「そういうこと気軽にしないでよ」という迅悠一×相手の唇のことを思い出している太刀川慶
「あれ、飴舐めてる?」
「おー」
たまたま本部に来たからさ、と言って太刀川隊室を訪れた迅に部屋に入ってくるなりそう聞かれ、頷きながら太刀川はもごもごと口を動かした。迅が意外そうな顔をしたのは、太刀川が飴を舐めているのを珍しいと思ったからだろう。太刀川自身、飴を舐めるというのも思えば久しぶりだ。
だから舌の中の飴を転がしながら「国近が持ってきたんだよ。沢山あったから貰った」と座っているソファのすぐ目の前にあるテーブルの上、黄色の袋を指さしてやれば、迅は「ああ」と目元を僅かに綻ばせた。その袋は飴の味と同じパイナップルをモチーフにデザインされていて、昔懐かしいような馴染みのあるパッケージである。
「懐かしい。おれも昔食べたことあるや。見てたら久々に舐めたくなってきたかも、沢山あるならおれも貰っていい?」
「いいぞ」
そう言って迅がテーブルに近付いて袋に手を伸ばす――と、がさりと音を立てて袋に手を突っ込んだ迅はすぐに軽く顔をしかめた。
「なんだ、もうひとつも残ってないじゃん」
「あれ?」
言われて太刀川も袋の中を覗き込んだが、確かにもう中身はすっかり空になっている。少し前まではまだ残りが結構あった気がしていたのだが、と考えてから太刀川は思い出す。
「そうだ、国近が鈴鳴に差し入れっつっていくつか持ってったのと、米屋とか緑川とか――あと玉狛のやつとか、今日はやたら来客が多かったからな。みんなちょっとずつ貰ってったから無くなったのか」
なるほどなるほど、と一人で納得してから迅に「すまん、残念だったな」と迅に声をかければ、「や、別にどうしても舐めたかったわけじゃないしいいけどさ……」と言いながらどこか出鼻を挫かれたような表情をする。普段見せるそれよりも素直な表情に、ああ、二人きりだからかと一瞬遅れて思う。
迅との関係性に新たな名前が加わってから、二人きりでいる時にみせる迅の表情がリラックスした素直なものになった気がするのはきっと太刀川の気のせいではないだろう。後輩の前では格好つけ、大人の前では同じように大人ぶろうとする迅の等身大の表情をすぐ近くで見ることができるのは、太刀川に思いがけず優越感や独占欲のような感情をもたらすものだった。
そうして迅の顔を眺めていたら、不意にその唇が太刀川の目に留まった。
今この場に二人きりである、ということを意識すると、急に天秤が振れるみたいに自分の中の欲を自覚するのだから不思議だ。
だってそういえば、もうその唇にも数週間触れていないということを思い出してしまったから。ちょくちょく本部で顔を合わせてはいたのだが、会っても廊下での雑談か、会議の場か、良くて短い時間のランク戦をする程度だったのだ。
この男の見た目の印象よりもずっと柔らかくて熱い唇の感触を思い出してしまえば、また触れたいという欲が出るのはすぐだ。それとふと悪戯のように口実を思いついたのは同時で、「迅」とソファから腰を上げてくんと手を引いた。
迅が振り返ったそばから太刀川は両手でその頬を掴むように引き寄せて、唇を奪う。至近距離で迅の目が見開かれて、視ていなかったのだろうかと思えば余計に愉快な気持ちになった。触れてすぐこじ開けるように舌を割り込ませて、「ん、」と迅が短く声を漏らすのも気にせず迅の口の中に侵入する。そうしてその唇や口の中を深く味わいながら舌の上にあった飴をころりと転がして迅の舌の上に乗せてやり、太刀川はようやく満足して舌を引く。舌が離れる瞬間、互いの唾液がつうとその間を伝ったのが淫猥でいやに興奮させられた。
時間にしては短かったが深いキスに、顔を赤くした迅が短く荒い息を吐いた。その青い目が先ほどまでの涼しげなものと違って確かに欲に濡れているのを見て取って、太刀川はぞくりとする。
「舐めかけだけど、やるよ」
そう太刀川がわざとらしくにやりと笑って言ってやると、「……や、そうまでして舐めたかったわけじゃ、」と迅は口の中に移された飴を小さく転がしながらもごもごと呟く。そして少しの間視線を彷徨わせた後、迅は太刀川を見やって再び口を開いた。その頬はまだ林檎のようにじわりと赤い。
「そういうこと、気軽にしないでよ」
なんだそりゃ、と太刀川は思う。気軽に、というのがよく分からないが、別に太刀川だってキスを挨拶と思っているわけでもなければ飴が欲しいやつ誰にでもこういうことをするはずもない。そもそも飴なんて太刀川だってどっちだってよくて、正直なところ迅の唇に触れることの方がメインだったのだ。
だから、「別に気軽にしたつもりはないが」と言えば迅は「いやだって、こんなとこでさ」とまたなにやらぶつぶつと言い始める。
「……分かってないかもしんないけど、そーいうのですぐ煽られるからね、おれ」
だから、こういうとこでされると困るよ、と白状するみたいに言う迅がいやに可愛く見えてしまって、「素直に煽られろよ。煽ったんだから」と笑ってやれば迅は「だから分かってない」と赤い顔のまま太刀川の腕を掴む。その力の強さに少し驚いた隙にぐいと体ごと引き寄せられ、今度は迅の方から深く口づけられたのだった。