた。
自分の危険を軽く見積もるんじゃない。お前がいくら強くても、今まで大丈夫だったとしても、世の中に百パーセントのことなどないのだ。
こみ上げるこの思いが、綺麗なだけのものではないことは分かっている。けれど、それでも受け止めて欲しいと思ってしまった。そんな俺も俺なのだと言ってくれたお前に。
だって、お前は、俺の――
「チェズレイ」
自分でも驚くほどに低い声が口から零れた。冷えた夜風に晒された指先は冷たいのに、体の内側は煮えるような熱さを感じていた。半歩先を軽やかに歩いていたチェズレイの足取りがぴたりと止まり、ひとつに括った長い髪を揺らしてモクマを振り返る。
ああ、くそ。自分の中で煮えたぎるものを、うまくコントロールしきれない。頭の中がまとまらずにぐしゃぐしゃになっていく。理性もお前に与えたい優しさも置いてけぼりにして、感情と自分の欲ばかりがどんどんと走って行く。
黒い手袋に覆われたチェズレイの手をモクマは掴む。月明かりに照らされた綺麗な紫の瞳を見つめる。
「……〝躾〟が必要かい?」
そう言った瞬間、チェズレイの目が見開かれる。その瞳の奧に宿った驚きや動揺、――そしてその中にわずかに混じったSubとしての確かな期待の色を、モクマは見逃しはしなかった。
帰宅して玄関のドアを閉めるなり、モクマはチェズレイを壁に押しつけて頭を引き寄せ、その唇を奪った。柔らかくて、そして熱をもった唇。チェズレイの感触だ、と思うとまたひとつモクマの中の箍が外れて、すぐに舌を滑り込ませてさらに深く求めてしまう。最初から深い口付けにチェズレイが唇の端から「ン、っ」と声を零す。そんな声ひとつにいやに興奮した。
潜入の後に昂って求め合うのはよくあることだが、今日ばかりは自分の感情が悪い方に暴走していることを自覚していた。ここまでモクマから強引に求めることはそう多くない。チェズレイが戸惑っているのも感じる。しかし、自分の中で何かスイッチが入ってしまったようで止められなかった。
体を密着させて、下半身を押しつけるとまだ互いに柔さのあるそれが服越しに擦れ合う。しかしその奥に、確かにチェズレイのそれが芯をもちはじめているのも感じてモクマはぞくりとした。チェズレイも、興奮し始めている。
――これが欲しい。お前の熱がほしい。肌を重ねて、奥までお前を受け入れて、身体の内側にまでお前の存在を感じて、この焦燥を早く埋めたかった。
ふたりきりの静かな家の中、唾液が絡んでいやらしい水音を立てる。チェズレイが弱い舌の裏のあたりを擦ってやると、チェズレイが小さく体を震わせる。もっと、と求めるように舌でなぞられてモクマからまた舌を押しつけた。飲み込みきれなかった唾液が口の端から零れていくのを感じたけれど、そんなことには構っていられなかった。身じろぎをした拍子に再び擦れた下半身の感触が、互いに先程よりも硬さをもち始めている。
呼吸が苦しくなったのが半分、もっと先が欲しくなって焦れた気持ちが半分。ようやく唇を離すと、互いの舌の間を唾液の糸が伝った。ずっと背伸びをしていたから足が少しだけ痛い。
はあ、とチェズレイが熱をもった息を零す。白磁のような頬がじわりと赤く色づいていた。自分の顔だって赤くなっているだろう。相手を気遣うこともできず貪るように触れ合ったから、キスひとつで互いに呼吸が乱れていた。長い睫毛に縁取られたチェズレイの瞳の紫が色を濃くして、彼の欲情を伝えている。
チェズレイが手袋に覆われた長い指で、唇の端から零れた唾液の跡を拭う。その手首をモクマはぐっと掴んだ。チェズレイの瞳が驚いたように動き、モクマの方を見る。
シャワーも浴びずに、なんてきれい好きのお前さんは嫌だろうと思う。けれど、今の自分にはその時間を大人しく待つだなんて余裕がなかった。
自分勝手だ。分かっている。
けれどモクマは、チェズレイの手首を掴んだ手にわずかに力を込めて、どうか今日だけは、と願った。
「……、ベッドに行こうか」
チェズレイはモクマの目をじっと見つめて、「……はい」と頷いた。
その目に戸惑いは濃くあれど、恐れや嫌悪の色がないことにモクマは身勝手にもほんの少しだけ安堵する。――それを出さないようにしている、チェズレイの優しさなのかもしれないが。手を引けばチェズレイは抵抗のひとつもなく、モクマと共に寝室へ向かった。
寝室に辿り着くなり、モクマはチェズレイをぐいとベッドに押し倒した。チェズレイが選んだ高級なマットレスは柔らかく沈み、二人分の体重を受け止める。
お前の嫌なことはしたくない。絶対に。そう確かに思っているのに、お前に分かってほしい、もう勝手にこんなことはしないでほしい、お前に触れたい、と様々な思いがモクマの中でぐちゃぐちゃに絡まり渦巻いてうまく制御ができない。
