fluffy day!



「――は?」
 仕事を終えて恋人の家に訪れてチャイムを鳴らして、そうしてドアを開けてくれた恋人の姿を見て開口一番の言葉がそれだったというのは、流石に致し方ないと思う。
「おお、迅、おつかれ」
「お疲れ――じゃないでしょ、え、何それ? どういうこと?」
 違和感を頭に乗っけたままあくまでいつも通りに言ってくる太刀川に本当この人は何なんだという、知り合ってから何回思ったか分からないことを思う。この鷹揚さはいっそ感心するほどだった。
 突っ立ったまま混乱のままに問いかけるが、ここが太刀川の住むアパートの廊下であることに気付く。人に見られたり聞かれたりするのもまずい気がして、迅はとりあえず太刀川の家の玄関に滑り込むように入った。ドアを閉めて鍵をかけて、再び問いかける。
「どういう……コスプレ? 太刀川さんそういう趣味あったっけ?」
「これなー、まあ色々あってだな」
 なっはっは、と笑い飛ばす太刀川の頭からは、安い作りものだと思うにはいやに精巧な黒い猫耳がぴょこんと覗いて、楽しそうに揺れていた。

 太刀川の説明によると、こうだ。
 大学で太刀川も所属しているトリガーやトリオン研究のラボでは実戦を想定した本格的な新トリガーやトリオンの運用・加工などの研究開発から、すぐに実戦に役立つようなものではない興味先行の研究――つまり遊びの要素も幾分混じった研究まで幅広く行われているという。これもそのひとつで、体を動かす時の違和感を考えて生身と大きく変える者は現在ほとんど居ないものの、トリオン体は基本的にビジュアルを自由に設定できることを活かして獣耳と尻尾のビジュアルデータを作成したのだという。そしてそれに擬似的なサイドエフェクト、あるいはアフトクラトルのトリガーホーンのような形で能力向上の機能を付けられないか――などという遊びなのか真面目なのかよく分からない研究が一部のチームで行われていて、今はようやく実証実験の段階に来たのだそうだ。
 そうして誰か試してみないか――という話になった時、白羽の矢が立ったのが今日明日と防衛任務もその他の仕事も入っていない太刀川だったという。時間もある、多少うまくいかなかったとてその後の仕事に支障が生じづらい、ということで打診された太刀川も暇だし何だか面白そうだからと、そして研究に協力することでラボでの評価の足しになるという甘言にも釣られて二つ返事で乗っかったのだという。
 プログラミングした耳や尻尾は無事太刀川のトリオン体に綺麗について、感覚も通常のトリオン体よりも多少は鋭敏になった――ような気がする、らしい。正直実戦に耐えうるほどの効果はまだ得られなかったらしく研究チームは残念がっていたそうだが、それでもトリオン体に本来の人間の体には無い耳や尻尾を生やさせて、感覚器官とちゃんとリンクできていただけでも中々の盛り上がりだったそうだ。
 問題はその後だった。
「――で、一通りデータとれたからって換装解いたんだけどな、しかしコレだけ残っちまった」
 太刀川はそうからっとした口調で言って、自分の頭の上にくっついた耳を指差す。その後ろではゆらりと尻尾が揺れていた。玄関で顔を合わせた時はこの幅の広いスウェットのズボンの中に仕舞っていたそうだから気付かなかったが、耳だけでなく尻尾もついているらしい。ご丁寧に本物の猫みたいに感情に合わせてしっかり動くらしい。太刀川の表情からも尻尾の動きからも不安などは読み取れず、むしろこの状況を楽しんでいるようだった。
 つまり、トリオン体につけたはずの耳と尻尾が、なぜか換装を解いた生身の状態でもくっついて残ってしまったらしい。
「それ、大丈夫なの? バグってことじゃん。今日明日仕事ないとはいえ、こんなとこでのんびりしてていいの?」
 おふざけのようなものとはいえど、トリオン体関連のバグであればしっかり元凶であるラボで直してもらった方が良いのではないか。そう聞けば、太刀川は「あー、それなんだけどな」と普段と変わらないのんびりとした声音で返す。
