The answer is surely a difficult and simple, sample




 シャワーはもう止めたというのに、溺れてしまいそうだ、と思う。胸が苦しいのは、酸素が足りないせいじゃない。この体に数週間ぶりに触れたからだった。
 数週間ぶりに入り込んだ内側はひどく柔らかく、しかしきゅうきゅうと流川に絡みついて締め付ける。挿入しただけで達してしまいそうにすら思って、しかしそれは流川のプライドが許さずぐっと意識を集中させて堪えた。吐き出した自分の息がひどく熱い。
 流川は元々自分で処理をする回数は少ない。自慰で気持ちよくなることに興味も持てなかったし、面倒だとしか思ったことがなかったからだ。シーズン中ともなると余計にバスケのことだけを考えていたくて、だからつまり、この数週間そういったことはなにひとつしていなかった。
 溜まっているというのは、そうだ。それに久しぶりに顔を見たという高揚もある。だからいつもより少し限界が見えるのが早いのは仕方がないのかもしれないけれど、腕の中で流川を受け入れて小さく震える息を吐き出した男の愛しさといったらなくて、すぐに達してしまうのはあまりにも勿体なかった。
 離れている間は目の前にバスケがあったから、明確な挑むべき壁がそこにあったから、平気でいられた――寂しくなかったかと言われれば嘘になるが。だけど、帰ってきて顔を見てしまえばダメだった。どうして今まで平気でいられたのか分からなくなる。あっという間に、足を掬われて溺れてしまう。
「ぜんぶ、はいった」
 言わなくても分かることをそう耳元で囁いたのは、もっと意識して欲しかったからだ。内側に入っている自分という存在を。そうしたら花道は、流川の狙い通りにその言葉にすら感じてみせるようにぴくりと体を震わせた。もう数え切れないくらいに体を重ねてきたというのに、いまだにそんな初心な反応をみせるこの男にたまらない気持ちになる。かわいい、というのはこういう感情なのかと思う。

 流川が渡米して、それを追いかけるように花道も渡米してきて早数年。大学卒業後、互いに目標であったプロのバスケット選手になることができてさらに数年が過ぎた。
 互いに所属するチームは違うから、とりわけシーズンに入るとそれぞれ家を空けることも予定が合わないことも多くなる。先週は花道、今週は流川とちょうど入れ替わるように遠征でしばらく家を空けていた。その前にも試合だとか練習だとか、他にもなんだかんだと予定が合わないことが続いて、帰る家は同じであるはずなのにまともに顔を合わせるのが気付けば数週間ぶりになってしまったのだった。
 夕飯をまだ食べていないから、まず夕飯を食べてそれから、という思いはあったのだ。しかし帰宅して、玄関まで出迎えてくれた花道の顔を見たらそんな理性的な計画なんて全部吹っ飛んでしまった。玄関先でうっかり唇を合わせてしまえば、我慢ができるはずもない。だってこちらを出迎えた花道が、むずむずと嬉しそうなのを隠し切れていないみたいな顔をしているのを見てしまっては。
 唇を離した後、まずはシャワー浴びてこいと花道に浴室に押し込まれたのだが、数分で終わらせられるはずのシャワーの時間すら待てなくて花道を一緒に浴室に引っ張り込んだ。互いに服を脱いでしまえば、やることはひとつだ。前戯もそこそこに後ろを慣らそうとした時、ローションが無いことに茹だった頭はようやく思い至ったのだが、一瞬手を止めた流川を見て花道が「……準備してる」と小さな声で言ったから、そんなことを言われてしまえば余計に我慢がきかなくなった。

