夜は融ける



 腰を引きざまに入口近くの弱いところを擦られて声が零れた。腰がぶるりと震えて、先端がまたとろりと先走りを零して濡れていくのが分かる。荒くなった呼吸の中でどうにか大きく息を吸おうとしたところで、迅がまた一気に突き上げてきたものだからまた声を抑えることなんてできやしない。元々たいして抑えようとは思ってはいない。でも流石に自分にだって多少の羞恥心くらいはある。低いくせにいやに語尾の甘ったるい声に色気なんて感じなくて、自分でもこれで興奮するとは思えなかった。しかし迅は声を聞かせてほしいと言うし、声を上げると嬉しそうにその瞳の青が深くなるものだから、それに気付いてからは声は我慢しないようにしている。迅がしたいようにさせてやりたいという甘やかしのような気持ちと、迅が自分のことで興奮しているのはひどく気分が良くて満たされた気持ちになるからだ。
「――ッ、ぁ、あ、迅……、っ、おく、ぁ」
「ん、もっと奥、ほしい? 太刀川さん」
 言いながら迅がぐっと腰を押しつけてきて、下生えの感触が分かるほどに密着する。先程までよりももっと奥、固くなった迅のそれが届く一番遠いところ――太刀川の弱いところに内側から触れられて、ぞわりと震えるほどの快楽が全身を駆ける。掴んだシーツを握る手にぎゅっと力が籠もった。閉じられなくなった口からまた意味の為さない声を零すと、迅がゆっくりと腰を動かして中をかき混ぜていく。自分の内側に、一番いいところに熱いもので触れられる感覚はこれまで経験したどんな感覚とも違っていて、こんなにも少しこわくなるほどに気持ちがいいのだと、迅に触れられてから知った。最初こそお互いにぎこちなかったものの何度も体を重ねるうちに迅は太刀川の好きなところ、弱いところ、好きな触れられ方をあっという間に知っていって、それを与えるのがひどく上手かった。こんなところでも器用なんだなこいつは、と妙な感心をしてしまったものだ。
 迅に自分自身も知らなかった自分のことを暴かれていくのは、不思議と悪い気はしない。むしろ好きだった。相手が迅だからだ。この男とお互いの深いところ、本性みたいな部分にまで触れて、暴き合って、知っていくのが楽しくて仕方がなかった。少しやり方を間違えば苦痛にもなりかねないこの行為でもこうして委ねられるのも、間違いなく、迅だからだった。どうしようもなくて、凶暴で、楽しくて、性質の悪い、こんな感情も全部この男のことが好きだからってことなんだろうと思って、これまで多少なり経験してきた淡い恋愛めいたあれこれと迅に抱く感情は大きく違うのだと知る。
「あ……ッ、ぁ、あ、じ、ん、もう」
 容赦なく後ろから突かれているせいで途切れ途切れになってしまう声で限界が近いことを伝える。「うん」と答えた迅の声はばかみたいに甘ったるいくせに、太刀川の弱いところを確実に擦ってくる腰の動きは容赦がないのが迅らしかった。後ろから繋がっているせいで迅の表情は見えないけれど、きっとひどい、いつもの余裕なんて消し飛んだ雄くさい顔をしているんだろうなと容易に想像がつく。
 中にいる迅が熱くて、触れられたところが気持ちが良くて、そこから全身を駆け巡って指の先までびりびりと気持ちの良さが回っていくようだった。とろとろともうひっきりなしに先走りを零し続けるようになった太刀川の先端は触れて欲しくて震えているのに一向に触れられる気配はなくて、後ろだけでどんどん体が追い詰まっていく。あ、これはやばいやつだ、と本能と経験から思うのに、迅を止めようなんて気持ちはひとつも湧かなかった。は、と零れた自分の息がシーツを掴んだ手の甲に触れて、その熱さに意識の隅で少しだけ驚いてしまう。中にいる迅がぐっとギリギリまで引き抜かれて、急にぽっかりと中が空いてしまったような寂しさと、これから奥まで容赦なく貫かれるのだろうという、迅のことだから太刀川の一番気持ちいいところを手渡しにくるのだろうという期待に心臓がぐしゃりとかき混ぜられるような心地になった。