「そもそもコレ自体時間制限付きの機能として開発したらしい。ずっと固定でくっつけとくっていうよりは一時的な機能強化なんだと。あ、京介のガイストに発想は近いかもな。トリオンを耳や尻尾に強化して流し込んでその感覚を強化するとかなんとか……。まだ開発中の上思ってたより出力が弱かったらしいから正確な時間は分からんが、まあ長く見積もって数時間――遅くとも明日の朝起きる頃には放っといても消えてるだろうってことだ」
 まあ見た目がこうなこと以外特に支障は無いし、万が一明日の朝起きても残ってたらまたラボに行くことにする、と太刀川は焦ることなく言う。開発・実験段階のものだからイレギュラーはつきものだろうがしかし、ずっとくっついて取れないような類のものではないつもりで開発されたということを聞いて少しほっとする。というか、太刀川があまりに焦らないものだからこちらまで脱力して変に納得させられてしまう。
「……そういうことなら、まぁ……」
 いい、のだろうか。そんなことを思いながらもしかし、自分もあまりにマイペースを崩さない太刀川に絆されてしまいつつあるようだった。段々と興味の方がむくむくと湧いてきて、じっと太刀川の耳や尻尾を見つめてしまう。見た目には完全に普通の黒猫と変わらないそれで、よくできてるよな、と妙に感心してしまう。見つめられていることに気付いた太刀川の耳が、ぴくり、と僅かに揺れた。
 直近で非番の隊員も急いで戦闘に出なければいけないような未来も無さそうだということは今日もぶらぶら街や本部を視て回って把握していたし、今少し太刀川の未来を視てみたけれどどうにも不穏な未来は視えなさそうだ。少し先の太刀川には耳と尻尾はもう無くて、どうやら太刀川の言う通り時間の経過か何かで自然にそれらは消えてくれるようだった。
 それならば、太刀川のように今の状況を楽しんでみたほうが良いのではないか――そんなことを思う。そう思い始めれば、段々とわくわくしてきてしまった自分にも少し呆れてしまったけれど、一緒にいるうち太刀川に似てきてしまったのだと心の中でそんな言い訳をした。
「……ちょっと触ってみていい?」
 迅が言うと、「いいぞ」とあっけらかんと太刀川が言う。その言葉に甘えて、そろりと手を伸ばして恐る恐るその耳に触れる。迅の手が触れると、ぴくりと耳が僅かに反応を示した。
 触れたその耳は柔らかくてあたたかくて驚いてしまう。本当に動物の耳のようだ。指先を柔らかな毛が擽って心地が良い。
「わ、すご、感触もちゃんともふもふ」
「だろ? ~~、っおい、ちょっとくすぐったい」
 こんなに精巧に作る必要はなかっただろうに、そこは研究者肌のこだわりなのかおふざけなのか。予想外にしっかりとしたつくりの耳に妙に感動してしまってさわさわと触れていると、太刀川がそう言って小さく笑いながらくすぐったそうに身じろぎをした。くすぐったがる太刀川というのがなんだか珍しくて、迅は目をぱちくりと瞬かせてしまう。自分の頭から生えた獣耳に触れられるというのは未知の感覚で慣れないゆえだろうか、と考える。
「そっか、そっち側もちゃんと感覚あるんだよね。生身でも触覚とか繋がったままなんだ?」
「ああ。むしろ普通に生身に触れられるより結構過敏だな。そもそも感覚強化の機能をつけたかったらしいから、触覚とか聴覚とかがちょっと強い。まあ普通にしてて支障があるようなほどじゃないが」
「あー、そっかなるほど」
 太刀川の説明に、先程の少し珍しい反応が腑に落ちる。そんなところも本物の動物の耳みたいだな、なんてことを思いながら、むくむくと妙な好奇心や悪戯心が生まれてきてしまう。先程はただ戯れるみたいに触れていたけれど、わざとらしくゆっくりと――ベッドの上で太刀川の肌に触れる時みたいに耳の淵をなぞると、太刀川が「っ……」と息を詰めた。戸惑ったようなその瞳の奥にしかし、ちらりと色が乗るのをみた。ビンゴ、と思って思わず口元を緩めると、太刀川が「おまえなー……」と困ったように呆れたように小さく眉根を寄せた。
