all of you



 サンプルができましたので、チェックしておいて下さい。ざわざわと忙しない雑誌の撮影スタジオの片隅、スタジオの端で撮影開始を待っているダンデとキバナの元にそう言いながらリーグスタッフが持ってきたのは、かわいらしい二つのぬいぐるみだった。そのうちのひとつをダンデに、もうひとつを隣にいたキバナに渡す。
「ありがとう! もうできたんだな」
「ええ。先方も自信作だと仰っていましたよ」
 リーグスタッフはにこりと笑う。そしてまた忙しなくぱたぱたと去って行くリーグスタッフの背中を見送りながら、ダンデは手の中のぬいぐるみを弄んだ。ダンデ自身を模した二頭身のかわいらしいぬいぐるみだ。チェックしておいてくれと言われたのでくるくると回して、マントや帽子の繋ぎ目などの縫製を確認して、念の為気になる部分がないか確認する。うん、大丈夫そうだ。元より特に心配はしていなかったけれど。
「ダンデ。オレさまのぬいぐるみ超かわいくない?」
 そう言ってキバナは自身の手の中にあるぬいぐるみをダンデに見せてニコニコと楽しそうに笑いかける。可愛らしくデフォルメされたキバナのぬいぐるみは、彼の褐色の肌と目尻を下げた穏やかな表情を特徴的に捉えていて、確かにかわいらしい。
「ああ、かわいいな!」
 そう返すと、キバナも満足げに笑ってくれる。

 もうじき大規模なエキシビジョンマッチが開催される。ジムリーダーの多くが参加し、ガラルの一大イベントであるジムチャレンジに次いで大きな催しになる予定だ。そこではいつも様々なグッズが販売されるのだが、今回は特にトレーナー側のグッズにも注力するらしく、このぬいぐるみもそこで販売予定のグッズの一つだった。
 今日のキバナとの雑誌撮影も、その宣伝活動の一つだった。チャンピオン・ダンデはシードで決勝戦のみの出場、キバナも含めたその他の選手は一回戦からの出場となりキバナとの対戦は確定してはいないが、自他共に認めている最大のライバルであるということで、自然と「チャンピオンとそれに挑む者」という構図でキバナとのツーショットでの撮影となった。ダンデはチャンピオンユニフォーム、キバナはいつものドラゴンを模したパーカーの下にナックルジムのユニフォームという出で立ちだ。ダンデもキバナももう撮影の準備はできているのだが、どうやら小道具の準備のミスがあったらしく、スタジオの隅で少しの間二人で待たされることとなった。そのせいか撮影スタジオは普段以上にバタバタとしている。しかしダンデは今日は珍しくスケジュールに余裕があるため、多少の遅れは問題ない。それに何かあればオリーヴさんがうまく調整してくれるだろうから、心配はいらない。流石あのローズさんの右腕を務めるだけあって、スケジュール管理や先方との調整などにかけてガラルでオリーヴさんの右に出る者はいないのではないかと思うほどに優秀なのだ。
 そして何よりダンデ自身は、キバナと久しぶりに会えたこともあり、何も気にしていないどころか降って沸いたようなこの二人の時間を楽しく思っていた。ハラハラしているだろうスタッフの人たちには申し訳ないが少し感謝してさえいた。
 キバナといる時間は楽しい。キバナとはポケモンバトルのコートで相対すれば呼吸のひとつさえ読み合いお互いを喰らわんとするライバル同士であるが、コートの外に出れば本当に同じ人物かと驚くほどキバナは穏やかで、いつも柔和な笑顔を浮かべている好青年であった。ダンデの大きな夢も笑わずに聞いてくれ、ダンデの派手で時に突飛と言われる行動もなんだかんだ言いながら付き合ってくれる、優しい男である。幼い頃からチャンピオンの椅子に座り、幼馴染みのソニア以外に同年代の友人の少なかったダンデにとって、キバナは貴重で大切な友人だった。大人になりより名声も仕事における責任も増してきた二人は忙しく、最近はなかなかプライベートで遊びに行くということはできていなかったが。だからこそ完全プライベートでなくとも、キバナとこうして過ごす時間がわずかでもできたことはダンデにとって純粋に嬉しかった。

