愛しきオレの、(イエロー/ターコイズ)



 つるり。昨日買い換えたばかりでつやつやと新品の輝きを放っているスマートフォンが手から滑り落ちてしまいそうになって、ダンデは慌てて握り直す。どうにか落とさずに済んで、ふうと安堵の息を吐く。
「危なかったぜ……」
 そう呟くと、一部始終を見ていたらしいキバナがくつくつと笑っていた。今日はジムリーダーとチャンピオン、そしてリーグ委員会が集まって次期ジムチャレンジとそれに伴う宣伝活動等々の打ち合わせがあり、今はそれが終わってスマホをポケットから取り出したところだった。
「買ったままの状態だとそりゃ滑りやすいよな。カバー早く買った方がいいぜ。それかロトムに入って貰うか」
 最近のスマホはどんどん薄型化が進んでいて、その上カバーを着けるかロトムに入って貰うことが前提のようになっているから、買ったそのままの裸の状態だとどうにも手にフィットしない。表面もつるつるつやつやと綺麗に磨かれているから余計に滑りやすい。
「うーん、そうだな。考えておくぜ」
 言いながら、打ち合わせ中に入っていた連絡をざっと確認する。オリーヴさんから明日のスケジュールのリマインドと、少し先の仕事の確認と、ソニアからなんてことない日常のチャット。ワンパチの写真もついている。うん、どうやら急ぎの用事はなさそうだ。移動中にでもまとめて返信をしておこうとスマホを再びポケットに入れる。
「そう言ってずっとほったらかしにしておくつもりだろ」
 う。ダンデが言葉に詰まると、キバナはやっぱりと言いたげな顔。流石にもう何年もの付き合い、故郷に帰る機会もなかなかない自分にとってはもはや家族以上に会っているかもしれない最高のライバル。
 自分の荷物をまとめて出口に向かうキバナに合わせて、ダンデも会議室を後にする。並んで歩きながら会話を続ける。
「……ほったらかしにするつもりはないんだが、いつも」
 ただ、愛するポケモンたちとポケモンバトルとチャンピオン業のことを考えていたら他のことを全部後回しにしてしまうだけで。
「わかってるよ。でも気付いたらほったらかしになってるんだろー。食べ物もファッションも」
「流石キバナ、よく分かってるぜ」
 そう言うと、キバナは「開き直るなよ」と笑う。
「別に付けたくないならいいけどさぁ。迷子になってスマホもなくしましたなんてなったら笑えないだろ」
 そこまで言ったところで、キバナは「あ、そういえば」と何かを思いついたように呟く。
「ダンデ。ちょっとだけ時間ある? 十五分くらい」
「? そのくらいならあるぜ」
「おっけ、ついてきて。絶対変なとこふらっと行くなよ」
 念押しをされて、素直にキバナの後についていく。途中で興味を惹かれるものがあっても、そっちに向かっていかないように、キバナのオレンジ色のヘアバンドから目を離さないように。エレベーターを降りてローズタワーを出て、シュートシティの中心街の入口のあたりにある店にキバナは迷わずに入っていく。ダンデは同じような建物が並ぶ美しい街並みに、何十回来ても方向感覚が分からなくなりそうだと思いながらもキバナの後を追う。
 自動ドアが開いて、閉じる。ここは何の店なんだろうと思ってきょろきょろと店内を見回すと、こぢんまりとした外観とは裏腹に店内は広く、所狭しと様々なスマホ用のアクセサリが並んでいた。こんなに沢山あると圧巻だ。
「広いだろ。ここ、最近できたらしいんだけど、色んな機種のカバーも豊富なんだ」
 彼の特徴的な垂れ目がにっと細められる。ダンデはシュートシティを一応拠点として動いているけれど、新しいお店の情報なんかにはてんで疎い。キバナはナックルシティが拠点だというのに、他の街の情報もいち早く知っているなんて流石だ。バトルで相対する時はこれ以上無いくらい近い熱量をぶつけ合い分かち合える相手だが、プライベートのおいてはお互いにだいぶ違う。キバナはオレの知らないことを沢山知っているなあ、と改めて感嘆した。
「で、ダンデ、機種は……」
「あぁ、これだぜ」
 そう言ってポケットからスマホを取り出す。今度は取り落とさないように気を付けながら。スマホを一瞥し、「ありがと。この機種だと……あのコーナーだな」
 キバナはすぐに機種を判別してその機種用のコーナーに進んでいく。こんなにすぐに分かるのか。すごいな。キバナの後をついていくと、かわいらしい柄のものから面白いもの、シンプルなものまで様々なカバーがずらりと並んでいた。
「どれがいい?」
「うーん、オレは持ちやすければ特にこだわりはないぜ」
「ま、だろうなぁ」
 苦笑しながら、キバナはダンデよりも熱心にコーナーを眺めている。そしてその中から一つのカバーを手に取った。
「これとかどう」
 キバナが手渡してきたのは、柄などもないシンプルなプラスチックのカバー。その色は、
「……黄色」
「そ。ダンデの目の色にちょっと似てない?」
 そう言って、キバナはにっと笑う。ダンデはぱちくりと目を瞬かせた。――オレの、目の色。

 チャンピオンというのはガラルのアイコンのような存在でもある。ガラルの人々に親しまれ、ゆえに色々なポスターや関連グッズも世に出ていた。その多くはダンデのマントの色である赤や、長くて象徴的な髪の色である紫をイメージカラーのように使ってくれていた。だから、目の色をイメージとして挙げられるのは珍しくて、少し驚いてしまったのだけれど。
(――あ、そうか)
 世界の他の誰よりも、オレの真正面に立ち続け食らいつき続けてくれたのがキバナだ。相手の一挙手一投足を読み解いて、一瞬たりとも気を抜かずに戦う時間は、視界に映るのは相手と相手のポケモンだけ。その中でも、どんな色でも見逃さないようにまっすぐに、探るように、射抜くように見つめるのはその目だ。キバナとのバトルの時の記憶を思い出すと確かに浮かぶのは、ほんの数メートル前でさえ煙る激しい砂嵐と彼のパートナーであるジュラルドンの姿、吠えるような口上、目が覚めるように鮮やかなオレンジのバンダナ、そして何より――普段の穏やかな垂れ目と一転してぎらぎらとこちらを差すように射抜く美しいターコイズブルー。

「……うん、これがいいぜ」
 キバナが、他でもないキミが選んでくれた色がなんだか今日は無性に嬉しくなってしまった。手の中のイエローが店内の照明に照らされてきらりと光る。ダンデがじっと見つめていると、キバナは「そんなに気に入ったか?」と少し不思議そうな顔をする。
「まぁ、気に入ってもらえたならよかった」
 そう笑う、垂れたキミの目のターコイズは柔らかく穏やかで、バトルフィールドで相対する時とは全く違う。
 けれど今の色もまた愛しい色だ。そうダンデは思った。



(2020年7月3日初出)



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