 けれどその瞳の奥の色は消えなくて、太刀川にその先を拒むつもりがないのも分かってしまう。
 じわり、興奮が背中を駆けていく。
「太刀川さん」
 ぐ、と距離を半歩分詰める。部屋の中の空気が旧友同士の気安いそれから、恋情や欲を孕んだ濃厚なものに塗り替えられていくのが分かる。
 ゆらり、と先程とは違う揺れ方をする尻尾の先に触れてやる。わざとらしく、しかしまだ柔らかく触れただけだけれど、目の前の太刀川の肩がぴくりと揺れた。
「感覚が強くなってるとは言ってたけど、こーいうのも過敏になってるんだ?」
 いつもであれば肌にただ触れるのは気分こそ盛り上げるものの、直接的な性感を高めるようなほどのものではないはずだ。しかし今の太刀川の耳や尻尾は、触れただけで僅かだが反応を示している。
「……こんなんで、ほんとに支障ないの?」
 先程太刀川は普通に過ごす分には特に支障はないと言っていたけれど、しかし少し触れただけで敏感に感覚を受け取るというのを目の前で実際に見てしまうと本当に大丈夫なのかと思ってしまう。しかし迅の質問に太刀川はあっさりとかぶりを振る。
「そんなエロい触り方するのはお前だけだぞ」
 だからそれ以外は大丈夫だったんだ、という太刀川の言葉に、思わずぐ、と喉を鳴らしてしまう。太刀川からの明け透けな言われようへの恥ずかしさと、太刀川の性感をこんな風に高められるのは自分だけだと言われたも同然の言葉にどうしようもない興奮と優越を感じたからだ。
「やだなー、人をやらしいみたいに」
 そう言った自分の喉が少し乾いているのを感じた。迅の言葉に、ふ、と太刀川が肉食獣みたいに質の悪い笑いを浮かべる。どちらかといえばこれから捕食される側だっていうのに、その色気ときたらまるでこちらが食われてしまいそうなくらいだった。
「間違ってないだろ」
 否定できない自分が少し恥ずかしく、しかしそれ以上にたまらない気持ちになって、噛みつくみたいにキスをする。何度も繰り返す口付けの息継ぎの途中で、太刀川が「どっちかってーとお前の方が動物みたいだぞ」とおかしそうに笑った。



 目の前にある太刀川の喉仏がこくりと上下して、それをひどく扇情的に思った。少し長めに息を吐いてから太刀川がゆっくりと腰を下ろしてきて、少しの抵抗の後先端が熱い中に招かれる。柔らかな内側の感触と焼けるように熱いその温度に、ぶるりと震えてしまいそうなほどの快感と興奮が押し寄せる。自分から挿入する時よりもゆっくりでじれったくて、しかしひどく興奮を煽られる目の前の光景に思わず迅は唇を噛んだ。
「ッ、ぁ」
 途中で何度かひくりと太刀川が体を震わせて、小さな喘ぎ声を漏らす。内側でイイところに当たったのだろう。
「太刀川さん、だいじょぶそう?」
 一歩理性の箍を外してしまえば暴走しそうな自分をどうにか飼い慣らしながら、太刀川の頬を伝う汗を親指の腹で拭ってやる。迅の問いかけに太刀川が「ああ」と荒い呼吸の合間に返す。
 あれからベッドに移動したものの、正常位では尻尾を潰してしまいかねないと判断しどうしたものかと考えた結果、座っている迅の上から太刀川が向かい合うように――いわゆる対面座位、の形で体を繋げることにした。太刀川に生えた耳と尻尾は未だ消えておらず、性感に対して律儀にぴくぴくと震えてみせるのが思った以上に目に毒だった。
 元々太刀川は気持ちがいいということに対する恥じらいがあまりない方に思う。気持ちいいと思ったらちゃんと気持ちいいと伝えてくれるし、声も我慢せず出して欲しいと迅が言えばちゃんと聞かせてくれるようになった。だから普段のセックスでもちゃんと感じてくれていることはよく分かっているつもりだったけれど。しかし目の前の耳と尻尾は、声や体の反応と合わせて逐一太刀川の性感をこちらにこれでもかというくらいに伝えてきた。その上触れればわずかな触れ合いだって常以上の反応をみせてくるものだから、煽られるほかなかった。耳と尻尾がつくだけでこんなに、だなんて自分の性癖に若干不安を覚えなくはないほどだったが、それもこれも全部相手が太刀川だからだ、と思う。
