all year round収録「stargazer」sample

※ちょっと未来の迅太刀


 まっすぐに進行方向を見つめる太刀川の横顔をちらりと盗み見る。ガラスの向こうから届く太陽に照らされて、普段は黒髪にも見える深い色の髪が緑色に透けてきらりと光る。太刀川が免許を取るまで知らなかった横顔。別におれが免許持ってるし太刀川さんが持ってなくたってよかったけど、この太刀川さんが見られるなら免許取ってくれてよかったかもな、なんて。
(ほんと、黙ってればかっこいいんだよな、この人)
 いや、黙ってる時以外にもかっこいい時はいっぱいあるんだけど。例えば――なんて挙げてみようとしてやめる。別に独り占めしたいなんてほど子どもじみた思いはもうないけれど、でも、別に、ひけらかそうとも思わない。だってなんか、勿体ないじゃんね。この人の格好良さなんて、言葉にするよりもこの目で、この手で、感じ取ったほうが確かだ。

 だらだらと埒もない話をしたり、話が途切れたらラジオから流れる洋楽に少し耳を傾けてみたり、途中で喉が渇いたらコンビニに寄りがてら休憩したりして。そんな風にまたしばらく車を走らせていると、道の向こうに白い大きな建物が見えてくる。どうやら学校のようだ。何となくそれをじっと眺めてしまっていると、隣の運転席から声をかけられる。
「なんか面白いもんでもあったか?」
 その言葉に、目線を太刀川の方に向ける。太刀川の顔は進行方向正面を向いたままだ。この人は本当に視野が広いな、と苦笑する。
 車が赤信号で止まる。そのタイミングで迅はその建物の方を指差して太刀川に答えた。
「学校。おれらの高校に似てるなーって思って」
 赤信号なので、太刀川の目線がちらりとその建物の方に向く。それをとらえて、太刀川は納得したように頷いた。
「お、確かに。でも高校なんて大体似たようなもんじゃないか?」
「確かに」
 そう言って、二人して小さく笑う。横目で見た太刀川の視線が不意に柔らかいものに変わった。
「懐かしいなー高校とか」
 焦点が分かりづらいその格子の瞳が、遠くを見るように細められる。太刀川もあの頃のことを思い出しているのだろうか、と思うとむず痒くて嬉しいような気持ちになった。
「うん」
「楽しかったよな」
 太刀川の言葉に、迅はゆっくりと頷く。
「……、そうだね」
 本当はきっと楽しかっただけじゃない。迷ったことも、苦しかったこともあった。二人でランク戦に明け暮れて楽しいだけでいられた時間は、高校生活の中でも互いにほんのわずかな時間のはずだった。
 なのにあっさりとした口調で当たり前みたいにそう迅に言い切る太刀川を、好きだな、と思う。
 再び窓の外を眺める。白い校舎の、自分たちの高校によく似た学校。あのころ自分たちが過ごした場所に似ていて違う、名前も知らない街。あのころのことを思い出して、そうして今にもう一度目を向ける。
(……若かったよなあ)
 なんて思うようになった自分は、大人を通り越しておじさんくさくなってしまっただろうか? いやいやまだピチピチの二十代ですから、なんて心の中でツッコミを入れる。

 あのころ、三門市から出ようという気すら起きなかった。思いつきもしなかったとまで言えば嘘になってしまうけれど、しかし、そんな選択肢最初からなかったかのように思い込んで、そんなふうに振る舞っていた。それもあのころの自分自身が間違いなく「選んだ」ことだったけれど。
 ただ強くなりたくて、みんなを、街を守りたくて。自分にはなにもかもを救う力なんてないと知っていて、でも諦めるなんて無理で、せめて自分の目の届く範囲を取り零したくなくて。余裕ぶって振る舞っているその裏で、今にして思えば本当は意地と矜持で歯を食いしばって必死だった。
 三門と、ずっと遠い近界ネイバーフッド。そのことばかりを考えて見つめていた日々だった。まるでそれ以外を知らないみたいに。
 でも、本当は――自分たちはずっと、いつだって、どこにだって行けたんだ。それに気付いていなかっただけで。
 あのころのことを後悔なんてしていない。三門と近界ネイバーフッドのことを考えるのであのころの自分は精一杯だったから。取り零してしまったものは沢山あった。それでも、できうるかぎりの最善を目指して、食らいついて、戦ってきた。そうして守ることができたもの、得られたものは決して悪いものではなかっただろうと思える。
 だけど。
 色んなことが終わって、そしてまた始まって。そんな日々の中で不意にそのことに気付けたのは、きっとこの人が隣にいたからだった。
 窓の外を、見知らぬ街の景色が流れていく。ここは三門からどのくらい遠くの街なのだろうか。







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