Dear White World



 フライパンから二人分の皿にスクランブルエッグを移して、朝食は完成だ。皿の上でほかほかと湯気を立てるスクランブルエッグとボイルしたソーセージを見て、ダンデは「よし」と小さく呟いて口角を上げる。ソーセージの火加減は良好、スクランブルエッグは見るからにふわふわとしていて美味しそうだ。贔屓目はあるかもしれないが、前に作った時よりもより美味しそうにできたことに満足する。まだ料理をするようになって日は浅いものの、作る度に段々と火加減やタイミング、調味料の量など段々とコツが掴めてくるのが実感として分かってきて料理も案外面白いものだなと最近では思うようになっていた。
 今日の朝食当番はダンデだ。キバナと一緒に暮らすようになってから、お互いの仕事のスケジュール次第ではあるが基本的に家事は当番制にするようにしていた。ダンデはチャンピオン時代はキャンプでのカレー以外ほとんど自炊などしてこなかったものだから、料理といってもまず何を作ればいいのかすら分からず、そのことをキバナに伝えるとキバナは「じゃあ料理は全部オレさまがやろうか?」と提案してくれた。しかしそれではダンデはなんだかキバナの負担ばかり増やすようで納得がいかず、その提案は却下することにした。その代わりに、お互いに時間がある時にキバナがダンデに料理を教えてくれるようになったのだった。簡単に作れるこの朝食も、一緒に暮らし始めてすぐにキバナから教えて貰った料理のひとつだ。
 ダイニングテーブルに二人分の朝食を運ぶと、窓際でのんびり微睡んでいたダンデとキバナの手持ちポケモンたち匂いに反応してかこちらを向く。何匹かはまだ眠そうにしていて、二度寝の体勢に入ろうとしている者もいた。
「おはよう、みんな。みんなの分の朝食もすぐ用意するから待っててくれよな」
 キッチンに戻ったダンデは戸棚からポケフードの袋を出して、器に移していく。それぞれに味の好みがあるから、違う味のものや違うブランドのもの、時にはそれをブレンドしたりして、一匹ずつ違う味の朝食だ。リビングに戻ってまずはじっとダンデを見つめるリザードンの前に、そして順番に全員分のポケフードを置く。
「さて、そろそろねぼすけなキミたちのご主人様も起こさないとな」
 そうジュラルドンの方を見て言うと、ジュラルドンが同意するように、あるいは苦笑するように小さく鳴いた。

 ベッドルームの扉を開けると、キバナが小さく唸り声を上げる。どうやら一応目は覚めてはいるらしい。
「おはよう、キバナ! 朝食ができてるぜ」
「おはよ、ダンデ……今日寒すぎない?」
 そう言いながら掛け布団をより深く被ろうとするキバナがまるで駄々を捏ねる小さな子どものようで、ダンデはキバナに気付かれないように小さく笑った。
「それはそうだろうな。外はすっかり雪景色だ。こんなに積もるのは久しぶりだと思うぜ」
「雪景色ぃ!? キルクスじゃないんだから」
「珍しいよな」
 ダンデはそう言ってちらりと窓の外に目をやる。窓の外は真っ白に染まっていて、昨夜の遅くに降り始めた雪がすっかり積もっていた。キルクスタウンならばともかく、このシュートシティの郊外でこんなにも雪が積もるなんて珍しい。雪が積もるほどに冷えた空気は朝になっても続いていて、ダンデとて今朝起きた時には寒さに少し震えてしまったものだ。
「まぁ、暖房はさっきつけたからじきに暖かくなると思うぜ。それにしてもキミは本当に寒さに弱いな」
 キバナはとても寒さに弱い。普段はダンデよりも早く目が覚めていることだってあるし、朝食当番の日はしっかりと起きて手の込んだ朝食だって作ってくれるが、寒い朝はあまり寝起きがよくなく、なかなかベッドから出たがらない。
「そりゃま~、ドラゴンつかいだからな。ドラゴンはこおりに弱いんですー」
「しかしキミのドラゴンたちはもうしっかり起きてきていたぜ」
 冗談めかして言うキバナにダンデがそう言うと、キバナは「う」と言葉に詰まった。その表情がなんだかかわいらしく思えて、ダンデはキバナにひとつキスを落とす。触れるだけで唇を離すと、不意を突かれたキバナの顔が赤く染まっていた。
「あー、もーーー」
 キバナは赤くなった顔を自分の腕で隠そうとするも、腕では顔全体を隠すことは出来ずその隙間から赤い耳が覗いていた。どうやらキスひとつで赤くなってしまった自分が不服らしい。キバナの目がダンデを捉える。
「……なんか一緒に暮らすようになってから、かっこつかないとこばっか見られてる気がするな」
「オレは色んな表情が見られて嬉しいぜ?」
「いやー、でもさぁー……」
 キバナは元来格好付けたり格好良く見られることが好きだ。好意を持って、付き合っている相手に対してであれば尚更なのだろう。そんなキバナの性質は理解できる、けれど。納得がいかないようにぶつぶつと呟くキバナに、ダンデはまた笑いそうになってしまっていた。