「きっ、つ――……ッ、あ!」
 半分くらい入ったあたりで腰が止まっていた太刀川の背中をなぞるように撫でて、その先――尻の割れ目のあたりから生えている尻尾の付け根のところに触れると太刀川がびくりと大きく体を跳ねさせた。耳と尻尾が通常の人の肌よりも感覚が鋭敏になっているということは聞いたが、その中でもこの尻尾の付け根の部分はより感覚を強く受け取るらしい。身体とちょうど繋がっている部分だからより感覚が濃くなるのかなんなのか、研究者でない迅には原理は分からないが、こうして肌を暴いて太刀川の至る所に触れているうちに気付いたことだ。
 弱いところに触れたことで身体の力が抜けて、より深く太刀川の中に迅の熱が埋まっていく。中も心なしか柔らかくなったような気がする。尻尾の付け根の辺りを性感を煽るようにねっとりとした手つきで撫でながら、すぐそばの後穴の淵にもちらりと触れる。迅の昂ぶった自身を飲み込んで広がったそこの輪郭をなぞるみたいに触れると、「ッ、~~!」と太刀川の身体が声もなく震える。太刀川の勃ち上がった性器もふるりと震え、尻尾が迷子みたいに弱々しく揺れた。太刀川の上気した頬を見ながら調子に乗ってその動きを繰り返せば、太刀川の口から熱い吐息と共に舌っ足らずの言葉が零れた。
「おま、それはずる……ッひ、あ、あ」
 迅の腰に添えられた太刀川の手に、快感を逃がそうとするようにぎゅっと力が込められる。少しばかり痛いくらいだったけれど、そんな痛みなど欠片も気にならなかった。それよりも目の前の太刀川の痴態と、繋がった部分の熱さと柔らかさで頭がいっぱいになっていた。
「太刀川さん、どう? これ」
 そう言いながらまた尻尾を撫でてやると、く、と太刀川が快感を逃がそうとするみたいに背中を丸める。
「気持ちい、っていうか、そこ触られると変だ――ッあ、あ」
 性感に力の抜けた体がまた迅のそれを深く飲み込んで、太刀川が喘ぎ声を上げる。先程までじりじりと進んでいた結合部は、いつの間にか迅の自身をすべて飲み込んでいた。中もきゅうと締まって、その搾り取られるみたいな圧迫感に迅も思わず息を詰める。くたりと太刀川が迅の肩に寄りかかるみたいに頭を預ける。肩口に触れた額も、はあ、と胸元に吐き出された吐息も熱くて、それにすらぐっと興奮を煽られてしまう。
 元より太刀川は体を使うこと全般が得意だし、何かのコツを掴むのも得意だ。だからこうして体を繋げるようになって、最初こそ探り探りといった感じだったものの最近ではお互いにうまく気持ちよくなる方法を掴んでいる感じがあった。だからここまで、自分で自分を制御しきれないといった風に太刀川が乱れるのを見るのはひどく珍しかった。興味本位で触れてみた耳や尻尾だったけれど、ここまで如実な反応が返ってくるとは思わず、迅の方こそ動揺している。
 太刀川は経験したことのコツを掴むことは得意でも、流石に自分に耳や尻尾が生えてくることも、そしてその感触を得るのも初めてのことだろう。だから初めての感覚に快感の逃がし方が分からないのかもしれない。そう思うと、ぞくりとするほどの興奮が駆け上がってくる。どうしようもなく追い詰まる太刀川というのがあまりに珍しくて、そして、もっと見たいと、もっと乱れた太刀川を見てみたいと思ってしまったのだ。
「太刀川さん」
 後頭部に手を柔らかく添えるようにして、太刀川自身の人間の耳ではなく僅かにぴくぴくと震える黒い獣耳のすぐそばに口を持っていく。耳の付け根を親指の腹で柔らかく撫でるように触れると、太刀川の体が小さく揺れた。
「たちかわさん」
 吐息を流し込むみたいに、ねっとりと、低い声でそう耳元で囁く。その反応は覿面で、ぐっと太刀川の体が熱を上げたのが分かった。顔は肩に凭れている為に見えないけれど、人の耳の方がじわりと赤く染まって尻尾がゆらりと行き場に困ったように弱々しく揺れる。きゅう、と中がまたきつく締まった。熱くて、きつくて、気持ちよくて、目の前の太刀川がひどく色気を纏って見えて、まともな思考がじわりと浸食されて灼かれていくかのような感覚すら覚える。