 ダンデのも見せて、と言われて手の中のぬいぐるみを交換する。キバナから手渡されたぬいぐるみをまじまじと見る。垂れたターコイズブルーの瞳に、口角の上がった口元。強調された褐色の肌の頬の部分には淡いピンク色がさしていて、かわいらしさをより引き立てている。
「ふふ、本当にかわいい表情をしているな」
「だろぉ? オレさま、かわいいからなー」
 キバナはそう言いながら、ダンデのぬいぐるみの耳の上の髪の毛の束をぴこぴこと動かして遊んでいる。
「うん、よく似ているぜ」
 ダンデが素直な気持ちでそう言うと、キバナは「……ダンデってほんと無自覚タラシだな~」とぽつりと呟いて苦笑する。意味がよくわからなくて「なんだ?」と聞くと、「なんでもない。ダンデの素直なとこ、好きだぜ」とキバナは目尻を下げて笑う。その柔らかな表情はやっぱりダンデの手の中のぬいぐるみに似ていた。
「……あぁ、でも、かわいいのもいいが試合の時のキミの表情も捨てがたいな。獰猛で、ギラギラしていて、絶対にオレに勝つというあの目だ。あのキミが、やっぱり好きなんだよな」
 食いかかるかのように両手で威嚇して、ダンデをその美しい瞳でまっすぐに射抜くあの表情を思い出す。その表情が向けられる真正面、特等席で見られるあの光景を脳内に思い描く。
 穏やかでかわいらしいキバナもとても好きだが、やっぱり一番はあの瞬間だ。思い返して、改めてそう思う。しかし、あの表情をこのかわいらしいぬいぐるみの形で表現するのは難しいかもしれない。そう思えば、やはりこの穏やかな表情を選んだのは正解なのかもしれないな。
「ダメだ、思い出したら今すぐにでもキミと戦いたくなってきたぜ」
 ふつふつと身体が思い出す、キバナとの試合の高揚。ダンデだけを倒すために研がれたその牙を、全力でぶつけてくるこの男に、こちらもパートナーたちと全力を返すあの時間。それは他の何にも代えがたい最高の時間だ。エキシビジョンまではあと数週間あるというのに、あの時間のことを思い出してしまえば遠足の 前の子どものようにわくわくしてたまらなくて、待ちきれなくなってしまう。
「……も~、ほんと、お前……」
 そう呟いたキバナを見れば、キバナの頬は赤く染まっていた。ぬいぐるみのかわいらしいピンク色ではなく、恥ずかしそうな嬉しそうな複雑な表情をしたキバナの、血が通った赤色だ。
(――この顔は、あまり他の人には見せたくないな)
 なんてことを思ってしまう自分に驚いた。だって、普段は穏やかで飄々と余裕を見せるキバナがオレの一言でこんないじらしい表情をするなんて、なんて優越だろうか。他の人に魅せるのは、勿体ないと思ってしまった――そんな独占欲みたいなこと、今まで誰かに対して抱いたことはなかったというのに。
「さらっとすごい殺し文句言うよなぁ」
 キバナの美しい瞳が、まっすぐにダンデを捉える。ばちり、と閃光が弾けるように目が合った。
待ってろ、次のエキシビジョンこそオレさまが勝ってやるからな。キバナの宣戦布告に、望むところだ、とダンデは笑う。
 この男の、獣のような闘争心も絡みつくような執着も、穏やかなやさしさも可愛らしい恥じらいも、いじらしいくらいの喜びも。そのどれもを真正面から受け取れるのが己であるということが、ダンデにとって嬉しくてたまらないのだ。



(2020年9月20日初出)



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