STARDOM

 交代を告げる声と共にコートに立てば、迎えたのはアリーナ中の歓声だ。第三クオーター、点差は十五点。格上との戦いで、大方の世間の予想通りに日本は追う展開となっていた。
 スターティングメンバーには惜しくも選ばれずここまでずっとベンチを温めていたのだが、ついにこの天才の出番が来た。ずっとうずうずしていた。早くコートに立ちたかった。それは強い飢えに似た感情だった。
 第一クオーターからコートに立っていた同じユニフォームの沢北が、首筋から汗を垂らしながら「桜木」と言って期待するように小さく口元で笑う。
 そしてもう一人、少し遠くから、強い視線を感じた。
 もう一人の第一クオーターからコートに立ち続けていた男。黒髪の隙間、長い睫毛に縁取られた強い、強い瞳。ずっとボールを追い続けてぎらぎらとひかっていたその目が、コートに足を踏み入れた花道の姿を認めて、内に燃やしたその火の温度を確かに増したのが分かった。
 コートの端と端。この距離でもまるですぐそばにいるみたいに分かる。その熱が花道の肌に触れた瞬間、ぞくりと花道を震わせるような興奮。高揚。
 今朝の起き抜けの、寝惚けて甘えたように花道を見たあの目からはまるで想像もできないくらいだ。今目の前にいる流川楓は、赤いユニフォームを身に纏い、紛うことなく日本代表バスケットボール選手の顔をしていた。
 そしてそれは、花道も同じだ。
(高校の頃ぶりだな)
 同じコート、同じユニフォームで流川とプレーするのは。互いに渡米しプロ入りを果たしたとはいえ、アメリカあっちでは別のチームに所属している。懐かしい。あの頃はついぞ越せなかったが、今は。
 今でもオレは。
 きれいに磨かれた床をバッシュが擦る。すれ違うチームメイトが花道を鼓舞するように声をかけたり肩を叩いたりしてくる。流川だけは、何も言わない。そのまま自分の持ち場に集中する仕草をみせて、花道からはふいと視線を逸らした。
 だけど、言葉がなくても、あの瞳で分かっていた。
(ったりめーだ、天才をナメんな)
 そう心の中で流川に向けて返事をする。自然と口角が上がっていた。
 ああ、どうしような。楽しい。嬉しくて、楽しくて、仕方がない。
 バスケをするのはずっと、いつだって楽しかった。それは間違いないのに、同じコートの中にこの男がいる、それだけでこんなにも、爆発しそうなくらいにもっと楽しくてたまらなくなるなんて。それが少し悔しいくらいで、でもやっぱり楽しかった。
 あれから何年経っても、誰とのどんな試合でも、花道が相変わらず心の底から追いかけるのはこの男ばかりだった。何でなのかなんてもう分からない。ただ自分の心が、そう欲していた。
 再開したゲーム、ボールを奪ったのは日本だった。そのままゴールまで一気に駆ける。花道も考えるより早く反射で駆け出した。
 反対側で流川も同じように走るのを視界にとらえる。それがひどく懐かしくてたまらなくて、花道の心臓が強く脈打つ。そしてその鼓動がまた花道を突き動かして、自分の体を押し出すような強い力で、ぐんと花道は床を踏みしめた。




(2023年8月29日初出)





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