フォール・イン・ブルー
ガチャリ、と鍵穴が回される小さな音が聞こえた。お、と思って太刀川は寝転がっていたベッドから立ち上がる。持っていたスマホをテーブルの上に置いて裸足のまま早足気味に居室を出て、玄関まであと数歩、というところで下の鍵穴も回されてドアが開かれた。ドアの向こうにいた見慣れた顔。珍しくどこか遠慮がちにこちらを見る青い目と目が合う。にまりと満足げに口角を上げてみせると太刀川を見て、迅は逆に困ったように小さく眉根を寄せる。
「おじゃまします」
そう言ってから迅はドアを閉めて、鍵をかけた後手に持っていた銀色の合鍵をカーキのチノパンのポケットに仕舞う。ちらりと見えたその鍵はぴかぴかのままで、しかしなくさないようにか小さなチャームが付けられているのを見つけて、いじらしいやつだな、なんておかしいような愛しいような形容しがたい気持ちが湧き起こる。
「ん。……おかえり? 防衛任務おつかれ」
太刀川が言うと、迅は少し驚いたようにぱちくりと目を瞬かせた。
「……ありがと。でも、おかえりは違くない? おれの家じゃないし」
「別におまえの家にしたっていいんだけどな、まあ二人だと狭いか」
迅の言葉にそう切り返してやると、今度は完全に軽口だと判断したらしい迅が「冗談」なんて言ってへらりといつもの食えない顔で笑う。
確かに迅の返事に悪ノリのような形で返した言葉だけれど、俺は意外と冗談じゃなくてもいいんだけどな――なんて言ったらこいつはどんな顔をするだろうか?
「太刀川さん」
そんなことを考えているうちに靴を脱いだらしい迅が廊下に上がってきて、ほとんど変わらない身長だ、目線がほぼ正面で絡む。迅の目がそれまでの軽いノリを上から塗り替えようとでもするようにすうと細められる。至近距離、その深い色をした青の中に、部屋着姿の自分が映っている。
「お誕生日おめでとう。ちょっと早いけど」
八月二十八日、午後十一時過ぎ。あと一時間足らずでまた年下になるライバル兼友人、兼恋人の男が、そう言って指先を絡ませてくる。触れた迅の指の温度に、じわりとこちらの熱も灯されていくような感覚を覚えた。同じように迅の手を握り返してやる。迅の目は、じっと逸らされない。
「おー、ありがとう。フライングだな」
太刀川が言うと、迅がまた半歩分距離を詰めてきた。体同士も、もう少しだけ傾ければくっつくような距離。迅の生身の体温を間近に感じる。
「……どうせ、気付かないうちに過ぎちゃうと思うから」
そんないつもより少しだけ低い声は、二人きりの時にしか聞けない音だ。迅がそれを宣言代わりにでもするみたいに、自然な仕草で顔を寄せて早速こちらの唇を奪ってきた。
「誕生日さ、何が欲しい?」と迅に聞かれたのは一週間ちょっと前のことだった。やることをやってシャワーも浴びて、ベッドの上で後は寝るだけという状態でごろごろと微睡んでいる時に迅にそう聞かれて太刀川は目を瞬かせた。
「誕生日? なんだよ、未来視で視えないのか?」
「欲しいもの聞かれて自分から未来視で視ろって言う人は初めてだよ……。いやー、正直いくつかは視えないわけじゃないんだけどさ。どれも普通に喜んでくれるっぽくて逆に何渡せば良いのかわかんなくて」
そう珍しく困ったような顔をする迅に、なるほど、と太刀川は頷く。そうして、欲しいものか、と考え始める。確かに言われてみれば、物でどうしても欲しいものというのは今あまり思いつかない。貰えれば普通にどれも喜ぶだろうが、特に喜ぶものといったら自分でも思いつかなかった。
というかこいつとなら、何か具体的な物というよりも。
「ランク戦百本勝負と言いたいところだけどなー、当日は昼から防衛任務でその後は隊長会議があるんだよな。そうなると時間が……」
太刀川が言うと、迅がぎょっとしたような表情になる。
「待って、ランク戦百本勝負は聞き捨てならないんだけど、暇だったら本気でやろうとしてたわけ?」
「そうだけど?」
「……太刀川さんに防衛任務が入ってて心底よかったよ」
「なんだよ。あーあ防衛任務さえ入ってなけりゃな」
そう息を吐いた後、ぱっと頭の中に思いついたことがあって太刀川は再び口を開く。
「そういえばおまえ、鍵、なくしてないよな?」
