飴よりも甘い



 そういえば今日はハロウィンである、ということはいつものように向かった隊室で国近に「ハッピーハロウィン~」と言って渡された飴やランク戦ブースで年下の隊員たちに「トリックオアトリート!」なんてお菓子をせびられて気が付いた。――勿論お菓子を特別に用意などしていなかったので、そいつらにはいたずらの代わりにランク戦をプレゼントしてやったのだけれど。
 夕飯を食べて食器も片付けて、何となくまどろんだ時間に太刀川はふとそんな昼間の出来事を思い出す。そういえばそうだったなーと思ってちらりと隣で食後のデザートとばかりにぼんち揚をぼりぼりと食べる男を横目で見てから、ちょっとした戯れのつもりで口を開く。
「じーん」
 名前を呼ぶと迅が目線だけでこちらを見る。太刀川は座っている床に手をついて体を迅の方に向けてから、そのお決まりの言葉を投げかけてみた。
「とりっくおあとりーと」
 今度は顔ごとこちらを向いた迅の返事を待たずに、太刀川は迅が持っているぼんち揚の袋に手を伸ばした。迅ほどではないが太刀川もぼんち揚は好きなのでいくつかくらいは分けてもらおうというくらいの気持ちだったのだが、太刀川が袋の中に手を入れる直前、迅はもう片方の手に持っていたぼんち揚ひとつを口に放り込んでからふいと袋を太刀川の手から遠ざけた。ぼんち揚を掴もうとした太刀川の手が空を切って、なんだよ、という思いで太刀川は迅の顔を見る。
 視線が絡むと、迅が青い目を眇める。
 その目の奥がゆらりと小さく揺れるのをみて、それにつられるみたいに太刀川の気色も変わる。部屋の中の空気が、スイッチを切り替えるみたいにばちんと変わった気がした。
 普段、飄々と余裕そうに振る舞いたがる迅が見せない顔――太刀川と二人きりの時にしか見せない、欲を纏った、わがままぶった性質の悪い顔だ。
「なんだよ。一つくらいいいだろ」
 迅の意図はもう分かったくせにあえてそんなことを言ってやると、迅は挑むみたいにしてにまりと口角を上げた。
「悪戯。してみてよ、太刀川さん?」
 迅の言葉を受け取って、太刀川も自然と口の端を上げていた。回りくどくて、面倒で、かわいい男だと思う。しかし迅に仕掛けられた遊びなら、こっちだって乗らない選択肢はなかった。だってそれは間違いなく、太刀川にとって楽しいものだから。
 ぐっと距離を詰めて、迅に覆い被さるような体勢になる。迅は持っていたぼんち揚の袋をテーブルの上に置いて、射抜くように太刀川を見つめた。この後太刀川がどう出るのかじっと待っているくせに、その目の奥には今にも駆け出しそうな凶暴な獣のような色すらある。それを見て取った瞬間、ぞくりと背中を駆けていったのは高揚と興奮だ。
 こいつを好きにしてやりたいという気持ちと、こいつに好きにされたいという気持ちが両方同じくらいの大きさで太刀川の中で暴れ出しそうになる。好きにされたいというのは受け身が好きというわけではなく、こいつが本気で挑んでくる時の顔や手管を見て、知って、そうやってこの男と遊ぶのが好きだからだ。きっと迅だって同じだろう。
 顔を近付けると、迅はまだ目を逸らさずに太刀川を見る。期待するみたいなその色から太刀川だって目を逸らさずに、迅の唇に噛みつくみたいに唇を押しつけた。




(2021年10月29日初出)





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