まよなかに融解
ああ、そうか。ようやく思い至って、「迅」と呼んでから太刀川は迅の腕を強く引く。驚いて目を白黒させる迅はぼすんとベッドに沈み、今度は太刀川が先程までの迅と同じような格好でその上に覆い被さった。
「っ、太刀川さ――」
「抱かれたいなら、素直にそう言やいいのに」
不満げに太刀川の名を呼びかけた迅が、太刀川の言葉にぐっと詰まるように言葉を止めた。かああ、と一気に迅の顔に熱が集まる。どうやら図星のようだった。
おかしいと思ったんだ。キスをしてそういう雰囲気にして、あっという間に二人でベッドまでなだれ込んで。そこまで自分からけしかけてきたくせに、こっちを組み敷いてきた途端にうだうだと迷うような仕草で一向に進もうとしないから。いつもの迅だったら、我慢できないみたいな表情を必死で取り繕おうとしながらキスを落として、シャツの隙間に手を差し入れて、優しくしかし着実にこちらの性感を高めてくるというのに。らしくもない、何を躊躇っているんだと思っていたのだけれど。
「だ、……ってさぁ~」
茹でダコみたいに赤くなった迅が、そんな顔を隠そうと腕を顔の前でクロスさせる。いや、ずるいぞ。いつも俺には顔を隠すな声を抑えるなと散々注文をつける癖に。その腕を剥がそうと手で掴んで力任せに引っ張ってみるものの、迅も意地になったみたいに頑として動かそうとしない。力で剥がせないなら仕方ない、と思って、首の真ん中あたりに唇で触れた。迅が僅かに体を震わせる。そのまま舌でねっとりと首筋を舐めると、迅の体の強ばりが少し解けた気がした。
「顔見せろよ、迅。さみしいだろ」
そう言うと、恐る恐ると言った様子で迅が腕の力を緩める。その隙を逃さず、太刀川は迅の腕を横に退けてやった。そうして無防備になった顔に顔を近付けて、今度は唇同士を触れ合わせる。
「なにもこっちが初めてってわけでもないし、いい加減観念して慣れればいいのに、難儀なヤツだな」
「太刀川さんの順応が早すぎるんだよ……。恥ずかしいもんは恥ずかしいよ」
自分たちは行為の時の役割、明け透けに言えばどっちがどっちに突っ込むか――ということを完全に固定しているわけではない。迅がそうしたいと言う時が多いから、という理由で太刀川が受け容れる側に回ることが比較的多いのだが、その逆も全くないわけではない。太刀川としては迅と触れ合えるならばどっちでも気持ちが良いし楽しいからどちらでも構わない、と思っているのでどちらになろうと何の不満もないから迅に任せている。
だから逆転する時も理由はひとつ。ごくたまに、迅が太刀川に抱かれたいらしい気分の時があるらしい。例えば今日みたいに。
「そうか? 恥ずかしいことじゃなくて、気持ちいいことだって思えばいいんだよ」
「それはそれで恥ずかしいって」
――それでも、その恥ずかしさを押してまで太刀川に抱かれたいと思った迅を思うと、ぶわりと自分の熱も上がる気持ちだった。迅がそれほどまでに思っているという優越感、愛おしさ、それに伴う性欲も。
迅に抱かれるのは好きだ。すごく気持ちが良いし、太刀川を抱く時の迅のあの衝動を必死に理性で押さえつけているみたいな、太刀川を食らってしまうんじゃないかというくらいの強い欲が揺れているあの瞳がたまらない。ランク戦の時の本気の迅の目に似ている。この男のこれだけ強い感情を向けられるのが自分だということが、たまらなく太刀川の心を満たしたし、この男が愛おしくて仕方がなくなる。
同時に、迅を抱くのも好きだ。人の心配ばかりする癖に人に甘えるのがひどく下手なこの男が、太刀川を抱く時やランク戦の時はあれだけ人を食い殺すんじゃないかというほどの熱を向けてくるこの男が、太刀川に体を拓かれることを許し、己のことを委ねようとしてくる。自分の欲にどろどろに溶けそうになりながら太刀川を受け容れ、必死で応えようとする様に、迅が太刀川を抱く時のあの欲に揺れる瞳を思い出して腑に落ちたのだった。なるほど、これは、愛しくて気持ちが良くてどうにかなってしまいそうだ。
だから俺は、どっちがどっちになろうと、迅とのこの行為がとても好きなのだ。
「それで、今日はこっちってことでいいんだよな?」
「……改めて聞かないでよ」
最終確認に対して否定の言葉はなく、迅はこちらの顔を引き寄せて唇を奪う。そのまま舌を絡めて、まるでそれしか知らない生きものみたいに貪り合った後、ようやく唇を離した。二人の唇の間を銀糸が伝う。唾液で赤く濡れて光った唇が窓から差し込む月明かりに反射して鈍く光る。迅の瞳の奥に誤魔化しようのない欲がゆらゆらと揺れて太刀川の次の動きを待っているのを見て、太刀川は自分の喉が上下したのが分かった。