迅は急に変わった話題に驚いたようにぱちくりと目を瞬かせた。しかし何のことを指しているかは伝わったようで、迅は少しだけ戸惑ったような、こちらの出方を探ろうとするかのような声色で返す。
「え、何いきなり。なくしてないよ、流石に」
鍵というのは、四ヶ月ちょっと前、迅の誕生日にプレゼントとして渡した太刀川の自宅の合鍵のことだ。恋人という関係になってからこうして太刀川の家で逢瀬を重ねることが増えたけれど、お互い出る時間が違う時などに鍵のやりとりがいちいち面倒になったから――なんていう”名目”で渡した。自分がいない時にそれ使って勝手に入ってきてもいいぞなんてことも言ったけれど、変なところでかたくななこの男は、結局鍵を渡して以降もほとんどそれを使うことはなかった。春以降なんだかんだと忙しくこんな風に二人で会える時間が意外と多くなかったこともあったけれど、しかし。
迅の返事に、太刀川はにまりと笑う。
「ならいい。じゃあさ、その鍵使ってうち来いよ」
言えば、迅は戸惑ったような表情を深める。そんな顔が普段の大人ぶっているそれよりも随分と年相応に見えて、なんだかかわいいように思えてしまった。しかしそれを伝えれば迅は照れて拗ねるだろうか、と思って話の腰を折るのは止めにしておく。
「いや、太刀川さんが家にいるなら使う必要なくない?」
「だっておまえ渡したのに全然使わないだろ、折角作ったのに。それが誕生日プレゼント代わりでいいぞ」
「……なにそれ」
迅は何か飲み込みにくいものでも食べたかのような表情をして、少しの間逡巡する様子を見せた後に「……わかった」と了承する。その返事に、心の奥底の方がざわざわと喜ぶのがわかる。
「よし、じゃあ決まりだな。あ、でもランク戦はまた後で付き合ってもらうからな?」
太刀川の言葉に、迅は再び驚いたように小さく目を見開いて返してくる。
「え、結局そっちも!? でもさすがに百本は無理、実力派エリートは忙しいもんで……っていうか忙しいとか関係なく無理でしょ」
そんな迅の言葉に、煽るように太刀川が「逃げるのか?」と聞けば「逃げるわけないじゃん、常識の話をしてんの」と迅が息を吐く。おまえに常識云々言われると面白いな、と言おうか迷っている間に、形勢を整えようとするみたいに迅に額に唇を落とされる。
「もー、そろそろ寝よ。いい加減寝ないと太刀川さんが明日隊室で昼寝しすぎて諏訪さんたちとの麻雀の約束に遅刻する未来が視える」
「おおそれはまずいな」
太刀川が言うと、「でしょ?」なんて迅は悪戯っぽく目を細めていた。
向かい合って座っている迅の上に乗って、もういいから早くしろと言ってるのに散々丁寧に解された後ろに迅の硬くなった熱を宛がう。ぴたりと先端がそこに触れると、期待するみたいに青い瞳が揺らめいた。こちらを貫こうとでもいうのかというくらいにじっと太刀川を見つめるその瞳の温度は灼かれそうなほど熱くて、ぞわりと肌が小さく粟立つような感覚がしたのはそれにひどく高揚させられたからだ。興奮、優越感、期待。もっとその熱を、ひとつ残らず剥き出しにさせてやりたいと思う。
腰を落として、迅の熱を内側に呑み込んでいく。ぐずぐずに解されたそこは抵抗らしい抵抗もなくそれを受け入れて、一番太いところを過ぎれば後は自重で簡単に根元まで入ってしまう。自分の中で感じる迅の欲が熱い。既に熱を持った体が、その熱さに浸食されていくみたいにまた温度を上げていくのが分かる。いかにも興奮していますといったような迅の熱い息が首元にかかって、それにまたぐんと興奮させられた。
こちらが呼吸を整える為に小さく息を吐き出すと、それを合図みたいにして迅が唇を寄せてきた。軽く触れるだけで離れていくのを物足りなく思って、こちらから深く噛みついて舌を滑り込ませると中にいる迅が少し大きくなった気がした。
貪り合うみたいに唇を重ねて、離れた時に口の端からわずかに零れた唾液を迅の親指がやわらかく拭う。小さく腰を揺らすと、内側が擦れてじわりとそこから気持ちの良さが全身をびりびりと駆けていく。下から迅も腰をぐっと揺すってきて、その自分でするのとは違う予測のできない動きに「っあ、」と声が零れてしまった。それに迅は口の端をつり上げたと思えば、今度は胸元に顔を埋めて、乳首に舌を這わせてきた。ねろりとそこをざらついた舌で舐められると、くすぐったいのにどこかもどかしいような、快感と呼ぶには弱い刺激にわずかに体が揺れる。それを迅が見逃すはずもなく、「乳首、気持ちよくなってきた?」と笑い含みの顔で言う。乳首のすぐ目の前で喋るものだから、迅の息が舐められたばかりのそこにかかって、少しだけむずむずとした気持ちにさせられる。