 最初こそ一応浴びていたシャワーも邪魔に思ってすぐに止めてしまって、一度汗は流したはずなのにまた違う汗がシャワーの水滴と混じって互いの体を伝っていく。肌を触れ合わせれば、簡単に体は熱を上げた。それはお互いさまで、触れた花道の体もひどく熱かった。
 同じ熱を共有しているのだと思えばまたぐつぐつと気持ちが煮えたぎるようで、そんな気持ちのまま流川は腰を動かし始める。一度ぎりぎりまで引いてから、突き上げる。そんな動物じみた単純な動作が呆れるほどに気持ちが良かった。
 内側のイイところが擦れる度に花道の体が震えて、「ぁ、あ、ッ」と濡れた声が零れて浴室に反響する。それにまた興奮して、腰の動きが止められなくなる。ブレーキなんてもう効きそうになかった。
 花道の腰を掴んでいた手を前に滑らせて、花道の性器に触れる。大して触っていなかった――今日はそんな余裕もなかった――というのにそこはもう完全に勃ち上がっていて、自身が零した先走りでどろどろに濡れていた。流川が撫でるようにわずかに触れただけでぴくりと欲しがるみたいに震える。可愛い。そんな感情に頭も揺らされて、もっと良くしたくて、そのまま手のひらで包み込んで扱き始めると花道の体がまた腕の中で跳ねた。後ろからは肌やローションがぶつかり擦れ合う音、前からはとろとろと先走りが絡んで零れる水音が浴室に響いて、耳からもこの行為の淫らさを自覚させられるようだった。
「あ、~~ッあ、や、それ、」
「やじゃねーだろ、はなみち」
 花道が中と外を同時に責められるのが本当は好きだということは、もう知っている。行為中の花道の『いや』は大抵、『気持ちよすぎてわけがわからなくなるのが恥ずかしい』という意味だ。昔はその塩梅が分からずに困ったこともあったが、数え切れないほどに体を重ねた今は確かめなくても分かった。むしろそれは、本当は花道の『もっとしてほしい』の裏返しですらあるのだということも。
 痛いとか辛いとかで本気で止めてほしいというのならそれは止めるが、そういうことならばこちらが止める理由はない。本気で嫌なら殴るなり蹴飛ばすなりしろというのは昔から言っている。昔よりだいぶ頻度は少なくなったものの喧嘩は今でも自分たちの間で珍しいことではないから、良いのか悪いのかは分からないがそういうことを躊躇うような互いではない。しかし行為中に、流川がこれまで本気で花道から殴ってでも拒まれたことは一度もなかったのだった。
 ほら、今もその言葉は口だけで、花道は腕の中から抜け出そうとはしない。流川から与えられる性感に素直に感じて震えてみせる体にひどく欲情して、その暴力的なまでの衝動に近い感情をどう発散させればいいのかわからなくて、流川は目の前の背中に唇を落とす。触れる瞬間に鼻先に香った花道の汗のにおい、触れた肌のわずかな汗の塩気にまた自分の内側で欲が溢れる。背中、首筋、耳の後ろ、と思いつくままにキスをして、だけどそれでも足りないと思ってしまって、流川は茹だったままの頭で口を開く。吐き出した自分の息が熱い。
「花道、キス、こっち」
 そんな単語だけの言葉でも花道には通じたらしく、花道が首を動かして流川の方に顔を向ける。繋がったままのこの体勢ではキツいだろうと流川も分かってはいるのだが、しかし流川の望むとおりにこちらを向いてくれる花道がいじらしくて、こみ上げた愛しさのままにその唇に噛みついた。キスはすぐに深いものになる。まるで酸素を食い合うようなキスを交わした。飲み込みきれなかった唾液が口の端から零れていくのに意識の隅で気付いていたけれど、もう互いに全身どろどろでぐちゃぐちゃなのだ、その程度今更気にもしなかった。
 繋がっていたい。キスをしたい。どちらかだけではいられなくて両方を欲しがって、こんな苦しい体勢になってまで繋がったまま何度も唇を合わせて。そんな己に呆れてしまいそうなのに、そんなことすらも快楽と欲望に支配されてバカになったこの頭は興奮に変換する。
 息が苦しくなってようやく唇を離せば、互いの間に唾液の糸と熱い息が零れて落ちた。荒くなった呼吸と鼓動を整えようと流川も大きく息を吐く。至近距離で、ひたひたに潤んだ花道の赤茶色の目と視線が絡んで――
 と、その瞬間花道が上気した赤い顔のままくっと笑った。何を笑われたのか分からず流川が一瞬ぽかんとしっていると、花道が口を開く。
「ッ、かわいー顔、してんな」






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