「おまえ、その声、わざとだろ……」
「わざとに決まってるじゃん」
 荒い呼吸の合間に太刀川が咎めるように言うので、迅はそう返してやる。
「こんなに気持ちよさそーな恋人を見て、欲情しない男がいると思う?」
 そんなの、味わい尽くしたいって思うのが普通じゃない? そうまた耳元で囁いてやると、太刀川がまたひくりと体を震わせる。
「……最初はあんな心配したり恐る恐るって感じだったくせに」
 こんな状況でも、そう言っておかしそうにくつくつと小さく笑ってみせるのだから本当に質の悪い人だと思う。
「あんたが問題ないって言ってたんでしょ」
「まあそれはそうだが、……っ! あ、あ」
 また尻尾の付け根をゆるりと撫でてやると、太刀川の言葉が途中から喘ぎ声に変わる。太刀川の自身に触れる時みたいに尻尾の付け根を手のひらで柔らかく包んで、少し強弱をつけながら扱くみたいに撫で上げれば尻尾も太刀川の体もびくびくと震えた。
「~~ッ、ふ、ぁ、あ」
 今日はまだほとんど触れていないはずの太刀川の性器はもう完全に勃起していて、先端からとろりと先走りが一筋零れる。それがひどくいやらしく見えて、かっとこちらの体温がまた上がったような気がした。
 尻尾への愛撫を止めないまま空いたもう片方の手で太刀川の腰を掴んで、ぐっと下から突き上げる。太刀川がびくん、と震えてまた声を零した。
「あッ、あ――やめ、じん、ッ……!」
 尻尾と後ろを同時に責められて、太刀川は焦ったようにかぶりを振る。度を超えた性感を処理し切れないのだろう、太刀川はひっきりなしに声を零しながら体を震わせる。性器からはとろとろと先走りが零れ続けていて、震える性器をいやらしく濡らした。触ってないのにこんな、と思うと、またぶわりと興奮が煽られてしまう。
「太刀川さん、ね、気持ちいい?」
 分かりきっていることなのに、乱れる太刀川を見ているとたまらない気持ちになってしまってそんなことを問いかける。分かっていてもどうしても太刀川の言葉で、その声で、改めて聞きたかった。
「――あ、気持ちい、……ッ、う、あ」
 そんな我が儘のような甘えのような言葉に、太刀川は荒い息の合間に応じてくれる。快感に溺れながらも、迅の問いにそう答えてくれようとする太刀川を、ひどく愛しく思った。甘やかされている、と思う。普段はくすぐったくて素直に受け止められないこともあるそれを、こういう時にはどうしようもなく嬉しく思ってしまった。
 尻尾をするりと軽い手ざわりで撫で上げると、それだけでも今の太刀川にはたまらない刺激になるようで、ぎゅうと迅の首に回された腕に力が籠もる。
「迅、だめだ、も……」
「イきそ?」
 迅の言葉に太刀川はこくこくと頷く。耳だけでなく、体全体がほんのりと赤く染まっているように見えた。腕の力が少しだけ緩められて至近距離で合った目線、太刀川の普段は感情の読みにくい瞳はじっとりと欲の色に染まっていて、強い快感からかうっすらと水分を湛えている。それがひどく扇情的で、既に限界寸前だった自分の中心にまた熱が集まってしまうのが分かる。口の中に溜まった唾液をごくりと飲み込んだのを、太刀川にはばれていないといいと思った。
「おれももう限界」
 そう言ってからまた黒い獣耳のそばに唇を寄せる。一緒にイこ、と囁くと、それだけで太刀川の内側がひくりと疼くように迅を締め付けた。そんな反応にぐっと心臓を掴まれるようだった。
 腰の動きを速くして、下から太刀川のイイところに狙いを定めて突き上げる。
「ッ、あ、あっ!」
「太刀川さ、……っ」
 ぎゅう、と中が強く締まって、持っていかれそうになって思わず息を詰める。しかし怯まずに、太刀川にもっと気持ちいいことを渡したくて、どうしようもなく感じている太刀川をもっと見たくて、迅は尻尾の付け根をなぞる。びくん、と太刀川の体が大きく反応する。尻尾をやわやわと撫でるように触れると、太刀川の口からぽろぽろと声が零れる。