「まだ、気持ちいいってほどじゃないけどな」
「そっか。まだ、ね」
迅の瞳が悪戯っぽく細められて、再びそこを舐ってくる。気持ちいい、ほどじゃない、が。快感と呼ぶには足りないけれど、その予兆のようなものは最近見え始めてきてしまった気がする。最初は本当に何も、こちらの胸元を熱心に舐めたりかじったりしてくるこいつがかわいいなと思った以外は何も感じなかったはずなのに。それを言うなら後ろだって、最初はここまですぐ気持ちよさを拾えてはいなかった。それが今では――なんて思ったところで、迅に内側を探るように腰を揺らされる。先端が太刀川の弱いところを擦って声が零れた。迅はそうしている間にも乳首への愛撫は止めなくて、後ろで感じる気持ちの良さと、乳首を舐められるなんとも言えない感覚が変なところで繋がってしまうんじゃないかと思えて、きっと迅だってそれを狙っているんだろうと思わされる。本当、変なところで頭使ってんなよな、なんて気持ちになってしまった。
自分の体がそうやって迅によってつくりかえられていくことに、怖さみたいなものが全くないかといえば嘘になる。しかしそれ以上に、迅がしたいようにさせて、こうやって太刀川を見据えて欲を剥き出しに目を光らせるさまを見ることの方がずっと太刀川にとっては重要なことだった。
前後に動かされていた腰が今度は下からぐんと突き上げられて、一番奥を抉られる。正常位で繋がる時よりももっと奥に迅のものが届いて、その性感の強さにびくりと体を大きく震わせてしまった。
「ぅあ、……ッ!」
思わず迅の首に回していた腕に力が籠もって、わずかに弛緩した体が迅の肩に凭れる。額にくっついた迅の裸の肩口の温度が熱い。内側をぐるぐると熱が駆け巡っている自分と同じだ、と思うと、妙に嬉しくなんてなってしまってそんな自分に笑えた。
迅の手が太刀川の髪の毛に触れて、遊ぶみたいに梳かれる。柔らかいその指先の感触が心地よくて、しかしその間にも迅が腰を小さく何度も揺らしてくるものだから、吐き出す息は熱いまま迅の肩に触れて溶ける。
「太刀川さん、気持ちいい?」
今度は確認じゃなく、分かっているくせに耳元で聞く。言葉にして聞きたがる。しかし迅のそんなところも、妙にいじらしくすら思えて太刀川は気に入っているのだ。
「ああ、気持ちい、……っ」
「よかった。誕生日だしね? 沢山気持ちよくしてあげる」
言うなり迅は腰に手を回して体を引き寄せるみたいにして、丁度中に入っているあたりを外側からじっとりとその手のひらに撫でられる。それに内側の様子を想像させられて、思わずひくりと腰を揺らしてしまった。顔を上げて迅の顔を見ると、至近距離で絡み合った目線、青い瞳が灼け付きそうなほど高い温度を湛えて、凶暴な獣みたいな表情で笑う。
――迅の誕生日の時。わざわざ新しく作ってまで合鍵を渡したのだって、今日こうして使ってみせろと言ったのだって、こういう関係になった迅をみすみす手放す気なんてなかったからだ。
ひとつひとつ積み上げて、引き返そうなんて思えないくらいにしてやりたかった。
別に迅からの気持ちを疑っているわけじゃない。この男に、相当に好かれているんだろうことは流石に伝わっている。自覚している。こんな熱っぽい目で見据えられて、甘えでもするみたいに強請られて、かと思えば好きなように身体を暴かれて。知り合ってから恋人として過ごした期間の方がまだ短くはあるが、重ねてきた時間、交わしてきた交情で、それに気付かないなんてほうが嘘だろう。
だけど、それでも。
もっとこの男を深いところまで呼んで、絡め取って、引っ張り込んでやりたかった。
自分の中にこんな厄介な感情が住んでいるなんて驚いてしまう。しかしそれは間違いなく、迅に対してだけ生まれるものだった。どれだけ求めても、満たされても、まだ足りないと心が騒ぐ。腹が減って、喉が渇いて、自分の中の獣を知る。
