オレンジとホワイト、そしてスカイブルー
防衛任務の後直帰するつもりが、何となく物足りなくてランク戦ブースに向かってしまったために帰宅が予定より少しばかり遅くなってしまった。最近はすっかり日が長くなってきたといえどもう太陽は傾いていて、空を橙色に染め上げている。
（洗濯物干してるの忘れるとこだった、あぶねー）
大学と任務、あとの時間はランク戦にしけ込みすぎて溜まりに溜まった洗濯物をようやく今朝干したのだった。今日は日中は天気がいいが、夜になると雨が降り出すかもしれないと今朝テレビの天気予報で言っていた。あのまま時間を忘れてランク戦ブースに入り浸っていたら間違いなく夜になっていただろう。
ベランダに出て、洗濯物をカゴに取り込んでいく。幸い今はまだ雨の気配すらなく、洗濯物も少し湿った感じのあるものも多少あるが、大体はしっかり乾いていた。大学入学と共に一人暮らしをするようになってから始めた家事は、案外どうにかなるものだというのが太刀川の感想だった。しかしこの量を取り込んだ後、さらに畳んで片付けまでするのはなかなか大変だな、なんてことを思いながら下着類を洗濯バサミから外していった。
（それにしても、みんなまた強くなってたなー）
今日の個人ランク戦のことを思い返して口角が上がる。ランク戦ブースに行ったところ、すぐにその時いた何人かに声を掛けられランク戦をしたのだった。いの一番に声をかけてきたのは米屋で、あとは村上、生駒、などなど。皆前回対戦をした時よりもさらに手強くなっていて、わくわくと胸が躍った。
今回はあそこで一本取られたからそれなら次はこう対応して――なんて今日の反省と共に次のランク戦のシミュレーションを脳内で始めていると、うっかり手元への注意がおろそかになってしまったらしい。タオルを留めていた洗濯バサミを外した瞬間、びゅうと強い風が吹く。思わぬ強風に手で掴むのが一瞬遅れて、タオルがひらりと空を舞った。
「うお」
思わず声を零す。あんまり見事にタオルが橙色の空へと飛んでいくものだから。しかしその後に焦りがついてきた。手元を離れてしまったタオルはもう太刀川の手の届かないところまで落ちていってしまって、このままでは地面に落ちることは必至である。下まで取りに行って、あれは洗濯し直しだな、とちょっと面倒だなという気持ちが頭をもたげた瞬間――そのタオルがぱしり、と、何者かの手に見事に掴まれる。
太刀川の部屋の真下の細い道路。見慣れた青色が視界に映る。茶色の髪の毛が柔らかく残り香のような風にさらりと揺れた。
まるでそこだけ青空が現れたみたいな双眸がこちらを見上げて、ふっと得意気に細められる。驚いた様子もないその表情に、これは視えていて来たんだろうな、という確信がすぐにやってきた。
「おお、ナイスキャッチ。ありがとな」
太刀川が迅に届くように少しだけ声を大きくして言う。何がおかしかったのかは分からないが、迅はその言葉を受け取るとくつくつと喉を鳴らして笑った。
「どういたしまして、太刀川さん。この未来が視えちゃったからさぁ、実力派エリートとしては放っておけなかったっていうか？」
迅はどこか演技がかったような口調で言う。迅がこんな風にいたずらっ子のような顔をする時は大抵他の目的がある時だ。まどろっこしい奴だな、と思う。迅のそういうところは太刀川はよく理解はできないが、しかしそんな風にわざわざ言い訳めいた遠回りをする迅のことを、なんだかかわいい奴だなとも思っていた。
「タオル拾って貰ったのはありがたいが」
太刀川はそう前置きをしてから続ける。
「別に言い訳なんて用意しなくても家くらい入れてやるぞ？」
まっすぐに迅を見つめて太刀川はそう言ってやる。自分の口角がすっかりにんまりと上がっていることに今になって気が付いた。迅は太刀川の言葉に、にやりと楽しげに笑って言った。
「たまにはこういうのもいいでしょ？」
「俺にはよくわからんが、まあお前がいいなら別にいいんじゃないか？」
そう言ってやれば、迅は「つれないな～。ま、迅了解。タオル、部屋までお届けします」と言って太刀川の住むアパートの玄関の方まで歩き出す。どうせタオルを届けるだけでは終わらないくせに、なんて思いながらも、太刀川も迅を迎える為手早く残りの洗濯物をカゴに取り込んでベランダから室内に戻る。そしてそのまま玄関へと向かう自分の足取りは、知らず軽やかなものになっていた。