◇ ◇ ◇
ぬるりとやわらかい口の内側の感触、生暖かい太刀川の口の中の温度。それがひどく心地よくて、興奮させられて、まだ口に含まれただけなのに思わず喉を鳴らしてしまった。そんな迅の反応に太刀川は楽しそうに目を細めて、迅の性器に舌を這わせる。太刀川のざらついた舌が、ねろりと迅の屹立した性器を撫でるように舐めてくる。
普段、あんなにも太平楽なくせに弧月を持てば誰よりも鋭い軌道で刃を操る男が。動物的な本能を信じていて、大型の獣なんじゃないかとすら思うことがあるこの人が。こんな風に、迅の性器を傷つけないように優しく、しかし欲を引き出そうとするみたいになまめかしく、舌で愛撫してくるなんて知らなかった。――きっとおれしか知らない。この人の性経験について詳しくは知らないけれど、少なくとも男は初めてだと言っていたから、きっとこんな太刀川さんのことはおれしか知らないのだろう、と思うと言葉にできないような凶暴さを孕んだ優越感のようなものが頭をぐらりと揺らす。
迅の足の間で、太刀川が迅の性器を口で咥えて、いやらしい水音を立てて愛撫している。直接的に受け取る性感と一緒に、その視覚的な刺激に、たまらない興奮がぞわりと背中を駆ける。
(……あー、やば)
既に迅の弱いところだと気付いたらしい太刀川が先端を舌で舐ってくると、ひくりと腰が震えた。またぐっと熱が中心に集まるのが分かる。それは、そこを咥えている太刀川にもすぐに気付かれただろう。太刀川がまた性器を奥まで咥え直して、迅を追い立てるみたいに根元から先端まで満遍なく舌を這わせてきた。基本的にその手管は意外なほどに優しいのに、時折少し強めに舌を押しつけてきたり吸い上げてきたりするのがたまらない。元々勃起していたそこは、あっという間に追い詰められてしまった。出したい、という甘美な欲求に誘われて、しかしこのままでは太刀川の口の中に出してしまう、と気付いて慌てて太刀川の頭に手を伸ばす。
「太刀川さん」
なんだ、と言いたげに太刀川の視線がこちらを向く。自然、上目遣いになったその格子の瞳と目が合う。底が知れなくて感情を読み取りづらいのに、他の誰よりも、なによりも、好きになってしまった目。
「も、出る、から」
だから口を離して欲しい、と伝えたかったのに、その言葉を受け取った太刀川は口の動きをより激しくしてきた。そうじゃない、と言いたくて開いた口からは受け取った性感のせいで「っ、ん、」と吐息とも嬌声ともつかない声が零れ落ちる。それに気をよくしたらしい太刀川が舌を押しつけるみたいに亀頭を舐って、鈴口に触れる。その刺激で先走りが零れたのが分かって、今、自分のそれが太刀川の舌を汚しているのだと想像してしまえば背徳感と興奮がない交ぜになってぐらりと迅の心の中を揺らして、なんていうかもう、だめだった。
この短時間で迅の反応を見極めて、的確に舌を這わせてくるのが太刀川らしいような、普段の太刀川からは想像がつかないような、どちらともつかないような気持ちになる。先端を舌で押し込むように触れられてから口全体を使って一際強めに刺激されると、抗いようのない性感が駆けて、太刀川の口の中で弾けた。
太刀川は口を離すこともせず、迅が吐き出した熱を受け止めて喉を上下させ飲み込む。その視覚的な興奮と、達したばかりの敏感な性器がその動きで刺激された物理的な快感に、は、と呼吸を乱してしまったことに耳がじわりと熱くなった。
全部飲まなくていい、と思っているのに、太刀川は口を離そうとしない。先程迅が太刀川のものを飲み込んだ意趣返しだろう。太刀川だって、迅とのことになると子どもみたいに負けず嫌いになるところがあるから。飲み込む最中、苦さからかわずかに顔をしかめた太刀川を見た時にぞくりと体の中で疼いた感情はおそらく興奮の類で、そんな自分にひどく動揺させられてしまった。
最後の一滴まで全部飲み込んだ後、太刀川はようやく迅の下肢から口を離す。先程まで太刀川の口の中に包まれていたそこが久しぶりに外気に触れて、一瞬ひやりと冷たく感じたのをいやに恥ずかしく思った。
「やっぱ苦いな」
口の端についた自分の唾液を手で拭いながら、太刀川がいつもと変わらない表情で言う。
「でしょ。だから無理しないでって言ったのに」
「俺もさっきおまえ止めたろ」
そう言われてしまえばぐうの音も出ない。誤魔化すみたいに唇に触れると、不服そうな表情をしていた太刀川は、しかし抵抗せずにその唇は受け入れてくれた。先程太刀川が言っていたようにその唇は自分が出したもののせいで苦い。けれど、太刀川の唇の感触の方が勝って、そんなことはすぐにどうだってよくなった。
再び太刀川をベッドに押し倒す。太刀川は迅の出方を待つみたいにじっと迅の目を見つめていた。それが嬉しいのに、気恥ずかしくもある。
