トゥ・ビー・イン・ラブ sample


 ほんの爪先程度の侵入でも、今までそこを出口としてしか使っていなかった体は流石に違和感を拾う。その感覚にこちらの呼吸がわずかに浅くなったのを見て、気付いた迅はすぐに「大丈夫? 痛い?」と表情を曇らせた。だから太刀川はすぐに「痛くはない。違和感はあるけど、慣れだろ」と返す。このくらいでいちいち止まっていたら、何時間かかるのか知れない。だから「大丈夫」と付け足せば、迅はそれを続けてくれの意味だと正しく理解して、ゆっくりとではあるが指を中に進めてきた。
 一応太刀川も自分なりにコンドームやらローションやらの準備はしておいたが、迅の方でも同じような準備はしてきていたようだ。珍しくカバンなんて持っているなと思ったら、これを入れてくるためだったらしい。いざ準備という段になって迅がカバンからいそいそとそれらを取り出したので、太刀川は今日は素直に迅が準備してきたものを使わせてもらうことにしたのだった。
 枕を腰の下に入れられて、足を抱え上げられ、過分に使われたローションの滑りを借りて迅の指が太刀川の中を探っていく。最初は一本、だが太刀川の尻はその男にしては比較的細い迅の指すらもきゅうきゅうに締め付けていて、もっと太いそれなんて入るのかという気持ちに一瞬させられてしまう。それに冷静になればなかなかの格好で体の内側を探られているという状況に流石に多少の気恥ずかしさはある、が――そんなことを言えば迅は気にしてしまいそうなので言わないでおく。体勢的には後ろからの方が楽だろうかとちらりと考えはしたが、それだと迅の顔が見えないから嫌だったのだ。
 ゆっくりと息を吐くことを意識しながら、迅の表情を見やる。その表情からこちらを傷つけないようにと気遣っていることがよく分かった。
 普段は飄々と振る舞って、負けず嫌いで生意気で、ムカつくことも多少は無いではない。けれど元来、迅という男の気性はとても優しいのだ。
 そんなことを改めて思えば目の前の男がどうにも愛しく、かわいらしく思えて、自然と体の強張りもゆっくりと解けていった。それで迅も少し動きやすくなったのだろう、緊張したような顔はそのままだったけれど、ふっと口角を上げて「ありがと」と柔らかい声で太刀川に言う。
 時間をかけて入口を解しながら内側を探るように触れていた指が、ある場所を掠めた瞬間他とは明らかに違う強い快楽が走ってびくりと体が跳ねた。
「……ッ、あ!」
 他の場所とは質の違うその感覚と零れた声に太刀川が驚いていると、迅も同じくらいに驚いたようで目を丸くした。しかしその後、期待するような、少しだけ意地の悪いような表情になって今度は確実に狙って迅がそこを指で撫でてくる。
「……ここ?」
 優しく撫でられるだけで沸き起こるその確かな性感に、「あ、」とまた声が零れてぶるりと勝手に体が震える。一度吐き出して落ち着いたはずの自分の熱がまたぐんと上げられていくのが分かる。吐き出した自分の息が小さく揺れる。
「じ、ん……そこ、なんか」
「気持ちいい?」
 こちらの顔を覗き込むようにしてそう聞いてくる迅に頷くと、迅の目が嬉しそうに綻んだ。そういえば事前に少し調べた時、内側に男でも気持ちいい場所があるらしいというのを見た気がするな、ということを思い出す。これがきっとそこなのだろう。
「ん、……ねえ、太刀川さんの気持ちいいとこ、たくさん知りたい。もっと教えて?」
 そう甘い声で言ってくる迅が、普段の大人ぶっている表情からは想像もつかないくらいわがままな顔をする。もうかっこつけた表情を繕う余裕もないのかもしれないし、そうする気もなくなったのかもしれない。今夜のこいつはいやに素直で、わがままで――しかし普段は他人ひとのことばかりあれこれ考えては忙しなく動いている男が自分の前でこんな風に振る舞うなんていうことを、嬉しく思わないはずがなかった。
 何度も迅の指がその場所を愛撫した後に、そろそろいけるだろうと判断したらしく指が増やされる。入口を解く動きは忘れないまま、しかし確かめるように内壁にも触れられていくうちに最初に感じた違和感が段々と快楽の欠片のようなものに変わっていくのを感じていた。
 さらに足されたローションのおかげで、指を増やされても痛みはほとんどない。むしろ指が動かされる度ローションがぐちゅぐちゅと淫猥な水音を立てるおかげで今のこの行為のことをいやに自覚させられ、それに興奮させられてしまった。
「迅、ぁ、奧……気持ちい、かも」
 迅のリクエストに応えてそう逐一口に出してみれば、素直にそこに何度も触れてくるのがどうにもかわいらしくて、たまらない気持ちになる。
 いつの間にか三本に増やされた指で中を拡げられていく。中で動く指も、それによってずくずくと焦れて熟れていく体も熱かったが、何より迅の視線が一番熱かった。
 なにひとつ見逃すまいとするような、強い欲の色に濡れた青色。ぶるりと震える体も、甘えたような声を零すさまも、上気した顔も、いつの間にか再び勃起して先走りを垂らしている性器も、全て余すところなくその瞳に見られている。そのことを自覚してしまえば、自分でも笑えてしまうくらいにひどく倒錯的な興奮を覚えた。
 スウェットのズボンも脱いだ迅の下半身を覆うものは、グレーの薄いボクサーパンツ一枚になっていた。与えられる快楽に喘ぐ合間にちらりとそちらに視線を向けると、先ほどスウェット越しに見た時よりもさらに確かになった迅の興奮の発露を見る。一目見ただけでも分かる大きく張り詰めたその膨らみに、今あれを俺の中に挿れる準備をしてるんだよな――と改めて思えばまた体の熱が上がる。
 指じゃないあの質量で、昂ったこの男の欲で、熱で、直接貫かれたらどうなるのだろう。そう想像した時にかっと頭を灼いたのは畏怖などではなく、確かに期待だった。
 ――簡単なことに動揺して表情をころころ変えるくせに、その瞳の奧を濡らす強情なまでの熱はひとつも引きやしない。迅のそんな顔を見つめるたび、迅に触れられて優しく、しかし的確な手つきで与えられるたび、自分の中に眠っていたことすら気付かなかった強欲さが顔を出す。
 もっと欲しい。もっと知りたい。迅の奧に潜む熱に、この男の欲に、もっと近くで触れたかった。
(なあ、それに触れられるのは、触れていいのは、俺だけってことなんだろ?)
 そう不意に気付いてしまえば、もう。
 自分の上に覆い被さっている迅を見る。見られていることに気付いた迅もこちらに目を向けた。視線が絡んで、もう何年も見慣れていたはずだった青い瞳がまっすぐに太刀川を見た。
 その瞳に灯ったもはや明け透けなほどに伝わってくる欲の、熱のその温度の高さに、見つめられて初めてキスをした時のことを思い出したのだ。




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