暑さに弱い迅悠一×ねぼけて迅さんに電話をした太刀川慶
玄関のチャイムが鳴る音で目が覚めた。寝起きのぼんやりとした意識の中で、今がすっかり明るい時間であることと、強い喉の渇きを太刀川は同時に認識する。やべ、水飲みたい。でも頭が重い。二日酔いか、と昨夜は大学の同級生と飲んだことを思い出す。とりあえず今何時だ、あれ、何で起きたんだっけ――
ピンポーン、とまた玄関のチャイムが鳴る。心なしかさっきよりも強く響いたような気がするが、とにかく、ああそうだ来客だということをそのおかげで思い出すことができた。
しかしこんな平日の昼間に誰だろうか。宅配何か届く予定あったっけ、と思いながら太刀川は「はーい」と返事をしてベッドから起き上がる。段々と覚醒してきた体を引きずって玄関に向かい、誰なのか確かめもせず玄関のドアを開けた。そして目の前にいた人物に、太刀川は驚いて目を瞬かせる。意外な姿にびっくりしたものだから、眠気も半分くらい飛んでいってしまった。
「迅」
「……さてはやっぱりまだ寝てたね。おはよ、太刀川さん」
Tシャツにチノパンといったラフな格好をした迅は、「暑いからとりあえず中入れて――って、もしかしてエアコン入れてないわけ?」と顔をしかめた。そうだ、確かに暑いなとは思ったのだ。外の太陽はすっかり昇っていて眩しい。「今何時だ?」と迅に聞けば、迅は呆れた顔で「十一時はとっくに過ぎてるね」と返したのだった。
「ボーダーのA級一位が部屋で熱中症でぶっ倒れてましたなんてやめてよね。最近の七月の暑さはナメないほうがいいよ」とぶつぶつ言いながら迅は勝手知ったる様子で太刀川の部屋の古いエアコンをつける。ピピピ、となにやら追加で操作をした音が聞こえたのは、設定温度を下げたのかもしれない。なにしろ迅は結構な暑がりなのだ。
「悪い、助かったわ。……ああ、もしかしてそれが視えてて来てくれたのか?」
冷蔵庫で冷やしていた麦茶をグラスに注いで一気に飲み干し、ようやく喉が潤った太刀川はそう迅に問いかけた。今日は何か迅と会う約束はしていなかったはずだ。だからか、と太刀川は納得をしかけたのだが、太刀川の言葉を聞いた迅は複雑そうな表情になったので、おや、と思う。違ったのだろうか。眉根を寄せた迅は、少し視線を彷徨わせた後、「……だよねえ」と言って大きく息を吐いた。
「そりゃおれだってなんとなくわかってたよ、でもさあ」
エアコンの風が一番当たるベッドの上にぼすんと座ってからそんなことをぶつぶつと言い始める迅に、太刀川は話が読めなくて「おいおい」と割って入る。
「何だよ、違ったのか?」
「……覚えてないんなら、自分のスマホの発信履歴見てみなよ」
「発信履歴?」
心当たりが全くない。とりあえず言われたとおりに、太刀川は枕元に放り投げられていた自分のスマホを手に取った。充電をし忘れていたせいで電池の残量は赤色になってしまっていたが、構わずに電話のマークをタップして履歴を確認する。と、迅の言わんとしていることがようやく太刀川にも理解ができた。
「……電話した記憶、全くないな」
「そうだろうとは思ってたよ……」
発信履歴の一番上には迅の名前があった。発信時刻は今日、三十分ちょっと前の時刻が表示されている。しかし三十分前といったら自分はまだ寝ていたはずだ。どうやら寝ぼけて押してしまったかしたのだろう。
「それで来てくれたのか。すまん、寝ぼけてかけたみたいだな」
「いーよ。なんとなく分かってて来たのはおれだし」
「なんとなく分かってたなら放っておいてもよかったのに」
お人好しだな、と太刀川は思う。なんだかんだ迅という男は優しい性格なのだ。太刀川が言えば、迅は「あー、うん……」とどこか歯切れの悪い返事をする。他に何か理由があるのだろうか、と思い太刀川が迅をじっと見ていると、その視線に気づいた迅が座り悪そうに唇をまごつかせた。何かを言おうか迷った様子で、しかし言うことに決めたらしく「……だってさ」と控えめな声で迅が口を開いた。
「寝ぼけてるって半分分かってても、会いたいってストレートに言われたら、来ちゃうでしょ」
そう言った迅の顔がいやにかわいくて、それと同時に迅が薄く汗をかいていることに気が付く。首元を汗が伝って、迅の白いTシャツにじわりと小さな染みをつくる。
暑がりの迅が、この暑さの中わざわざ玉狛から近くはないこの部屋までやってきたのだということを改めて認識する。寝ぼけていると半分分かっていても、太刀川の『会いたい』という言葉を聞いて、それだけのために。そう思えば目の前の男に対する愛おしさがぐっと太刀川の中で沸き起こって、たまらないような気持ちにさせられた。
「……正直覚えてないんだが、まあ、本音が出たんだろうな」
太刀川が言えば、迅は少し恥ずかしそうな表情のまま、再び呆れたようなポーズをとる。
「またそういうこと、」
「嘘じゃないぞ」
迅の隣に座って、距離を詰める。急に詰まった距離に驚いたのか、迅は少したじろぐように重心を後ろに倒した。それに構わず太刀川は迅の顔を覗き込む。近づいたことでふっとわずかに迅の汗のにおいが香る。それに愛おしさと興奮が同時に太刀川の中で疼いた。
そういえば、と思い出す。昨日の飲みの時に、彼女持ちのやつが惚気を連発していたのだ。それも楽しく聞いていた太刀川だったが、昨日の今日だから余計に、寝ぼけてそんなことをしてしまったのかもしれない。
「俺はいつだっておまえに会いたいし、今は会えて嬉しいって思ってるからな」
ようやく働きだしたエアコンが、冷たい風を送ってくる。エアコンの風が汗をきんと冷やすのに、迅の顔はじわりと赤く染まる。
ベッドについた迅の手に自分の手を重ねる。そうすると、控えめな動きで迅の指が太刀川の指に絡んできた。直射日光を浴びて歩いてきたせいか、今日の迅の指はいつもより少し温度が高い。
「あのさ、……今日、まだ時間ある?」
細められた迅の目の奥に、灯った欲の色をみる。そのさまにこちらの口角も嬉しくて緩んだ。
「十七時から隊のミーティング。……それまでなら空いてるぞ?」
「奇遇だね、おれも夕方まで空いてる」
そう言った迅の唇が、次の瞬間には触れていた。押し付けられて、すぐに離れて、至近距離で迅が「いい?」と囁く。それに断る理由なんてありはしない。「いいぞ」の返事の代わりにこちらから迅の頬を掴んで、深く唇を重ねてやる。エアコンのおかげで部屋は涼しくなり始めたはずなのに、互いの体温はじわりと熱を帯び、まるで競うみたいに上がっていくばかりだった。