「俺が気になる?」という迅悠一×相手とのえっちな夢をみてしまった太刀川慶
つい視線で追ってしまった自覚はある。だって今朝がた、あんな夢を見てしまっては。
今日はあいつは珍しく一日本部にいるらしく、なにかと顔を合わせることが多かったのも太刀川には不思議だった。いや、会議やら何やらで顔を合わせることは知っていて、だけど時間ないからランク戦はできないよと事前に釘を刺されていたせいなのかもしれない。あんな夢を見たのは。つまりは欲求不満だったということなんだろう。
「だからって、なあ」
声に出したつもりはなかったのに出ていたらしい。帰り支度をしていた出水が「何がです?」と聞くから、「あー独り言だ」と返してやる。出水はそれ以上特に気にしなかったらしく、はーいとへーいの間くらいの返事をして制服の学ランの上からコートを羽織った。
「じゃ、おれ先帰りますね。おつかれさまでーす」
「おう、おつかれ」
唯我も国近ももう帰っていたので、隊室に残っていたのは出水と太刀川だけだった。太刀川も特段ここに残る用事があるわけではないが――いや、本当は報告書の作成やら大学のレポート作成やらやるべきことは沢山あるのだが――早く帰る理由もない。ランク戦ブースもそろそろ閉まってしまう時間だが、行けば誰かと一戦くらいはやれるだろうか。そんなことを考えながら出水を寝転がったままのソファから見送っていると、ドアをくぐった出水がすぐ「おわ」と言ったからなんだと思った。直後、「太刀川さんに用事っすか?」という出水の声が聞こえて、そしてその後に聞こえた声がよく聞き慣れた――そして今日ずっと太刀川の頭を占めていた男の声だったので驚いてしまった。驚いて、がばりと体を起こした直後、その男が隊室にひょこりと顔を出してくる。
「やっほー太刀川さん。さっきぶり」
「迅」
そう言って隊室に入ってきた迅は、片手になにやら書類を持っている。なんだと思っていると、つかつかと太刀川が座るソファの前まで歩いてきて「これ」とその書類を差し出した。
「さっきの隊長会議の資料。会議室に忘れていったでしょ」
「ん? あー、そういえば……」
持ち帰ってきてなかったな、と今更ながらに思い至る。そんな太刀川を見て迅は、わざとらしく呆れた顔をつくってみせた。
「しっかりしてよ、A級一位隊長さん。忙しい実力派エリートが届けに来てあげたんだから感謝してよね」
「悪い悪い、さんきゅー」
「軽いなあ」
言いつつも、迅は特に気にしたふうもなく笑う。書類を受け取ってから、あ、と思って太刀川は勢い込んで口を開いた。
「迅、今からランク戦――」
「無理だよ、もうブース閉まるもん」
すげなく返されて、ぐう、と太刀川は肩を落とす。ギリギリいけないかと思う気持ちはあるが、しかし太刀川と迅は強さがほぼ同等であるゆえに一戦が長いのだ。戦っている途中に強制終了で引き分け扱い、という消化不良で終わることも未来視がない太刀川にでも残念ながら分かってしまう。
肩を落としたあと、溜息を吐きながら太刀川は再び迅の方を見る。迅はひと仕事終えたとばかりに呑気な顔で伸びをしていた。太刀川もそうだが、迅だって今日の長い会議で多少疲れてはいるのだろう。
じっとそのさまを眺めていると、視線に気が付いた迅がこちらを見る。視線が絡んで、青い瞳に見つめられて、それに何か落ち着かないような疼くような気持ちにさせられたことに驚いた。
あの夢から覚めた瞬間と同じだ。
「なーに? なんか今日、すごい太刀川さんから熱烈な視線感じる気がするんだけど」
迅に言われて、バレてたかという気持ちと、そこまで今日の俺は迅を目で追っていたのかと思う。そんな太刀川の驚きをよそに、迅はこちらを覗き込んで続ける。
「そんなにおれが気になる?」
細めた目が、太刀川を見つめる。挑むような、揶揄うような、だけど不思議なほど真剣にすら思えるそのまなざしが、夢の中の迅の表情と重なった。
夢の中でこちらを組み敷いてきた、迅のあの表情と。
だからその瞬間に、はっきりと分かってしまった。
「なんてね、どうせランク戦したかったからでしょ? まあ今日はダメだったけどさ――」
「ああ」
迅の喋りを遮って頷くと、迅は驚いたように目を丸くした。
「今日な、夢見たんだよ。おまえの夢」
すう、と自分が息を吸う音が、ふたりきりの隊室の中にいやに大きく響いた。
「おまえとセックスする夢」
驚いたように黙ったまま、しかし迅の視線は逸らされない。だから太刀川はさらに言葉を続ける。
「変な夢見たなーランク戦できないから欲求不満かなーって思ってたんだけど、違うな。俺自身が多分、したかったんだ、おまえとそういうこと」
迅の腕を掴んで、ぐいと引き寄せる。油断していたらしい迅はこちらに倒れ込みそうになって、慌ててソファの背もたれに手をついた。太刀川の体を跨ぐようにして少し上にある迅の目線、夢の中とは少し違うけれど、似ている景色。
至近距離で迅が太刀川を見つめる。動揺したようなその瞳には、しかし、奥に灯るものがあることに太刀川は気が付いていた。
自分もしたかったし、多分、迅だってそうだった。だってあんな、夢の中と同じ目で迅が太刀川を見ていることに気が付いてしまっては。
掴んだ腕は生身に似ていて、しかし違う。トリオン体だ。いつもならトリオン体のこいつを見れば戦いたいと思うはずなのに、いや今も思っているけれど、今はそれ以上にこの男の生身を知りたいと思った。
「……なあおまえは、どうなんだ?」
答えのわかっている問いを、そうぶつける。まっすぐに見た迅の瞳が揺れるさまを、その喉仏がごくりと震える動きを、太刀川はじっと見つめていた。