「……Safewordは覚えてるね?」
だからその問いは、今のモクマができる精一杯のチェズレイへの気遣いだった。
チェズレイは、まるでモクマの心の内を探ろうとするように注意深い目でこちらを見つめ返してから、静かな声で「……ええ」と肯定する。
チェズレイと体を重ね、Commandを伴うPlayをするようになってすぐに、チェズレイとSafewordについても改めて話し合った。本能的にDomの命令には抗いがたいSubが、本当に嫌だと思ったときにそれを伝えストップをかけてもらうためのサインだ。
とはいっても、決めてから一年以上の間チェズレイは一度もそれを使うことはなかったのだが。
「本当に嫌だと思ったらそれを使うこと」
暴走した今の自分の感情を抑えきれる自信がモクマにはなかった。だからこその再確認だ。モクマの言葉に、チェズレイが瞳を揺らす。
これまでセックスやPlayの前に、モクマがそんな確認を改めてしたことなどなかったからだろう。チェズレイの表情に乗った色が、興奮よりも戸惑いの方が強くなる。そんな彼を見つめて、今から自分がぶつけようとしている昏い欲望を思ってモクマは罪悪感が湧き上がった。
ここで止めるべきだ、と、一欠片だけ残った冷静な自分が忠告をする。
(だけど、俺は、……お前には)
俺の中に潜むこの暴力的な衝動すらも知っていてほしい。そんなことを思ってしまった自分に動揺したけれど、それは紛れもない自分の奥底にある本心だった。
「モクマさ、……ッ」
名前を呼びかけたチェズレイの唇を、キスをして塞いだ。唇を重ねながら性急にチェズレイのコートをはだけさせ、インナーを捲ってその下に手を滑らせて熱を持った肌に触れた。その手を軽く滑らせると、チェズレイの体がぴくりとわずかに震える。と、そんなモクマの愛撫に自分からも返そうとしたのだろう。チェズレイの手が伸びてきて、モクマの頬に触れようとして――ぱしり、とモクマはその手首を直前で掴んで止める。唇を離してチェズレイを見下ろし、モクマは言い聞かせるように彼に言う。
「言っただろう。これは躾だって」
「……っ!」
「今日は、『お前から俺に触るのは禁止』。いいね?」
低い声で、モクマはそうCommandを出す。チェズレイが目を見開いた。
モクマの〝躾〟の言葉が本気である、とチェズレイも分かったのだろう。「……わ、かりました」と頷いたチェズレイが、その瞳を揺らしながら伸ばしかけた手をゆっくりと引っ込める。
チェズレイは元来、モクマに触れるのが好きだ。普段のベッドの上では、体中いたるところに指で、唇で、慈しむようにたくさん触れてくれる。そんなチェズレイの触れ方が、モクマだって好きだった。
そんなチェズレイが、モクマの命令だからと守ってくれようとしているのがいじらしく愛おしくて、自分の中のDom性がじわりと満たされ、しかしチェズレイが手を引っ込めてしまったことに自分で命じたくせに少しだけ寂しさなんて覚えてしまった。
(本当に、ひどいな)
そうモクマは自分の心の内を自嘲してから、そんな寂しさを覚えた自分など捨て置いて行為を再開する
チェズレイのズボンとパンツをずり下ろし、下半身を露出させれば。硬さはあるもののまだ完全に勃起しているとは言えないくらいのチェズレイの性器が姿を現す。モクマはそれに迷わず手を伸ばし、手の全体で包むように握って扱き始めた。チェズレイの好きな触れ方は、もう知っている。案外少し強引に追い立てられるのが好きだってことも。
少し強めの力で擦り上げてやると、チェズレイの腰が震える。手の中の熱が呼応するようにぐんと質量を増す。
「ッ、あ! ……~~っく、もくまさ、」
普段の触れ方よりも性急な手つき。先端をぐ、と指の腹で擦ってやれば、我慢しきれないといったように透明な液体がとぷりと零れた。チェズレイの瞳にどろりと快楽の色が乗る。
「あ、……っう、ァ」
頬が上気し、荒い息を吐き出すその口からは上擦った声も一緒に零れ落ちる。モクマの手であっという間に膨らんだ性器は、刺激を受け取る度にもっとと欲張るように小さく震えて先走りを垂れ流した。
手の中でチェズレイの性器がどくどくと熱く脈打っている。そのさまを手のひらで直接感じて、モクマは生唾を飲み込んだ。自分の欲がまた身勝手に暴れ始める。この熱が欲しい、と。
その欲望に抗わず、モクマはベッドサイドのチェストに手を伸ばして一番上の引き出しからスキンとローションを取り出した。手早くスキンの袋を破って、それをすっかり勃起したチェズレイの性器に取り付ける。その時に触れた手の感触にも感じるのか、チェズレイが「ぁ、」と小さく甘い声を零したのが可愛らしかった。