迅が風刃を手にする前。毎日のように二人でバチバチ戦って遊んでいた頃の太刀川の誕生日は、ランク戦ブースに籠もって時間の許す限りランク戦に明け暮れて、本当に楽しかった。俺に勝つ為に、と作ったスコーピオンを両手に持って、その涼しげな青い目が熱に揺れて、太刀川をまっすぐ見据えて笑う。生意気そうに、自分が負けることなんて考えちゃいないその顔で太刀川に向かってきて、そんな迅の剣を、想いを、熱を真正面の一番近くでぶつけられるのが、楽しくて仕方がなかったのだ。
なあ、知ってるか。おまえがS級になって、ランク戦から離れて、なんとなく普段からも微妙に距離ができるようになって。
次の夏、同じように毎日うだるように暑くて、ランク戦ブースは涼しくて毎日賑わっていて。なのにおまえがいない、そんな誕生日がひどくさみしく思えたこと。似合わない大人ぶった顔をして、納得したふりをして、本当は何でおまえがいないんだって駄々をこねてやりたくなったこと。
そんなふうに俺が思っていたことなんて、こいつはきっと思い至りすらしないんだろう。
誕生日だと言われてそういえばと思い出して、今は何時何分なのだろうか、もう日付は変わったのかと頭の隅でちらりと思ったけれどそんなことはすぐにどうだってよくなった。迅が肩口にキスを落とした後、歯を立てて太刀川の肌を柔く噛んでくる。痛くもない、痕も残らない程度のじゃれ方だ。別に噛んだって痕を残してくれたっていいんだけどな、と思うけれど変なところで頑固な迅はそれをいつだってしようとしない。
うっすらと汗ばんだ肌を撫でるように舌を這わせた後、腰に回されていた迅の手が片方離れて前に回される。既にすっかり硬くなっていた太刀川の自身を迅の手のひらに握られれば、期待するなというほうが無理だろう。そんな太刀川の顔を覗き込んだ迅の顔だって欲に濡れていて、それにまた高揚させられてつい口角を上げてしまえばそれを見た迅が少しだけ悔しそうな表情になる。その悔しさの発露なのか何なのか、最初から太刀川の弱いところを狙ってその手が動かされて、気持ちの良さに思わず声が零れた。責めたててくる手の動きは止めないまま迅がぶつかるみたいなキスを寄越してきて、何度も細かく上がってしまう喘ぎ声は迅の唇に呑み込まれる。
食らいつくようにその瞳を揺らして太刀川を抱くこの男は、時々自分ばかりで悔しい、みたいな表情をする。自分ばかり好きで悔しい、自分ばかり余裕がなくて悔しい、なんて。
そんなわけがない。
俺だってずっとこの男が欲しくてたまらなかった。
自分がこんなに何かがどうしても欲しくて、執着のような感情を抱くとは知らなかった。迅と出会って初めて知ったことだ。
迅と戦う時、こうして肌に触れる時。こいつとすることは何だって楽しくて、それが嬉しくて、でもまだまだ足りない。手に入れたからには手放す気なんてなくて、別にこいつが普段いつどこで何をやっていようが何だって良いけれど、俺は迅を選んだのだから迅にも俺を選び続けてくれないと嫌だと思う。そんな自分がおかしい。今よりずっと子どもだった高校生の頃より、随分と子どもじみた我儘だ。
ボーダーに入って、沢山の景色を見て、色んな経験をして――自分で言うのもなんだけれど、昔より随分と聞き分けは良くなったと思う。仕事は仕事、感情と理論は別のものだし、感情に任せて突き進む先に”正しさ”があるとは限らない。
だけど。この男のことになると自分は制御がきかない。剥き出しにさせられて、だからこそこの男を剥き出しにしてやりたくなる。
唇が離れた後、鼻先が擦れるくらいの近い距離のまま迅の目を見た。見つめ返してきたその視線は、強い色を宿したまま逸らされない。それにぞくりとさせられる。太刀川の、一等好きなもの。一度目の前からなくなって初めて、強く自覚させられたもの。
この青がずっと欲しかった。
迅の手に包まれ、高められた自身はもう先走りをひっきりなしに零してぐちゃぐちゃだ。淫猥な水音が部屋の中に響いて、しかしそれに気を取られる隙もなく下から突き上げられて体がびくりと震えてしまう。
「ぅあっ、あ……!」
