この街の夜は今夜も美しく



「いよいよ明日だな」
 ホテルロンド・ロゼの一室、開かれた広い窓から見下ろすガラルの夜景は美しい。その夜景を背負って立つ背中に纏う赤いマントが夜風に吹かれてひらりと舞った。ホントに四六時中つけてんのな、それ。このマントを見る度、絶対勝ってオレさまがそのマントをつけてやると燃える。しかし同時にこのマントをつけているダンデがキバナは好きだった。この赤いマントは、ガラルの現代のヒーローの証であり、最強の名そのもの。ガラルの”誇り”だ。それを十年絶やすことなく背負ってきた男は、そんな重みを感じさせない無邪気な笑みを浮かべている。それは例えるなら遠足の前の子どものような、わくわくしてたまらないといった顔。
「そうだな」
 『ポケモンワールドチャンピオンシップス』。世界最強のトレーナーを決める大会だ。カントー、ジョウト、ホウエン……世界各地からトップトレーナーが集まるこの大会がここガラル地方で開催されるということでガラル中は沸きに沸いていた。そんなガラル中の期待と熱狂に応えるように、ガラル代表として選ばれたダンデは決勝戦まで駒を進めた。その決勝戦が明日開催される。
 同じ地方の中とはいっても当日に長距離の移動は疲れるだろうということで、試合に出場するダンデ、そしてジムリーダーとして観戦席に招待されているキバナはここ、ホテルロンド・ロゼに今夜は宿泊している。今いるのはダンデが今夜宿泊する部屋、ガラルが誇るロンド・ロゼとっておきのスイートルームだ。
 試合会場は眼下に広がるシュートシティの賑やかな街並みの中でも一際煌々と美しく光るシュートスタジアム。今日は決勝戦前日とあって、夜遅い時間になっても賑わいは止んでいないようだった。明日になればチャンピオンカップの時のように会場外にも屋台が沢山並び、大いに盛り上がりを見せるだろう。
 決勝戦のカードはガラルのチャンピオン・ダンデと、カントー地方四天王最強の男・ワタルとなった。
「本当はオレさまが戦いたかったけどな。ドラゴンつかいとして、あのワタルさんと戦えるなんて夢だぜ」
 カントーから遠いこのガラル地方といえど、ドラゴンつかいに彼の伝説的な強さを知らぬ者などいない。キバナもドラゴンタイプのジムリーダーとして、彼の試合の映像は何度も見た。直接手合わせをすることはおろか、生で試合を見たこともないが、映像を見ただけでもわかる。同じタイプの使い手だからこそ、その強さは身に沁みて知っていた。
 キバナは窓枠に軽く手をかける。キバナがジムリーダーを務めるナックルシティも都会であるとは思うが、それにしたってここはガラル地方の中でも格別に栄えている。プライベートで訪れることも勿論あるが、キバナがこの街を訪れるのは、チャンピオンカップの時が多い。来る度にぎらぎらと輝きを増すこの街の夜景は眩しくて、明日待ち受けるスタジアムの熱気と歓声がフラッシュバックして、思い起こされた興奮の色がじわりと足下から這い上がってくる。明日スタジアムで対峙するのは、オレとダンデではないけれど。
「――見てるからな。勝てよ」
 ダンデの顔ではなくぎらついた夜景に目線を向けたままそう言うと、視界の端でダンデの口角がにっと上がったのが見えた。
「もちろんだ」
 ダンデがこちらを向いたのが分かったので、キバナもダンデの方を見る。ばちんと目が合ったダンデの金色の瞳は明日が待ちきれないといった風に夜景以上にぎらぎらと輝いていて、ぞわりとした感覚が皮膚を駆ける。ポケモンバトルでキバナと対峙する時と同じ目。この目、この目が好きなんだ、とキバナは思う。そう、この男がガラルのチャンピオンなのだ。最強の名を欲しいままにしてきた男。他の奴じゃなく、コイツとのバトルでしか味わえない熱。
「オレはラッキーだと思うぜ。なんたって、ライバルが君なんだ」
 ダンデはそう言って、いたずらっぽく目を細める。
「ドラゴンタイプとの戦い方は長いこと研究してきた」
「そりゃ光栄だな」
 腕を伸ばして、指先をゆっくりとダンデの胸元に向ける。
「勝ってこい、ガラルのチャンピオン。そしてワタルさんに勝ったお前をオレさまが倒す」
 キバナがニヤリと笑うとダンデも楽しそうに、そして不敵に笑う。
 不意にダンデが伸ばされたキバナの指先に触れて、ゆっくり解くように手を絡ませる。ダンデの体温が指先から手のひらからじわりと伝わってきて、そちらに気を取られた一瞬の隙に唇を奪われた。触れるだけで離れたそれの意味を問う前に、キバナは追いかけるように空いた片手でダンデの頭を引き寄せてもう一度唇に触れる。瞬間、触れた感触と熱に感覚を支配されるようだった。
 ぎらぎらと輝きを放つ祭りの前夜、賑やかな街の中。明日スタジアムを、世界を熱狂させる男がいるこの場所だけが、この街の唯一の静寂のように思えた。



(2020年2月4日初出)



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