ラバーズインミッドナイト



「じーん」
 ランク戦をしてそのままの流れで訪れた太刀川の家、何をするでもなく二人ででだらだらと過ごしていた夜。不意に名前を呼ばれて太刀川の方を見れば、太刀川はなにやら楽しそうに笑いながらちょいちょいと迅を手招きした。
「なに?」
「いーから」
 太刀川は何を企んでいるのか、にやにやとした表情を止めない。よく分からないが言われたとおりにしてやろうと、凭れていたベッドから少し体を離して太刀川の方へとずるずると距離を詰めた。
「耳」
「?」
 そう言った太刀川が自分の口の横に手をやる。耳を貸せということなのだろうか。二人しかいない空間なのだから内緒話なんて意味がないと思うのだが――まあ面白そうだからが行動指針になるこの人の考えることだから深く考えても仕方がないかもしれない、と思って耳を太刀川の方に少し傾ける。満足そうな表情になってぐっと近付いてきた太刀川が、迅の耳元に唇を寄せた。ふ、と太刀川の吐息が耳に僅かにかかるのを感じる。
「――好きだぞ」
 わざとらしいほどに色気を纏った、太刀川の低い声。
「っ、……!」
 直接流し込まれるみたいに鼓膜を揺らされて、かっと耳が熱くなる。思わず勢いよく体を離したら、先ほど以上に楽しそうな様子を隠そうともしない太刀川と目が合った。耳からじわじわと熱が顔全体に広がっていく。きっと今自分の耳はさぞ赤いことだろう。そしてそれを見逃すような太刀川ではないことも迅はよく知っていた。だからこそこの人は厄介なのだ。
「……っ、急に、なに」
「いやー、いきなり言ってみたらお前どんな反応するかなって思って。想像以上だったな」
「人で遊ばないでくんない……」
 好きだ、と言われたことも初めてではない。なんといっても自分と太刀川は、恋愛的な意味で、今お付き合いをしているのだから。好きだと言われるよりずっと恥ずかしくて熱っぽいこともしてきた。だけど、不意打ちで言われるとどうにもまだ慣れなくて照れてしまう。そんな一言で動揺して己が保てなくなる自分が恥ずかしくて仕方がない。裏を返せば、それだけ自分の中での太刀川への思いの大きさと深さを自覚させられて、それもまた恥ずかしくてむずがゆくてたまらなかった。
 恋愛感情に、それも太刀川との間に生まれたそれに、こんなに翻弄されてしまうなんてあまりに想定外だった。
「っはは、かわいいな、迅」
「……どちらかといえばかっこいいって言われたいかなぁ」
「おーおー、かっこいいぞゆーいちくん」
「気持ちがこもってない」
 そう言ってやれば太刀川はまた何かを思いついたような顔になって迅に体を寄せようとしてくるので、同じ手は食うものかと詰められた分の距離をずりずりとこちらも離す。そんな迅を見て、「お前ほんと、」と言いかけた太刀川が言葉の途中で止める。これ以上言ったらまた迅の機嫌を損ねるとでも思ったのかもしれない。言葉の続きの代わりに太刀川がおかしそうにくつくつと笑って、その表情にあんたこそかわいいよなんて言葉が浮かぶ。しかしそれを素直に言うのもなんだか少し悔しいような気持ちで、先ほど不意を突かれたのだから今度はこっちからだなんて衝動が芽生える。
 子どもじみた負けず嫌いだなんて自覚はあるけれど、こんなふうになるのはあんた限定なんだからしょうがないじゃん、だなんて心の中で言い訳をして。油断している太刀川の唇を噛みつくように奪ってやった。



(2021年2月16日初出)

診断メーカー様よりお題をお借りしました。
お題:『受けに「ちょっと耳を貸して」と言われて言われた通りにする攻めと、
不意打ちで「好き」をくらわせる受け』





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