craving
口内をたっぷり蹂躙した舌先が離れて、荒くなった呼吸で足りなくなっていた酸素を取り込む。飽きもせず何度も舌を絡ませていたから舌がじんと痺れているような感覚さえした。は、と大きく息を吐いた後、口の中に溜まった唾液をごくりと飲み込む。そうしていたら今度は迅の唇が首筋に降ってきた。がじりと軽く噛む真似をするみたいに喉仏に食らいつかれて、実際は歯がちらりと触れた程度だったけれど体に備わっている防衛本能からかつい太刀川は小さく息を飲んでしまった。そんな太刀川の様子に、ふっと迅が楽しげに笑う気配がした。迅の熱い吐息が首に触れる。
迅はそのまま首筋にキスを落とした後、今度は鎖骨を軽く食む。まるで動物みたいなその仕草が、普段の飄々とした様子の迅とは結びつかなくて何だかおかしい。これが例えば本物の肉食獣だったら俺は食われちまってるなぁ、なんてことを思う。けれど全然逃げる気になどなれなかった。迅の手管は少し乱暴ぶっているくせに、実際の触れ方や雰囲気は獲物を狙う獰猛な肉食獣というよりはじゃれてくる大型犬と言った方が太刀川の感覚には近かった。とどのつまり、そんな迅をかわいいなと思っている。もう少しひどくしてくれたって、なんなら痕のひとつやふたつつけてくれたって構わないと言ったらこいつはどんな顔をするだろうか。そう言ったって変なところで絶対に己に許さない理性のブレーキみたいなものがある迅だから、きっと実行には移さないだろうけれど。
それでも前よりは随分と我が儘をぶつけてくれるようになったと思う。大人ぶって無欲ぶってすかしていた頃よりは全然。
暗躍してたら近くまで来たからさ。そう言って夜に太刀川の家を訪れてきた迅は、しかし防衛任務を終えて帰宅した直後に来たものだからきっとそのサイドエフェクトでも使って太刀川がいる時間を狙って来たのではないかと思う。素直じゃない、でもそうやってどうでもいいような理由をつけて太刀川に会いに来た迅に――それはつまり、ただ会いたくなったから来たと言っているようなものなので――どうにも愛しさが湧いた。
首元から唇を離した迅は、ゆっくりと腰を動かす。上半身への刺激に意識がいっていたところに急に後ろを動かされて、思わず「ん、っ」と声が出てしまった。そんな太刀川を見て迅の唇が嬉しそうに弧を描く。そのくせその青い目はすうと鋭く細められて、まるでランク戦でこちらに向けて刃を振るってくる時のような熱と欲を湛えていて、それにぞくりとする。太刀川が一等好きな目だ。それが向けられることが嬉しく、優越感のような感情すら芽生える。
迅の熱が太刀川の中を穿って、その性感にびくびくと体が震える。入口の近く、弱いところを擦られると「ッあ、あ」と上擦った声が零れる。それを逃すことなく迅がその場所に触れるように何度も突いてきて、あられもない声を止めることができない。元より止めるつもりはないものの、少しばかりの羞恥は流石に太刀川にもある。だが太刀川が声を零す度に迅が嬉しそうな目をするので、羞恥心よりもそちらの方が太刀川にとっては重要だった。
迅によって体が熟れていくのを感じる。刺激された下半身の熱さがいつの間にやら全身に伝播して、身体の中で暴れている。
「太刀川さん、好き」
迅の言葉が降ってくる。余裕のなくなってきた声でそんなことを言う迅に、じんと心が痺れてまた中の熱さが迫ってくるように感じられた。
「すきだよ」
言い方はまるで子どもみたいで、でも声色はひどく雄くさくて、そのアンバランスさがおかしくて、たまらない。本音を何重にも巧く隠す迅の本性にちらと触れた気がして、ひどく気分が高揚した。
ふ、と迅が困ったみたいに笑う。
「……ね、太刀川さん、好きって言ったら後ろちょっときつくなったよ」
困ったように眉根を寄せるくせして、少し掠れた声はいやに甘ったるくて、それに笑ってしまいたくなった。嬉しそうなのを隠し切れていない迅がどうにもかわいく思えたのだ。中にいる迅だってまたその質量を増したように思う。
この男が好きだと思う。思ったよりもずっと溺れているようだとこういう時に自覚させられて驚く。でも嫌な心地はしなかった。戻ろうなんて気持ちは欠片も湧いてこない。それよりももっと、もっと深く、この男と行ける場所ならばどこまでだって一緒に行ってしまいたくなったのだ。
質が悪いと自分でも思う。きっと迅も自分にそう思っていることだろう。ひどく質の悪い恋愛感情は膨らむばかりで、しかし互いに対してなのだからそれで良いのだと思ってしまうことがまた始末がつかない。
それでも楽しいと思うのだ。どうしようもなく。互いにしか見せない顔、互いにしか抱かない感情、互いとしか知れない熱がひどく楽しくて、嬉しくて、もっともっとと欲しくなる。
「迅」
そう呼んだ自分の声だって、自分でもこんな声が出るのかとおかしく思うほど甘ったるい響きを湛えていた。
「じーん」
薄く汗をかいた輪郭をなぞるように触れて、戯れにその長い前髪に指を絡ませる。くすぐったそうに迅は目を細めた後、太刀川の腕をとって手首の内側にキスを落とした。その気障っぽい仕草がおかしくて、楽しいなと思う。
「好きだぞ」
そう言うと、その青い目を縁取った睫毛が小さく揺れる。
「俺も好きだ――ん、ッ」
途中でまた唇を塞がれる。先程まで飽きるほどに唇を重ねていたくせに、またキスをして、舌が太刀川の口内に入ってくる。それでもひとつも飽きやしないのだから厄介で、おかしくて、どうしようもない。
拍子に中がまた僅かに擦れて鼻にかかった声を上げそうになったけれど、それも迅の口の中に吸い込まれていく。触れた迅の舌先はその軽やかな見た目やキャラクターからは想像しがたいほどに熱くて、それにまたばかみたいに煽られた。