愛、恋、あるいは君
今日も賑わっているランク戦ブースのロビー前。少し前に入隊式があって新入隊員がたくさん入ってきたこともあってか、今日は特にC級の白い隊服を沢山見かけた。ざわざわと色んな会話が飛び交う中をカツカツとブーツを鳴らしながら歩いているところに、どうやら先程まで個人ランク戦を観戦していたらしい高校生くらいのC級隊員たちが話している声が耳に入ってくる。
「いやマジで、強すぎるでしょ。A級一位ってレベル違いすぎない?」
「俺ちょっと怖かったもん、あんな顔であんな速度で攻撃されたら」
あー、今日もやってるなー、なんて。彼が今日も相変わらずランク戦に明け暮れていることは、迅は視えていてここに来たのだけれど。
(ま、見慣れてなきゃそうかもなぁ。ねー、後輩にすごい怖がられてるよ、太刀川さん)
そう心の中で呟けばついついくっと笑ってしまいそうになって、しかしここは人目があるのでポーカーフェイス、いつもの飄々とした実力派エリートの顔を貫く。
ロビーに足を踏み入れると、珍しく顔見知りはあまり居なさそうだったのでそのまま個人ブースの中に入る。現在対戦可能な人のリストの中から、目的の人物はすぐに探し出すことができた。見間違うはずもない。弧月で、誰よりも高いそのポイント。迷わず対戦リクエストを送ると、すぐに承認の返事が返ってきた。――向こうだって、こっちのデータを見間違うはずもない。
転送されて、見慣れすぎるほどに見慣れた市街地マップに降り立つ。そして件の男の前に相対した。一見感情を読み取りにくいその独特の双眸が、迅の姿を認めてゆらりと楽しげに細められる。
「よお、迅」
「どうも、太刀川さん」
弧月に手をかける太刀川に合わせて、迅も両手にスコーピオンを出現させた。馴染んだ重さが手の中に現れる。この人を倒す為につくった武器は、いつしか自分の一部のようになっていた。条件反射的に、ぞくりと体の中を期待と興奮が駆けていく。
(あー、おっかない顔)
慣れていなければ、怖いとか分かりにくいとか、そういう印象を与えがちな顔だろう。しかし迅は太刀川のこの顔が何より好きだった。こちらをどう殺してやろうかって、ひどく物騒で、戦えるのが楽しくてたまらないって顔。迅に期待して、わくわくして、気持ちが疼いて仕方なさそうな、少年みたいな顔。
この人は誰と戦ってもいつだって楽しそうだ。だけど、迅を相手にした時はより一層物騒で楽しそうな顔をするのだという、迅にだけ特別なそれが向けられているのだということを自覚はしていた。
――むき出しのこの人の顔を、この人の中の特別を。一番近く、真正面から受け取れるこの誉れといったらない。
太刀川さんと馬鹿話をするのも好きだけれど、今この場所では他に言葉はいらなかった。スコーピオンを握る手にぐっと力を入れる。それを合図にしたみたいに、太刀川が地面を蹴る。それを迎え撃つべく、迅もスコーピオンを構えた。近付いてくるほどに太刀川の表情が鮮明になって、つい口角をぐっと上げてしまった――自分の表情だってきっと似たようなものだって、わざわざ鏡を見なくたって分かった。
◇
自身を全部埋めると、太刀川が長い息を吐いた。呼吸が整ってきたタイミングを見計らって腰を小さく揺らすと、太刀川が「あ……」と小さく声を零す。しかし止められることはなかったので、少しずつ腰の動きを大きくしていく。太刀川の呼吸がまたわずかに乱れ始めて、程よく筋肉のついた胸が呼吸に合わせて上下するのが妙に色気を感じさせられた。
ランク戦を終えたその高揚のまま、太刀川の家に二人で転がり込むように帰宅した。迅がランク戦に復帰して、そして自分たちの関係性を表す言葉に「恋人」というやつが加わってからは、もはやこれがお決まりのコースのひとつのようになっている。
