微睡と温度



 カーテンの向こうがうっすらと白んでいる。ついこの間まで暑くて仕方がなかったはずなのに、いつの間にやらすっかり日が出るのも遅くなった。二人分の体温に暖められた、出したばかりの冬用の布団の温さが心地が良い。
 今日はお互いに非番、ほかに特段の予定もないためアラームもかけていない。だから何時に起きたって構わないのだけれど、なんとなく目が覚めてしまったからこのまま起きようか、と掛け布団から上半身をゆっくりと起こす。緩慢な動作なのは先程までの眠気の名残と昨夜のちょっとした肉体的な負荷のせいと、あとは隣で寝ている男を起こさないためだ。さらけ出された素肌の肩口に冬の入口の気温の冷たさが触れてひやりとする。
 と――、ベッドから降りようと体を動かしかけたところで、ぱしりと腕を捕まえられた。振り向けば、眠そうにその青い目をとろんとさせた迅が太刀川の腕を掴んでいる。太刀川と同じく迅も上半身は裸のままだ。眠気のせいかあたたかいベッドのせいか、迅の手の温度はいつもより少しだけ高いように思える。
「もう起きんの?」
 いつもの飄々と涼やかな声とは違う、甘えるような舌っ足らずな声で迅が言う。
「目、覚めたから。別にどっちでもよかったけど」
「なら、もう少しだらだらしてようよ。休みなんだし」
 そう言うなり、迅がぐっと太刀川の腕を引っ張る。その力はさほど強いものではなかったが、太刀川は素直にその手に引っ張られてやることにした。再びベッドにぼすんと沈み、あたたかなベッドと掛け布団の間に心地よく埋もれる。
 迅が眠そうな目のまま、しかしじっとまっすぐにこちらを見ている。寝起きのせいでいつもの後ろに流している前髪も降りていて、それも相まって普段よりずっと年相応に幼く見えた。
 見栄っ張りな迅がこんな風に甘えるようなやつなんて、付き合い始めるまで知らなかった。いや、付き合い始めてからもしばらくは知らなかった。こうやって油断した顔で、子どもじみたわがままを言うようになったのは比較的最近のことだ。迅の中でようやくまたひとつ箍が外せるようになったんだろう。そう思うと、愛しく思わないなんて方が無理な話だろう。
 自然な流れで、迅の前髪を指でかき分けるようにして額に唇を寄せた。触れるだけで離れると、迅はくすぐったそうに表情を緩める。目尻、頬、と下っていって、最後に唇に触れた。触れるだけで終わろうかと思ったがなんだか気分が乗ってしまって、離れ際に舌で迅の唇をなぞってやると目の前の迅の体がひくりと揺れる。「ちょっと」と迅が困ったように唇を尖らせた。至近距離で見た目尻が照れのせいか先ほどよりも赤い。
「朝から変な気分になっちゃうでしょ」
 迅が今更そんなことを言うので、太刀川はつい笑いそうになってしまう。
「おまえが先に手出したんだろ」
「手を出したの意味が違くない?」
「そんな変わんないだろ」
 そうかなあ、と迅が言うのを無視して太刀川は「それに」と続ける。
「別にいいだろ、変な気分になったって。だって今日はお互い休みなんだろ?」
 先程の迅の言葉を踏襲して言ってやると、迅は小さく息を吐く。
「……そーだね」と返した迅が体を寄せてくる。肌に触れた手はやっぱりいつもより熱いように思えて、しかし迅の目はいつの間にかすっかりいつもの欲の色を灯していたから、きっともうそれは眠気のせいではないのだろうと思った。




(2021年10月26日初出)





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