蕩けた顔も、こんな声を上げる姿も、全部見逃すまいとでもするみたいな顔をした迅に全部見られている。それを自覚して湧き起こるこの感情は、羞恥なのか興奮なのか、それとも優越なのか、何と呼べば良いのか熱に浮かされた頭ではもううまく考えを纏めることができそうになかった。内側をかき回されて、性感の強さに後ろを締め付けてしまうと中にいる迅の熱もぐっと膨らんで、迅が耐えるように眉根を寄せる。その表情がひどく雄くさくて、ああ好きな顔だなと思った。取り繕う余裕なんてない、飄々と猫をかぶるなんてできやしない、剥き出しのひとりの男の顔。
「じ、ん……、迅、も、イく」
そう言うと、迅が「うん」と言ってみだりがわしく口角を上げた。前を扱く手の動きが激しくなって、またとろりと零れた先走りが迅の手を汚す。同時に内側の弱いところをぐるりと擦られて息が詰まった。追い詰まって、間近に迫った到達に体が自然と期待する。自分でも擦りつけるみたいに腰を揺らすと、迅がたまらないといったように首筋にキスをしてきた。離れ際に舌先でねろりと舐められただけでも、熟れた体はじくじくとした熱を拾ってしまう。クーラーをつけているはずなのに、体が熱くて、汗だくだった。しかし迅とすることならば、それすらも楽しさに繋がってしまう。
先端をすこし痛いくらいの強さで擦られて、一番奥を再び突かれてしまえば、性感の強さに目の前がチカチカと弾けた。体が一際大きく跳ねて、熱いものが駆け上がってくる感覚に他のことが何も考えられなくなる。
「ッあ、あ――、……!」
どくりと白濁を吐き出して、きついくらいに後ろを締め付けてしまう。それに迅も「っ、……!」と息を詰めて、太刀川の中で果てた。どくどくと熱いものが内側に注ぎ込まれる感覚に達したばかりの体は小さく震えて、呼吸を整えたくて吐き出した息も揺れていた。
迅と出会わなければ知らなかった渇望が、欲求が、充足が、快楽が、体の中をじわりと喰らう。知らなかった頃の自分にはもう戻れない。
(ばかみたいだろ。何年経っても、おまえ以外はいなかったんだ)
未来が確定するのなんてほとんどの場合は直前で、絶対の未来なんてそうそうないんだよ、なんて迅が以前言っていたことがある。
だけど、もうきっと、俺にとってこんな相手は他に一生現れないんだろうと不思議なほど確信してしまっているのだ。
力が抜けて、迅の肩に顔を埋めた。すると太刀川の腰を支えていた迅の手が背中に回って、宥めるみたいに太刀川の背中を撫でる。その手つきの柔らかさがなんだかおかしく思えるのに手のひらの温度が心地よかったから、しばらくそのまま迅に体を預けていた。
お互いの荒い呼吸が少し落ち着いた頃、ぐっと迅が体を倒してベッドに押し倒される。達した後でまだ弛緩した体は何の抵抗もなく押し倒されて、まだ繋がったままだったから中にいた迅のそれが内側を小さく擦ってそれに吐息とも喘ぎともつかない小さな声を零してしまった。
「太刀川さん」
薄明かりの中で、こちらを見下ろす迅の青い目がゆらりと光っている。
「もっかい、いい?」
許可をとりにくるくせに、その瞳にはすでにまた欲が滲んでいる。飼い主の許可をじっと待っている犬みたいだ。聞かれてこっちが拒んだことなんてないって知ってるくせに、そんな迅をいじらしいと言えばいいのか性質が悪いと言えばいいのか、とにかくそんな迅だって結局好ましく思う以外なんてない自分がいることは確かだった。
「当たり前だろ。誕生日だから、沢山気持ちよくしてくれるんじゃなかったのか? 迅」
そう言って煽るように笑ってみせると、迅が格好つけるように、しかしひどく嬉しそうに目を細めた。
「……とーぜん。おれを誰だと思ってるの?」
迅の言葉に何か返事をする前に、迅がまた唇を押しつけてきた。
迅の言葉に、それはそうだ、なんて思う。だって俺はおまえ以外に、こんな気持ちになる相手なんていないんだから。
ぐっと頭を引き寄せると、その返事みたいにキスが深くなる。中にいる迅がわずかにまた熱を上げるのが分かって、素直なやつ、と愛しくなんて思ってしまった。
唇を離す。視線が絡む。迅に負けず劣らず欲に濡れた顔をしているのだろう自分が、その青の中に映っている。そう思うだけでじわりと煽られる自分がいて、そんな自分がおかしくて、ああ俺は本当にこの男が好きなんだなと思い知らされるのだ。