夏の果実



「あれ、まだ上着てないの?」
 そう声をかけると、ベッドの上に座って裸の上半身をうちわで扇いでいた太刀川が振り返る。太刀川は迅の前に風呂に入って出てきたときのまま、パンツだけ履いて上は何も着ていない状態だ。迅の指摘を気にした風もなく、太刀川は「おお、おかえり」といつもの鷹揚とした声で言う。
「風呂入ったら暑くてなー。でもクーラーつけるほどじゃないし」
 言いながら太刀川はぱたぱたとまたうちわを動かす。太刀川の隣に座るとそのそよそよとした風が少しだけ迅の方にも届いて涼しい。夏の終わり、確かにわざわざクーラーをつけるほどではないものの、風呂上がりだと少しじっとりと暑く感じてしまう気温だ。
 すぐ隣にある太刀川の体は、ちゃんと鍛えているような気配なんてないくせに必要な筋肉はしっかりとついていて、その綺麗な体に少しだけ悔しくなんて思ってしまう。そして同時に、その体に触れたい、暴いて確かめたいなんて気持ちがじわりと沸き起こる。呆れるほど、何度繰り返したって尽きない欲。これだから目に毒なんだよなあ、なんて思いながら迅は口を開く。
「まぁ、気持ちはわかるけど。ずっとそれだと風邪引いちゃうよ」
 至って平静を装った迅の言葉に、太刀川はぱちりと瞬きをしてこちらを見る。
「なんだ、しないのか?」
 目を細めて人の悪い笑みを浮かべて、迅を試すみたいに太刀川が迅の目を覗き込んで言う。
「どうせおまえが脱がすんだから。最初から脱いでた方が手っ取り早いだろ?」
(……あー、もう)
 心の中で呟いて、迅はくっと笑う。
 そういうところが性質が悪くて、そういう人だから好きなんだ、不本意ながら。不本意なのに、これだからおれはこの人じゃないとだめなんだと思い知る。一度知ったらもう戻れない、刺激的な味。
 ぐっと太刀川の方に重心を傾けて距離を詰める。ベッドについた太刀川の手に自分の手を重ねて、触れる。血の通った、生身の、あたたかいその手は迅を拒まない。
「ほんと、煽るのが上手いんだから、太刀川さんは。あと、脱がすのもロマンの一つだとおれは思うよ?」
 そう返してやると、太刀川が笑う。楽しそうな顔。挑戦的で、迅がこれから何をしてくるのか、期待して挑むような顔。
「人のせいにばっかすんなよな。それに、まどろっこしくないほうがいいだろ」
 いやあ、見解の相違。だけど、合わないくせにそんなところにこそ他の誰より惹かれてやまない。
 まどろっこしくないほうがいいなどと言う太刀川に、お望み通り理屈なんて抜きに唇を奪ってやる。触れて、離れて、近くなった距離で肩同士が触れ合う。
 裸の肩と、Tシャツを着た肩。確かにこれはまどろっこしい。けれど、それもまた楽しさのひとつだと迅は思うタイプだ。本当はすぐに肌同士で触れたい気持ちもある。だけどゆっくり、じっくりと楽しむのもいいと思うよ、おれは――なんて思っているところに今度は焦れたらしい性急な唇に向こうから噛みつかれる。そんな彼らしさに、唇を重ねたまま迅は知らず小さく口角が上がってしまった。

(2021年8月21日初出)



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