my treasure



 あの伝説的なチャンピオン交代劇から早数年。チャンピオン・ユウリが「新チャンピオン」と呼ばれなくなり着々と勝ち星を積み重ね、バトルタワーオーナー・ダンデもすっかり板につき新しいガラルの日常が定着した頃。紆余曲折、――本当に何年にもわたる紆余曲折の末に水面下で恋愛感情を成就させ、粛々と良いお付き合いを続けてきたキバナとダンデがついに、しかし世間の人々からすれば突然に結婚を発表した時ガラル中は大きく揺れた。
 それもそうだ。数年前まで十年もの長きにわたりガラルのトップに君臨した無敗の元チャンピオン・現バトルタワーオーナー兼リーグ委員長と、自他共に認める最高のライバルであるガラルトップジムリーダー。今でこそダンデが公式試合に出場する機会は減っているが彼らがガラルの頂点を争い続けた日々は今も人々の記憶に新しいし、今でもずっと双方ライバルと公言していた。そんな二人が結婚、だ。
 様々な感情がガラル中に飛び交った。寂しがる者、悲しむ者、嫌悪感を示す者、下世話な揶揄をする者。それは一定数いるのは致し方ないことだ。しかしそれでもほとんどのガラル市民たちは心優しく、愛すべきダンデとキバナの結婚を最終的には大いに心から祝ったのだった。

 その結婚発表の熱がまだまだ冷めやりはしないタイミング。バトルタワーの新しいバトルシステムとアイテムの導入に際し開いた会見は、普段よりも多くの報道陣が詰めかけていた。勿論純粋にバトルタワーの記事を書く為に足を運んだ記者も多くいるが、先日ガラル中を騒がせた結婚発表についてなにか聞くことが出来ないかという下心をもってこの場に来た記者もいくらかはいる。
 一通りの説明と、バトルに関する質疑応答。あと数問なら受け付けられます、とスタッフがアナウンスしたところで記者席から手を挙げた一人の記者は、玉石混淆さまざまなタイプの芸能情報を扱うネットニュースサイトの名前を名乗った。そしてダンデに質問をぶつける。
「――先日キバナさんとの結婚発表をされましたが、ダンデさんはキバナさんの好きなところはどういった部分でしょうか?」
 チャンピオンだった頃であればこの瞬間にローズさんやオリーヴさんが、会見に関係のない質問は止めるように牽制するだろう。しかし今この場の最高責任者はダンデである、眉をひそめて記者を止めようと動く気配を見せるスタッフに目線で大丈夫だと伝え、ダンデは記者に向き直る。このタイミングでの会見だ、こういうタイプの質問がくることは想定済みである。ダンデは少し考えてから口を開く。
「そうですね。色々、……本当に色々あるんですが――」



 普段はゴシップ色の強い記事はあまり見ることのないキバナだったが、ふとタイトルが目に入ってしまったその記事ばかりはどうしたって目を引かれてしまった。少しの間逡巡して、タップした瞬間に後ろから声をかけられる。
「あ。見たのか、その記事」
「うわっ。……おかえり」
「ただいまだぜ」
 振り返ると、風呂上がりで少し頬を上気させたダンデがキバナのスマホを覗き込んでいた。その表情に嫌そうな色は全くなく、少し面白がっているような様子さえ見せる。
 キバナが開いた記事には、今日ダンデがバトルタワーで開いた会見の模様についてだった。バトルに特化したニュースサイトではしっかりとタワーが今度導入する新システムとアイテムについての情報が書かれているようだったが、キバナが開いたサイトは芸能色の強いニュースサイトだ。そこには、先日発表したキバナとの結婚に関してダンデが質問を受けた様子が書かれている。
「……やっぱ、メディアに出るとこうなるよなー。うーん、結婚会見やっぱり開くべきだったか。披露宴はメディアも呼んで盛大にやるつもりではあるんだけどな」
 やはりどうしたって世の人の注目度が高いのは、有名人の恋愛や結婚の話題だ。こうして注目されること自体は嬉しいことだけれど、やっぱりどうしてもこういうタイミングで記者の前に出れば全く関係のない会見でもそういう質問が出るものである。変な詮索とか悪意を持った質問ではなさそうだけれど。
「まあ、このくらい平気だぜ。読まないのか?」
「いや、本人がいる横で……」
「いいぜ、是非読んでくれ」
 二人掛けのソファ、キバナの隣のスペースにいつものように座ったダンデがそう促すのでキバナはダンデが見ている横でその記事をスクロールする。前半部分は申し訳程度に今日の会見の内容、後半部分はダンデがキバナとの結婚に関する質問に答える模様。
 記者の質問はこうだった。『先日キバナさんとの結婚発表をされましたが、ダンデさんはキバナさんの好きなところはどういった部分でしょうか?』それに対し、ダンデはこう答えている。『そうですね。色々、……本当に色々あるんですが――すみません、オレと彼だけの秘密とさせて下さい。今はもう少し独り占めしていたいので』
 そう言った後のダンデの照れ笑いの写真まで、記事にはご丁寧につけられていた。

