ティータイムにはあまやかな熱を
「バトルタワー・ハロウィンフェスタ?」
ダンデが手にしている企画書に書いてある文字を読み上げると、「そうだぜ」とダンデは笑う。今日はお互いにオフ、昼下がりのダンデ宅のリビング。バトルタワーのスポンサーから貰ったのだという缶に入ったクッキーと紅茶を頂きながらのんびりとしていたところ、ダンデが「そうだ、キバナにも何かアイデアがあったら是非教えて欲しいんだが」と言って仕事用のカバンから出してきたのがこの企画書だった。
ダンデがオフの時でもつい仕事の話になってしまうのはよくある話だ。しかしそれだけダンデが仕事が好きで、もっと良くしていきたいと真剣に取り組んでいる証左でもあるし、キバナもダンデがそうしている姿が好きだったのでオフの時に仕事の話になってもキバナは何の不満もなかった。あるとすれば、すぐワーカーホリックになるほどのめり込みすぎてブレーキが効かなくなるというところくらいだ。とはいえ最近はペースを掴めてきたのか、だいぶその頻度も減ってきてはいる。
「まだ色々企画を考えている最中なんだが、最近ガラルでもハロウィンがとても盛り上がっているだろう? 普段ポケモンバトルにあまり触れていない人たちにも、楽しくバトルに触れてもらうきっかけにできないかと思ってな。何かいいアイデアはないかと考えていたら、ソニアがハロウィンはどうかってアドバイスしてくれたんだ」
なるほどな、とキバナは頷く。ダンデがこうした季節もののイベントに自分から乗っかっていくのは珍しいと思ったのだけれど、あの幼馴染みという研究家のねーちゃん――ソニア博士の助言と聞いてとても納得がいった。ルリナとも仲が良く流行に敏感そうな彼女ならそういうアイデアも出てきそうだ。
それにしても、そういった世の中の流行やイベントごとを積極的に取り入れていく姿勢を見せるダンデというのはキバナにとってもとても意外で、感慨深い思いになる。チャンピオンだった頃は特にポケモンバトルのこと以外はあまり眼中になく突っ走ってきて、世の中の流行やイベントやらにとんと疎かったダンデが。使えるものは何でも使ってバトルタワー、ひいてはガラルのポケモンバトル全体を盛り上げよう、皆を楽しませよう、とするダンデの変わらぬまっすぐな情熱と志、そしてその手段がバトルタワーオーナーになってからとても柔軟になってきていることにキバナはとても喜ばしい気持ちになった。
「オレも含めバトルタワースタッフも仮装をしてエキシビジョンをしたり、ハロウィンにちなんでアメ系のアイテムを中心に出店をやったり、あとは当日のエキシビジョンで使えるレンタルパーティもゴーストタイプを軸に揃えようかと思っているぜ」
「へえ!」
フェスタ、と冠したその催しは通常のバトルタワーを飛び出して色々な企画を行うつもりらしい。アンバーの瞳が楽しそうにきらきらと輝くのを、キバナは目を細めて見つめる。
「で、ダンデは何の仮装をするつもりなんだ?」
今の説明を聞くに、ダンデも何かしらの仮装をするつもりのようだ。気になってそう聞くと、ダンデはそこはまだ全く考えていなかったようで言葉に詰まった後しばし考える仕草をする。たっぷりの沈黙の後、ダンデは絞り出すように言う。
「……リザードン、とかか?」
その言葉があまりにもらしすぎてキバナはつい笑ってしまった。どれだけ大きな未来を見つめても、どれだけ柔軟に変化していっても、根っこのところは変わらない。そんなダンデのことをキバナは改めて好ましく、そして愛しく思った。しかし、リザードンの気ぐるみを着てバトルをするダンデを想像したら面白くてまた笑いがこみ上げてきてしまう。それもまぁかわいらしいしダンデらしすぎていいけど、いいのだけれど。
「リザードンもいいけどなー。でもダンデならもっとシュッとしたスタイルのも似合うと思うぜ。王道で言うと吸血鬼とか、狼男とか? なんなら、衣装オレさまが考えてやろっか?」
そう言うと、ダンデはぱっと表情を明るくして「ありがとう、それは助かるぜ!」と返した。うんうん、それだけきらきらした目で見られたら、オレさまも張り切ってやらないとなー、と俄然気合いが入ってくる。チャンピオンとしての姿やその快活なキャラクターの印象が強すぎて実はなかなか意識されにくいが、この男はとても美しくて格好良いのだということを、ガラル中に見せつけてやろうか、なんて気持ちさえ芽生えた。来場者のびっくりする顔を想像して、キバナは今からわくわくしてしまった。
「それにしても、ハロウィンかー。もうそんな季節か。小さい頃はオレさまも近所を回ってお菓子を貰ったりしてたな」
「そうなのか! ハロンだとどちらかといえば収穫祭という様相の方が強かったからな」
「へえ、地域差も結構あるんだな」
そう言ってキバナは紅茶を一口飲む。幼い頃の記憶を辿って、懐かしいな、と口元が綻ぶ。ダンデが缶に入ったクッキーをひとつ摘まむのを見て、キバナはふと思って子どもの頃に口にしていた言葉をダンデに向かって言ってやる。
「ダンデ。お菓子くれなきゃ悪戯するぞー」
がお、と試合でもよくやっている威嚇をするようなポーズをしながら言うと、ダンデはぱちくりと目を瞬かせた。おかしそうに笑って、そして手の中のクッキーをキバナに差し出して――キバナの口がそれを迎え入れかけた瞬間、ダンデの手がひらりと翻ってあっという間にそのクッキーはダンデの口の中に消えていった。
今度はキバナがぱちくりと目を瞬かせる番だった。もぐもぐとクッキーを咀嚼するダンデこそ、悪戯が成功した子どものように楽しそうに笑っている。
「悪戯、してくれてもいいんだぜ?」
クッキーをごくりと飲み込んで、にやりとキバナに笑いかけてみせるダンデの目の奥に見て取ったちいさな炎。悪戯、という言葉の意味を子どものころのようなかわいらしいものだけと捉えるには、その目に乗った欲があまりにも色づいていた。ちょっとした戯れとしてかましてやったつもりだったというのに、うっかりカウンターを食らってしまった気分だ。こちらの攻撃の二倍のダメージ、ってか。耳が熱くなるのが分かる。
「……そんな煽ってくれるなよ」
どうにか頭の中の冷静な部分をかき集めてそう絞り出したというのに、ダンデは笑ったまま返す。
「いいぜ、存分に煽られてくれ。常々、キミは恋愛になるとオレに遠慮しすぎだと思っていたんだ。煽られてくれるくらいがちょうどいい」
本当に、この男は。今度は耳だけじゃなく顔全体が熱い。
(そう言ったのは、お前だからな)
してやられてたようで悔しくて、誰の為を思っていつも理性かき集めて遠慮してんだと思って、しかし煽られてくれていいと笑うそのキバナへの気持ちが嬉しくて、かき乱された気持ちのまま噛みつくように唇を奪ってやる。先程のクッキーのおかげで絡めた舌に甘い味が広がった。
普段よりも少し荒っぽく、しかしどうしたって乱暴な手管でダンデを傷つけないようにとブレーキをかける頭の中、ダンデがやっぱりまだ遠慮してるじゃないかとでも言いたげに口角を上げてキバナの後頭部にその手が触れるのが分かった。
kbdnワンドロ11 お題『ハロウィン』