お互いの体を触って、気持ちよくなって、そしてその次は。
ちらり、とヘッドボードに太刀川が出しておいてくれたローションの容器に目を向ける。その後視線を太刀川に戻してから、口を開く。
「……後ろ、するね」
「ああ」と頷く太刀川の声色がいつもの鷹揚さだったので、それに妙にほっとするような心地にさせられてしまう。手を伸ばしてヘッドボードのローションの容器を手にとって、どのくらい出すべきか少しだけ迷ってから、手のひらにこれでもかというくらいの量を出す。
「多くねーか?」
それを見て思わず、と言ったようにくく、と笑う太刀川に、「足りないよりはいいでしょ」なんて軽い調子で返してやる。自分でも多いとは思ったが、本当のところを言えば少し怖いのだ。前回の時も挿入の前にできる限り解したつもりだったけれど、気が急いてしまったせいで足りなかったという部分は否めない。挿入をした時に痛そうに表情を歪めた太刀川のことが頭から離れなくて、太刀川自身は大丈夫だと言っていたけれど、今回は可能な限り太刀川が痛くないように気を付けて事を進めようと内心で強く決めていた。
触れた時に冷たくないように手のひらの上で少しの間温めてから、ゆっくりと手を太刀川の後ろに持っていく。いやに緊張してしまっている自分がいることに気付かされて、太刀川に気付かれないようにしながら長めに息を吐き出した。
指先が窄まりに辿り着く。緊張、興奮、少しばかりの怖さ、色々な感情で心臓の鼓動がじわりと早くなるのを感じた。「いれるね」と声をかけて、太刀川が「ん」と頷いたのを確認してから、自分でもおかしいくらいの慎重さで人差し指をそこにゆっくりと沈めていく。
――と。
予想とは違う感触に、迅は驚いて思わず動きを止めてしまった。
抵抗が少ない。明らかに。初めてじゃないからとか、ローションをたくさん使ったからとか、そういうレベルの話ではなかった。通常であれば異物の侵入を阻んでくるはずのそこが、既に柔らかく、迅の指を受け入れる。前回は爪の先ほどを挿入しただけでも抵抗が強くて、これで本当に自分のものを挿れられるのかと思うほど最初はかたくなだったはずなのに。
ばっと顔を上げて思わず太刀川の顔を見る。太刀川はそんな迅を見て、まるで悪戯に成功した子どもみたいに楽しげににまりと口角を上げた。それなのに同時に、これから先のことを期待するみたいに色付いた瞳に、ひたりと艶っぽい色気も纏っているものだから、本当にずるい。ずるい恋人だ。そう思って思わず唇を噛みしめてしまう。
「太刀川さん」
自分の中に浮かんだ仮定に、膨れあがった感情をどう処理していいのか分からなくなる。太刀川の名前を呼んだ声が、妙にぎこちなくなってしまったことを恥ずかしく思った。
「もしかしてなんだけど、さ。自分で準備してくれてた……?」
言えば、太刀川は得意気に目を細める。しかしやはり圧迫感はあるのか、開いた口から零れる吐息は少しだけ荒い。
「っ、ああ、入りやすいだろ? 今日」
「~~っ、待って、うそ、ちょっと」
太刀川の口から肯定されて、かっと顔が熱くなる。そんな迅を見ながら、太刀川はくつくつとおかしそうに笑う。笑った拍子に指先だけ挿れたままだった後ろがわずかにきゅうと締め付けられるのが妙にいやらしく思えてしまった。
(太刀川さんが、自分で……)
そういえば今日、迅が部屋に上がった時の会話で、太刀川は先にシャワーを浴びたと言っていた。その時に準備をしてくれていたのだろうか。思わずちらりと想像してしまって、また頬の温度が上がってしまうのが分かる。そしてその事実だけでなく、太刀川がそうして迅との行為のために前もって準備をしようと思ってくれたこと、前回のことを踏まえて太刀川も考えてくれていただろうことが分かって、それにくらりと頭を直接揺らされるような心地になってしまう。
あの太刀川が。
いつでも泰然自若として、マイペースで、自分の好きなように、自分の気持ちの赴くままに生きていそうな太刀川が、自分との行為のために色々考えて、準備してくれていたこと。それに動揺させられてしまう。――いや、本当は知っていた。この人が本当は周りをちゃんと見ていて、優しい人だってこと。迅のことをちゃんと、正面から、見つめてくれていたことくらい。
「……とりあえず適当にほぐしただけだから、後ろで気持ちよくなれるかはわかんねーけど。自分でやってもわかんねーし」
いつも通りの太刀川のようなのに少しだけぶっきらぼうな響きをしたその言葉に、太刀川がほんのわずかに照れていることに気付いてしまって。
「太刀川さん」
そんな風に気を遣わせてしまった自分が少しだけ情けなくて、でもそれ以上に、目の前のこの人への愛しさが募ってしょうがなかった。
ごめん、と言おうとして、やめる。その代わりに別の言葉を口にする。