あまおとにけぶる
目が覚めてまず耳に届いたのは、窓を叩く雨の音だった。それもかなり大粒のようだ。朝からひどい雨だな、そうだ、昨日迅が明日はひどい雨になるなんて言ってたっけ、と思いながらベッドの中で小さく伸びをする。と、隣で眠っていた男も身じろぎをした。どうやら起きたようだ。
「んー……おはよ、太刀川さん」
「はよ」
起きたばかりの迅の語尾は普段よりもゆるゆると甘い。まだ眠そうに目を瞬かせた後、「あー」と小さく呟くように言う。
「やっぱ雨すごいね」
「だな。お前の天気予報当たったなー」
そう言ってみせると、迅はわざとらしく呆れたようなポーズで息を吐く。
「おれのは天気予報じゃないから、未来視だから」
言うたびに律儀に訂正してくるこの男の変な可愛げが、太刀川は結構好きだったりする。
「似たようなもんだろ」
「そう言うのは太刀川さんくらいだよ」
言いながら迅はのんびりとした動作でベッドから起き出して、ぺたぺたと窓のところまで歩いていく。じゃっと音を立ててカーテンを開けば部屋の中が幾分明るくなるのと同時に、想像した通りの大粒の雨が窓の外を伝っていた。「うわー大雨」なんて大して感情も乗っちゃいない声で迅が言う。
さて、と太刀川はベッドから上半身を起こして考える。最近どうも掃除機の調子が悪くて、今日は電気屋にでも行くつもりだったのだ。しかし昨夜泊まりに来た迅にそのことを話すと、「あー、でも明日雨ひどそうだよ。びちゃびちゃになってる太刀川さんが視える」と言ったのだった。そして迅の余地通り朝っぱらから見事な大雨だ。
窓の外から目線を太刀川に戻して迅が言う。
「昼くらいになったら雷もひどくなるよ。出かけられなくもないけど、風も強いから間違いなくびしょ濡れになるね」
結局天気予報してんじゃねーか、なんてツッコみたくなったけれど言わないでやる。迅は言いながらベッドの方へと戻ってきて、ぼすんとベッドの縁に腰を下ろす。迅の体重分、ベッドのスプリングが凹んで僅かに傾くのを感じる。
「ま、今日は諦めて出かけないほうがいいと思うよ。掃除機ももうしばらくは持ちこたえてくれそうだし、残念だけど今日は家で大人しくしてるのがいいって、おれのサイドエフェクトがそう言ってる」
「そうか。――でもまあ別に、一日家で過ごすのは残念でも何でもないぞ?」
そう言って、太刀川はベッドに手をついている迅の腕を掴んでにやりと笑ってやる。昨日迅が家に来た時点で、迅も今日は一日非番であるという言質はとっているのだ。
不意を突かれたように一度瞬きをした迅は、はっと恥じらうような表情になる。あ、これは、と思ってあえて聞いてやる。
「なんだよ、やらしーのでも視えたか?」
「……ほんっとそーいうとこ質悪いよね?」
でも、嫌いじゃないだろ。そう聞けば、まーね、なんて言ってくるからこの男を好きだと思う。
お互い、脳裏に浮かんでしまった時点でそれを選ばないなんて慎み深さは持ち合わせていないことも知っている。
朝っぱらから噛み付いてきた唇を受け止めながら後頭部に手を回す。茶色い髪の毛の柔らかな感触を感じながらその頭を引き寄せて、より口付けを深くしてやれば、負けず嫌いの舌先が挑むようにこちらの唇の隙間をなぞってきた。