おとなのあそび



 ローテーブルの上に置いていた麦茶のグラスは、しばらく放っておいている間にテーブルの上にくっきりと水たまりをつくっていた。グラスに半分くらい残っていた中身を一気に飲み干した迅は「ぬるいなー」とくっと笑う。そんな迅を、太刀川はベッドの上でごろごろしながら眺める。
 クーラーを一応つけてはいるものの二人ともまだ汗が引いていないのは、先程まで耽っていた行為のせいだった。窓の外はまだまだ明るい。蝉の声が窓の向こうからずっと聞こえていることにようやく気が付く。している時は全然気にならなかったけれど、きっとその時から鳴いていたのだろう。
 夏だなあ、と思う。そんな夏の真っ昼間から、ふたりきりで家にこもって、迅とこんなことをしている。そんな状況がなんだか面白く思えてしまって小さく笑うと、ベッドを背もたれに座っていた迅が振り返る。
「なに、急に笑って。面白いことでもあった?」
「いや? 真っ昼間から、おまえとこーいう遊びしてんのが、なんか面白くなって」
 太刀川の言葉に、迅は怪訝そうに眉根を寄せる。
「面白いのかなあ、これ? 太刀川さんの感性、よくわかんないな」
「なんだよ。……昔は迅と夏休みっつったら、ランク戦がなによりの遊び場だったんだけどなー」
 迅と毎日のようにランク戦で競い合っていたかつての夏を思い出しながらそう笑って、「ああ今もランク戦も絶対したいけどな」なんて言葉を付け足しておく。太刀川がベッドに体を預けたまま小さく伸びをしたところで、迅が立ち上がってベッドの上に腰かけた。太刀川を見下ろす格好になった迅の青い目が、じっと太刀川を見つめて光るのを見ていた。
「悪い遊び、覚えちゃったね?」
 そんな風に言って目を細める迅は、しかしいやに楽しそうでもある。悪戯っぽい表情を浮かべる迅を見ながら、普段本部では絶対見せないような顔だなあと思って、そんなことに満足感を得る自分もこの男に負けず劣らず大概なのだろうと思う。
 しかし、そんな互いだからこそ、こんなに楽しい。
「別に“悪い”遊びではじゃないんじゃないか?」
 まだ少し怠さの残る上半身を起こして、迅と同じ目線になる。絡む視線を遮るものはこの空間にはなにもない。目を合わせると迅の瞳に元来の負けん気が宿るのが分かって、そんな迅に愛しさと呼ぶにはいかんせん凶暴めいた気持ちを抱く。
 ――だって、こんなに楽しくて気持ちが良くて、他でもないおまえとする遊びなんだから。
 そんなことを言いたくなって、でも言葉でうまく伝えきれる気がしなかったから、目の前の唇に噛み付いてやる。迅が困ったように小さく眉根を寄せたあと、「もー、ほんと、これだからさ」なんて冷静ぶるくせに。
「……いいよ、もーちょっと遊ぼうか、太刀川さん?」
 そんなことを言って笑う顔に滲む色は、昔から変わっていないんだ。


(2021年8月17日初出)



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