 もう十年以上前。ジムチャレンジにダンデとキバナが挑戦した年のことだ。
 ホワイトヒル駅から険しい雪山を越えてシュートシティへと向かう途中、急に天候が悪くなって雪が降り積もり、ただでさえ厳しい寒さがより厳しさを増した。このまま無理矢理にでも街に出た方がいいか、無理をしない方がいいか迷いながら進んでいる途中、ダンデは自分とほぼ同じペースでジムチャレンジを順調に進んでいたキバナの背中を見つけた。
 険しい表情をして進もうとしていたので一瞬は声をかけないほうがいいだろうかと思ったのだが、しかし見ればキバナは手持ちのポケモンも弱っていて、何よりキバナ自身の体調が悪そうだった。それに気づいた瞬間、ダンデは考えるよりも早く大きな声でキバナに声をかけてしまったのだった。
 一旦どこか寒さをしのげる場所で休んだ方が良いだろうと判断し、雪の届かない小さな洞穴に避難して先日進化したばかりのリザードンをボールから出す。幸い、リザードンがギリギリ自由に動ける程度の大きさの洞穴だったのだ。
「リザードン、キバナをあたためてやってくれないか」
 ダンデがそう言うと、リザードンはお安いご用だと言うかのようにぐるると鳴いた。そうして尻尾の炎をキバナの方に向け、柔らかな炎でキバナを暖める。その間にダンデはキバナの手持ちポケモンを持っていたきずぐすり類で回復させる。しばらくそうしているとキバナの顔色もだいぶ良くなってダンデが安心した頃、キバナが「はー、生き返った。悪かったな」と口を開いた。
「……ここだけの話、オレさま、寒いのかなり苦手でさー。しかもこここおりタイプのポケモンが多いだろ? オレさまドラゴンつかいだから、手持ちのみんなにも思った以上にダメージも入っちゃって。早くポケモンセンターに行かなきゃって焦ってたんだけど……あの状態で進むのは判断ミスだったな。悔しいけど、助かったぜ、ダンデ。ありがとう」
 そう言ってキバナはダンデに向かってふっと笑いかける。その表情が優しくて、やわらかくて、嬉しそうで、ダンデの心臓がトクリと音を立てた。
 キバナとはジムチャレンジの同期として、途中で出会った時には腕試しだと言ってバトルをしたこともあった。そしてジムを経るごとに減っていくチャレンジャーの中、ついに今は一桁になってしまった勝ち残っている者同士として段々とより強く意識をし合うようになっていた。ジムチャレンジの試合は中継をされ公式のチャンネルでアーカイブも残る為、ダンデはキバナの試合のログもしっかりとチェックしてきていた。それは勉強の為もあったが、単純にキバナの試合は面白く、見応えがあって、見ていてこちらまで気持ちを熱くさせられるものだったからだ。
 試合の時のキバナの印象は「苛烈」だった。その垂れた目を強くつり上げて相手を見据え、咆哮するように相手に食らいつく。そして何よりもバトルが好きで好きで仕方がないという気持ちが見ているこちらにまで伝わってくるようだった。
 だから、キバナがそんな表情をすることに驚いてしまった。そして、嬉しくなってしまった。
 普段の風のような軽やかさとも、試合の時の苛烈さとも違う、柔らかな表情。キバナをそんな風に笑わせられたのが自分と自分のパートナーであることが嬉しかったのだ。
 もっとキバナの色んな表情を見たいと思った。
 ――今思えば、きっとその時からもう、始まっていたのだ。

「……何笑ってんの」
 キバナの言葉にはっと我に返る。懐かしいことを思い出しているうちに、つい表情が緩んでしまっていたらしい。
「え、あ、顔に出ていたか?」
「出てたよ、もー、かっこ悪くて悪かったな」
 そう拗ねたように言うキバナにそういうことじゃないぜと言ってやりたくなったけれど、しかしそんなキバナの表情も愛しく思えてしまって。――今はもう少しこんなキバナを堪能するのも悪くない、なんて悪戯心に近い感情が生まれてしまったのだった。




(2020年10月21日初出)



kbdnワンドロ13 お題『寒い日』



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