腰を動かして太刀川の性感を高めていきながら、迅は何度か労るみたいに唇を落としていく。首筋、頬、額。触れるだけで離れる幼いキスを受けながら、太刀川は目を細めてくっと笑った。
「なんか、みょーに楽しそうだな」
「ん、そう? ……まあ、楽しかったからねぇ」
そうランク戦のことを思い出しながら言うと、主語がなくても太刀川には伝わったらしい。太刀川は小さく口角を上げて「そりゃそうだ」と頷く。その気持ちを共有できていることに何だかじわりと心が満たされるような心地になったから、迅は続きの言葉を口にしたくなってしまった。
「ランク戦も最高に楽しかったし、ランク戦の時の太刀川さんも好きだけど」
するりと口から零れるように落ちた言葉を、太刀川はじっと視線で続きを促すみたいに聞いてくれる。
「太刀川さんのこういう顔まで見れるのは、おれだけなんだよなーって思って」
含みを込めてそう言ってわざとらしく小さく口角を上げてみせると、太刀川はゆっくりとひとつ瞬きをした。
「そりゃ、ランク戦は他のやつともするが……こういうことする相手はおまえ以外にいないからな」
そうだろうと分かってはいても、手渡されたその言葉にいやに嬉しくなってしまって表情が緩む。すると太刀川が楽しげに笑って、「素直なやつは好きだぞー」なんて頭をくしゃくしゃにかき混ぜられた。他の人にされたら子ども扱いしないでなんて思いそうなこんな戯れも、太刀川にされるとむずがゆくて少しだけ恥ずかしいのにどうにも止める気になれない自分がおかしい。
ランク戦で相対した時はあんなにも楽しくて物騒な気持ちが湧き上がって仕方ないのに、こんなふうにしている時、愛しさみたいな柔らかい気持ちをこの人に向けたくなるのはなぜだろう。同じ人なのに、不思議だなんて思う。だけどそのどちらも自分の本当の気持ちだった。
今度は唇にキスを落としてから、また腰を揺らす。一度引いてから再び奥まで自身を埋めると、太刀川が「っ、あ」と声を零して体を震わせた。それが嬉しくて、もっと見たくて聞きたくて、腰の動きを段々と激しくしていく。浅いところでぐるりとかき回すみたいに内側を擦ると、太刀川が呼吸を荒らげて眉根を寄せた。
気持ちいい時に、時折少しだけ困ったような顔をすること。目尻を赤くして、何か耐えるみたいな表情をして、それでも全部受け止めようとしてくれること。呑気で太平楽で、おっかないくらい強い太刀川さんのこんな姿を知っているのは、他に誰がいるだろう。おれだけだ、ともう一度反芻すると、ぐっと胸の中が熱くなるような心地だった。
ランク戦の時の顔も。そうじゃない時の顔も、こういう時の顔も、全部欲しいと思ってしまった。この人のことが好きで、どこまでも知りたくて、触れて、自分の手でその内側に触れたかった。こんなにも我儘で欲張りな感情も恋と呼ぶのだと言うことを、この人を好きになって知った。
そんなことを考えていると、太刀川が迅を見てくっと笑う。
「ひでー顔」
そう言いながら、もっと見せろと言わんばかりに頬に両手を添えられる。ぐっと引き寄せられて、至近距離で視線が絡む。楽しそうで、欲の色を灯した目が、迅をまっすぐに見据える。
きっと、この人だって、同じようなことを思っているんだろう。
そう思うとたまらなくなって、また唇に唇で触れた。この人の唇がこんなにもやわらかいこと、キスをすると中が少しだけきゅうと締まること、絡ませた舌がひどく熱いこと。後頭部に回された手の感触が優しいこと。全部きっと、他の誰も知らない、おれだけが受け取れるものだった。