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 ふ、と意識が浮上する。ゆっくりと目を開ければ、超至近距離にすやすやと眠る髭面があって迅は思わず体を退いてしまいそうになった。――しかしそれは目の前の男に頭までしっかり抱き込まれた手に阻まれてしまった。
(う、わー……)
 段々と意識がはっきりしてきて、迅はそんな言語化も放棄したような言葉を心の中で漏らす。カーテンの外はまだ暗くて、夜はまだ明ける前のようだった。

 別にこの状況は、不慮の事故というわけではない。昨夜何かがあったわけでもない。お互いに服も着ているし、ただただ文字通り同じベッドで眠ったというだけである。そこの記憶もちゃんとしているし、色気の混じるような何かがあったわけじゃない――ああでも、ふざけておやすみの前のキスとかはしたな。やっぱこーいうの柄じゃないな、なんてやっておいて二人でけらけらと笑ってしまったけれど。
 迅と太刀川は歴とした恋人同士だ。まだこの関係性になってほんの数ヶ月ほどではあるけれど。夜だってまだ数えるほどではあるが共に過ごしてきた仲である。
 だからこの距離感が何かおかしいわけではない。双方合意の上で、自然の流れで、わざわざこの太刀川の家の狭いシングルベッドに二人で寝ることを選んだのだ。ただの友人同士だった頃のように片方は床で雑魚寝でもよかったのだけれど、関係性の名前が変わり双方の好意を知っている今となってはそれじゃ何となくな、とお互いに思ったようだった。
 今更恥ずかしがるようなことじゃない、ということは自分が一番分かっている。だってもっとすごいことだってこの人と経験してきたのだから。
 ただなんとなく、一度寝てすっきりした頭でこの状況を鑑みてしまうと、改めて気恥ずかしくなってしまったというだけだ。
(だって、なんかさあ、太刀川さんだよ)

 自覚が追いついたのはつい最近だけれど、ずっと知っていた人だ。好敵手としても、人としても、きっと自分はずっとこの人に焦がれていた。憧れ、なんてきれいな言葉は少し違う気がしたけれど、それに近い、憧憬のようななにかをおれはこの人に心の底でずっと抱き続けていた。
 その男と今こういう距離感にあるということを改めて思うと、心の奥が疼くような気持ちになってしまう。何だか少し悔しくて本人には絶対に言えない、言いたくないことだけれど。

(ていうか何でこの人、おれのことこんな抱きしめるみたいにして寝てんの。昨日寝た時こんなんじゃなかったよね?)
 そう、問題はそこなのだ。昨日は一人用のベッドに無理矢理大の男二人でぎゅうぎゅうに詰めるようにして寝転がって、そのままただ並んで眠りについたはずだ。けれどふと目が覚めてみればこれである。すやすやと呑気に寝息を立てているくせして、その抱き込む力は案外強い。加えてこの狭いベッドでは身動きなんてとれやしなかった。
(無意識? 寝ぼけて抱き枕にしただけなのかな)
 迅は思いついた可能性を考えていく。おれ抱き枕じゃないんだけど、なんて心の中で悪態をついてみる。けれど、それでも案外嫌じゃない気持ちになってしまう自分にこそ呆れてしまう。
 小さく身じろぎをしてみれば、その手の力が僅かに強くなる。無意識のくせに何か牽制でもされているかのようだった。
(ほんと、性質悪いよね)
 それは太刀川も、自分も、だ。
 無意識だろうと何だろうと、来る者拒まず、執着するような強い感情なんて無縁そうなこの人にみる僅かな独占欲のようなこの手をじわりと嬉しく――嬉しく、なんて可愛らしい感情ではないな、と思い直す。優越感、と言った方がきっと近い――感じてしまうのも確かな事実だった。

 こうなればもう、と迅は自分から体を寄せてやる。太刀川の体温が暖かくて、ひんやりと冷えた冬の夜明け前には心地が良かった。確かにこの寒い冬の夜明け前には人の体温に寄り添うのは暖かくて気持ちが良い。
 いやあこれはいい湯たんぽだ、なんて言ったら太刀川は拗ねるだろうか、それともおかしそうに笑って乗っかってくれるだろうか。そんな埒もないことを考えながら、迅は太刀川の体温で再びふわふわと心地よく意識を浚ってくる睡魔に身を委ねたのだった。




(2020年12月12日初出)



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