「~~っ、……」
 かあぁ、と顔が赤くなるのを感じながら、ダンデはそんなキバナの反応を見て隣でニヤニヤと楽しそうに笑う。
「……こんな口説き文句、オレが居る時に言ってくれない?」
「ふふっ、何度でも言うぜ? ベッドに行くか?」
「行く、行くけどさぁ」
 気恥ずかしさと、それ以上の大きな嬉しさと、優越感と。色んな感情で何だか力が抜けてしまってダンデの肩に寄りかかる。ダンデは楽しげに笑いながら、日々怠らないトレーニングの成果でがっしりと鍛えられた体でキバナの大きな体を何の負担もなさそうに受け止めてくれる。

 こういう関係になるまでずっと、ダンデは博愛主義者なのだと思っていた。いや、今でも基本的にはそうなのだろう。
 ガラルを愛し、ポケモンを愛し、ポケモンバトルを愛している。そんなダンデをガラルの人々も愛した。そんな環境で十歳から生きてきたダンデは、愛されることに慣れていて、愛されることも好きなようだった。
 ダンデは求められれば何だって応えたいタイプだ。プライベートでだって求められればサインやリザードンポーズを嫌な顔一つせずにしていたし、その上ガラルトップクラスのポケモンバトルの実力者でもあるためにガラルのためであれば文字通り身を挺して危険の中に飛び込んでいったことも数知れず。それで、本当に危なかったことも一度や二度ではない。若い頃の話だけではなく、頻度は減ったものの最近だってゼロではない。
 広く深く、この世界に愛を与えるダンデは、求められれば何でも捧げてしまいそうな男なのだけれど。
 その男が、キバナとの間に育んだ愛を独り占めしたいと言う。
 これがどれほど大きなことなのか、ダンデの一番近くに在り続けたキバナこそよく理解していた。
 ガラルの英雄であった――いや、今も多くの人にとって英雄的存在である、神さまか何かのように世界に愛され愛し返してきたダンデの、人間らしい恋情を向けられるただ一人の存在であれることが。ダンデがキバナへだけ向けるこんな人間らしい愛情の発露が、どうしようもなく嬉しくて、世界中に自慢してやりたくて――だけどやっぱり今は独り占めしてもいたい、なんて世界一贅沢なことを思う。
「ダンデ」
 そう呼んでみると、ダンデは柔らかい色の目をしてキバナを見つめてくれる。
 あぁ、これはやっぱり、オレだけしか知らなくていいな。
 寄りかかっていた体を少し起こして、頬に手を伸ばす。ダンデはくすぐったそうに笑った後、近付いてきたキバナの顔を察して目を閉じる。
 ふたりだけしか知らない夜は、今日も美しいガラルのどこか、ひとつの灯りの中で更けていく。




(2020年8月15日初出)



kbdnワンドロ07 お題『愛情表現』



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