「ひ、ァ、あ……! じん、ッ、じん、あ……!」
 追い詰まってどうしようもなくなって、何度も名前を呼んでくれるこの人がたまらなく愛おしい。どうしようもなくこの男に惚れている自分を自覚する。
 好きで、どうしようもなくて、この人の全部が欲しくてしょうがない。ランク戦で向かい合った時の無二の強い執着も負けん気も、旧友としての気のおけない関係も、なんだかんだでひどく迅を甘やかしてくれる優しいところも、気持ちよくなって我を忘れそうなくらいに快楽に溺れているところも、迅に向けてくれるその改めて思えば気恥ずかしいような愛情も、全部全部自分のものだと確信したかった。だからこんな風に全部の手管でこの人のどんなことも、ずっと深いところまで知ってみたかった。
 まるで傲慢な子どものようだと思う。それでも全部赦して渡してくれるから、そんな思いが手放せないどころかずっと膨らみ続けている。こんなばかみたいで凶暴な思いを本人に言ったらどんな顔をするだろうか。いっそ拒まれてしまえば止められるだろうか。しかし太刀川はしょうがねーな、いいぞ、なんて笑ってくれそうな気がしてしまって、だからやっぱりどうしようもなかった。
「~~~~ッ、……!」
 達する瞬間は声もなかった。びくびくと太刀川の体が大きく震えて、どくりと先端から濃い精液が零れ落ちる。ぎゅう、と中が一際強く締まって、その熱に包まれながら迅も中で白濁を弾けさせたのだった。



 ◇



「おぉ、綺麗に消えてるな」
 鏡の前で感心した風に太刀川は自分の姿を眺めて、軽く癖のついたその髪をぽんぽんと撫でる。昨夜までは黒い獣耳が生えていたあたりだ。今はもうすっかり綺麗に無くなっている。その尻から生えていた尻尾もだ。
「よかったよかった」
 いつものように泰然とした口調でそう言って、太刀川は振り返る。
「残念だったか? きれいさっぱり消えて」
 こちらを見ながらそう含みを持たせるみたいに言って太刀川はにやり、と笑うものだから、迅は言葉に詰まりそうになるのを堪えて平常心を装って答えてやる。
「何言ってんの、何事も無く戻ってよかったじゃん」
「っても、お前昨日すげーノリノリだったじゃねーか」
「わーー! あのね、別におれ獣耳とか好きってわけじゃないからね!?」
「じゃあ何なんだよ」
 ぼすり、とソファの迅の隣に座って太刀川はにやにやと迅の顔を覗き込む。昨夜はあんなに乱れていたくせに、寝て起きてみればいつものこの調子なのだから本当に恐れ入る。昨夜は調子に乗って無理をさせてしまったか、とこちらは反省と恥ずかしさで居たたまれない思いになっているというのに。
「そりゃ、太刀川さんが、さぁ、えろかったっていうか……」
「そーかそーか」
 尻すぼみになりながら言う迅を太刀川は楽しそうな顔で見る。
「まー流石にちょっと腰が怠いから、今日は家でのんびりしよーぜ」
 そう言って太刀川は迅の髪を撫でるみたいに柔らかく触れる。元より今日はお互いに非番だから何をするかは決めていなかったものの一緒に過ごそうと話していたのだ。太刀川の言葉に、あー、と羞恥と優越感と申し訳なさとが入り交じったなんとも言いがたいような感情が押し寄せる。
 それはごめん、と言おうとして太刀川の顔を見る。ばちんと目を合わせると、格子の瞳の奥は優しくて柔らかな色を湛えていて、ぐっと喉まで出かかったその言葉を飲み込んだ。その言葉はなんだか今の自分たちにはそぐわない気がしたのだ。代わりに別の言葉を音に乗せる。
 どうしようもないほど、甘やかされている、許されている、と思う。それが気恥ずかしく、じわりと嬉しかった。
「――うん、そうだね」
 そう言えば、太刀川は満足そうににっと迅を見て笑う。カーテンの開いた窓から朝の日差しが届いて、太刀川の緑がかった髪をちらりと照らした。





(2021年2月23日初出)



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