 予想に違わず迅は一気に太刀川の一番奥まで貫いてきて、体の中をどうしようもできないほどの快楽が駆ける。
「ぅ、あ、あ、~~~~……ッ!」
 強い快楽に、頭の中が一瞬真っ白になる。体が大きくびくびくと震えて、快楽に滲んだ視界がチカチカとハレーションを起こした。全身がどこかに投げ出されたかのような無防備さに、縋るものが欲しくて、無意識にシーツを強く握りしめていた。達したというのに精液が出ていないせいで、上り詰めたまま熱が引かない。中にいる迅のほんの僅かな動きでもつぶさに快楽を拾ってしまって、頭の中が痺れるようだった。
 ランク戦は勿論、行為の時だって、迅に手加減をされるのは好まない。取り繕う余裕なんてなくなって、太刀川に剥き出しの欲をぶつけてくる迅を見るのが好きだからだ。しかしドライで達した直後に中で動かれるのは、あまりに性感が強すぎてどうしたらいいのか分からなくなる。
「ん、ぁ、待……っ、じん、ぁ、あっ」
 太刀川が落ち着く隙なんてないままに、迅は太刀川に性感を与え続ける。中を擦られて、腰を揺さぶられて、自分の声がうるさいくらいにひっきりなしに零れ落ちた。
「……あー、っ、だめだ、太刀川さん」
 たまらない、といったような口調で言う迅の声は欲に掠れていた。普段の軽やかな温度とは全く違う、熱を孕んだ声が太刀川の鼓膜を揺らす。言った直後にまた腰を動かすので、太刀川はまともな返事など返してやることができなかった。ぐ、と腰を押しつけて、迅の顔が耳元に近付く。太刀川の耳の中に直接注ぎ込もうとでもするように迅の口が音を零す。
「かわいい」
 素面の時は一度も言ったことがないような言葉で迅が太刀川を形容する。かわいい、なんて、言われて悪い気はしないがこんな大の男に本当にそうかと言いたくなる。しかし迅が本気も本気の声色で言ってくるものだから、心からの言葉なのだと否応なく気付かされて自分にしては珍しく少しだけ気恥ずかしいような気持ちになってしまった。背中に触れた迅の体が熱くて汗ばんでいて、迅もひどく興奮しているのだと肌と肌で知る。
「ねえ、すきだよ、太刀川さん」
 そんなこと、わざわざ言葉にされなくたって知っていた。だけどあのかっこつけで変なところで恥ずかしがりな迅が、どうしても抱えきれなくなったみたいに、甘えるみたいにしてこちらにその言葉をぶつけてくるこの男が、愛しくてしょうがなくなってしまう。
「ごめんね、おれももう限界、太刀川さんの一番奥で出したい」
 言われて、想像だけでぶるりと小さく震えた。紛うことなく期待でだ。そんな太刀川を見た迅がふっと笑ったような気配がした。迅の手が今までずっと放っておかれっぱなしだった前に伸びてきて、張り詰めたそこに指が触れただけで小さく声が零れてしまう。迅の手で包まれてゆるりと扱かれると、ぐんとまた階段を駆け上がっていくように体が熟れていく。同時に後ろもがつがつと突かれれば、先程達したばかりなのに限界はすぐに近付いてきた。
「あ、あっ、迅、じん……、も、やばい、またイ……っ」
 言うと、迅の手の動きが速くなる。敏感な先端の部分を強めに弄られれば快楽に思わず息を詰めてしまう。宣言通り最奥を目指してきた迅の熱で奥まで貫かれると、再び太刀川は達した。今度は前も一緒に弄られたおかげで、先程は出なかった先端から白濁がどろりと吐き出される。全身が熱くて、気持ちが良くて、吐精の余韻に震えている。一回目に出せなかったためか勢いの弱い精液は、その代わりにとろとろとひっきりなしに零れ落ちていた。中をきゅうと締め付けてしまって、その刺激で迅も果てる。
 ゴム越しに内側に熱いものを注がれて、その感覚に太刀川が吐息と声の間くらいの音を口から零した。それを愛しいとでも言うみたいに、中に入ったままぎゅうと後ろから抱きつかれて、二人して汗みずくの体でくっつくのはあまり気持ちのいいものではないはずなのにどうにも離れがたく思ってしまった。



(2021年6月16日初出)



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