ボトルを開き自分の手の中に出したローションは少し多すぎたかもしれないと思ったが、少ないよりはいいだろう。そう思ってモクマはそのままローションを指に纏わせ、ローションを出していないほうの手で自分のズボンとパンツをずり下ろす。
既に勃起した性器が、下着から解放され上を向いて震えた。しかし今構ってやりたいのはそちらではないのだと、モクマはローションで濡れた指を自分の後孔に持っていく。
今日の潜入の前に中はきれいにしておいたし、ついでに軽く解してもおいたから、指を沈めれば大した抵抗もなくそこは異物を受け入れる。――潜入を終えて帰ってきたらと、最初からそういうつもりで期待していたのだ、今夜は。
「……モクマさ、ん」
そんなモクマを見つめるチェズレイも、ごくりとその喉仏を上下させた。
チェズレイの視線が焼けつきそうに熱い。自分のこんなさまを見られているということに、モクマは正直興奮を覚えていた。
チェズレイが触れたそうに焦れていることを、その眼差しで感じる。しかしモクマの言いつけを守って、チェズレイは手出しはしてこなかった。その手がモクマの体ではなく、白いシーツをぎゅっと掴む。きれいに整えられていたシーツにくしゃりと皺が浮かぶ。
モクマが中で指を曲げれば、その拍子にぐちゅ、とローションが下品な音を立てた。出しすぎたローションが溢れて太股を伝う。その感触にも、興奮した体はぞくりと感じてしまった。チェズレイと何度も体を重ねたおかげですっかり後ろでも快楽を拾えるようになった体は、指を挿入しただけで期待で疼いた。
入口を拡げる最中に指先が中の敏感なところを掠めれば、「ア、っ」と思わず声が零れて体が震える。そんなモクマの痴態に、何かを堪えるようにチェズレイが眉根を寄せる。しかしその目は逸らされない。
チェズレイがずっとモクマを見つめている。そのことにモクマは一番に興奮していることを自覚する。
触れる自分の指は即物的な快楽を連れてくる。これだって気持ちは良い。けれど、これなんかじゃ満たされやしない。――俺が欲しいのは、自分の指じゃない。
(ああもう、早く、お前と)
心の中で吐き捨てるように呟いたモクマは、自分の指を早々に引き抜いた。チェズレイの腹に手をついて自分の体を支え、勃起した彼の性器を解した穴にひたりと宛がう。モクマの企みに気付いたチェズレイは、モクマが動き出す前に焦った様子でモクマに声をかける。
「待っ、てください。あなた、全然慣らせていないでしょう。そんな状態で挿入するなんて――」
「潜入する前に慣らしておいたから大丈夫だよ。……チェズレイ」
そう低い声で彼の名前を呼んだモクマは、これ以上の反論を拒むように、彼が何かを言う前に腰を落とし始める。
入口を熱いものが分け入ってきて、あ、という声と共に自分の唇から荒い息が零れた。既に手で追い詰められガチガチに勃起したそこに刺激を与えられたチェズレイも、く、と思わずといったように喉を鳴らす。チェズレイの眉間の皺が深くなる。そんな彼の反応に構わず、モクマは己の欲望に従ってチェズレイのそれを自分の中に呑み込んでいく。
チェズレイにはああ言ったものの、流石に普段よりずっと狭くて、苦しさを感じる。普段はチェズレイが丁寧すぎるほどに解してくれるからだ。
けれど、挿入できないほどではない。だからモクマは、そのまま半ば強引に事を進めた。体が熱い。頬を汗が伝っていくのを感じる。
先端の太い部分を飲み込めば、あとは自重でなんとかなった。根元まで全て呑み込んで、はあ、とモクマは大きく息を吐く。中が少しの隙間もなくぴっちりとチェズレイの形になっているのを感じる。腹の中の強い圧迫感。きつくて、チェズレイも苦しいだろう、と思う。見下ろしたチェズレイも、眉根を寄せた赤い顔で荒い息を吐き出していた。
チェズレイの熱が自分の中にある、チェズレイと繋がっているということに、モクマは潜入の時からずっと感じていた強烈な飢えや苛立ち、焦燥のようなものが少しだけ和らぐのを感じていた。
しかしそんな心は、チェズレイの一言でまたすぐに波立ってしまう。
「モクマさん、苦しくはないですか。無茶はなさらないで……」
こちらを心配するチェズレイのそんな言葉に、モクマの腹の底がまたぐっと煮え始める。
この言葉はチェズレイの優しさだと分かっている。それはもう、痛いほどに。しかし自分のことを棚に上げてそんな言葉を吐くチェズレイに、モクマは言いようのない苛立ちを感じたのだった。
こいつはやっぱり、分かってない。そう思ったモクマは、はあ、と息を吐く。
「お前が言うのかい、それを」
「っ、……」
モクマの言わんとしたことがチェズレイには伝わったのだろう。普段はどんな言葉にも冷静に返すその口が、ぴたりと閉じられる。何も言い返せないチェズレイを見下ろし、モクマは静かに言う。
「……動くよ」