白に明滅



 一度ベッドに四肢を投げ出してしまえば、全身を覆う独特の気怠さに少し動くのも億劫な気分にさせられた。精を吐き出した後の真っ白な思考が熱と共にゆっくりと凪ぐように引いていく。自分は体力が無い方ではないと思うし、普段も一回や二回くらいなら余裕でむしろこっちから迅を再びけしかけるくらいなのだが、今日は結構盛り上がってしまったせいでこの状態だ。経験上、少し休めばすぐ動けるようになると思うが、流石に何度も迅の侵入を許し執拗にイかされた直後では指一本動かすのすらかったるく思える。
 迅だってそれを分かっているのだろう、こういう時の迅は意外なほど甲斐甲斐しくなったりする。「太刀川さん」と名前を呼ばれて目線だけで声の方向を向くと、ベッドの縁に腰掛けた迅がこちらを見ていた。そして手近にあったティッシュを手にとって太刀川の腹に散った白濁を拭っていく。普段の飄々と立ち振る舞う迅からはなかなか想像しにくいその目線と手つきの柔らかさに、この男の内側にある柔らかな部分だったりこちらに対する恋情だったり、そういう部分を見つけたような気がして、少しだけくすぐったいような優越感のような感情を覚えるのだった。
「シャワー、浴びる?」
 太刀川の体についた精液やら汗やらを拭ったティッシュをゴミ箱に放った後、迅が言う。普段よりも少し低い、何も飾ろうとしない時の素の迅の声だ。
「やー……先行ってこいよ、まだちょっと動くのだるい」
 そう言うと迅は困ったような、だというのにどこか嬉しそうでもあるなんとも複雑な表情で眉根を寄せる。器用な表情だな、とまだ少しぼんやりとしたままの思考の中で太刀川は妙に感心してしまった。
「……でも、中、早めに掻き出さないと。お腹痛くなっちゃうよ、前みたいに」
「あー……」
 指摘されて、太刀川は以前のことを思い出しそんな声を上げる。「……それは嫌だな」と言うと、迅は「うん」と控えめな相槌を打った。
 そういえば、今は一体何時なのだろうか。そんなことを唐突に思い出す。ベッドに入ってしまえば目の前のことに夢中になってしまって時間の感覚なんてなくなってしまうけれど、とりあえず深夜だということは分かる。カーテンを閉めそびれた窓の外はしんと静かだ。

 今日は、昼間の防衛任務のシフトが迅と被っていた。担当地区は勿論異なるけれどそうなると終了時間は同じわけだから、じゃあその後ランク戦をしようという話になるのは自然な流れだった――と太刀川は思っている。今日はなんだか門の動きが活発で、トリオン兵が次から次へと湧き出てきた。それ自体は何の問題もないのだがそのせいで頭が自然と戦闘モードになっていて、その流れで迅とランク戦を思う存分やったものだから興奮するなという方が無理な話だった。
 戦闘欲なのか、肉欲なのか、迅を目の前にするとどっちがどっちだか分からなくなる時がある。しかしそんなことは迅に対してだけなので、それなら問題ないじゃないかと太刀川としては思う。迅にそれを言えば呆れられてしまったが、しかしこの男だって大概似たようなものなのだろうということは太刀川はとっくに察している。
 三十本をギリギリ太刀川の勝ち越しで終えた後、もうどっちも別の欲を灯していることは明らかだったから雪崩れ込むみたいに太刀川の家に帰宅した。そうして玄関の鍵を締めるなり貪り合うみたいにキスをして、シャワーも浴びずにベッドに直行した。
 コンドームが残りわずかだったことをようやく思い出したのは、いざ挿入するというタイミングになってだった。そういえば、次の時は買い足さないとと思っていたことを今更に思い出す。普段は忙しいからなんて言ってなにかと躱してくる迅と久しぶりにあんなに戦やり合って、興奮して、そうしたらもっと別のものも欲しくなってしまって、そんな風に気が急いていたからすっかりそんなことを思い出す余裕なんてなかった。
 手元にある分だけで止まれればよかったのだとも思うのだが、互いを前にして、こんな風に盛り上がって、そんなお利口な判断ができるはずもない。
 家にあるコンドームを使い切った後もまだずくずくとした熱が引かなくて、まだ足りなくて、空になったコンドームの箱を見てほんの少しだけ迷うような素振りをみせた――そのくせ、まだその青い目の中にはぎらぎらとした欲を宿している――迅をけしかけて、結局最後は生でもしたのだった。
 生ですること自体は構わない。勿論したほうが良いということは理解はしているけれど、ないならないで構わないと思っているし、むしろ隔てるものなく内側で感じ取る生々しい感触も熱も太刀川はとても好きだった。迅の方は結構気にしているみたいでゴムをつけたがるのだが、しかし結局今日みたいに我慢できず生ですることも無いわけではない。ああ見えて、行為の際は身体的負担の大きい受け身側となるこちらをなにかと気遣ってくれる迅の気持ち自体はありがたいとは思う。しかし生でするのが好きな理由のひとつに迅が自分に課しているそういうことを破って欲に流されるのを見るのが好きというのもあるのだと言えば、きっとこの男は耳を赤くして怒るだろうから言わないでおいている。
 すること自体はいい。むしろ好きだ。しかし、問題はその後にある。
 中に出された精液をそのまま放っておくとお腹が痛くなるのだ。
 前に生でした時はそんな知識もなくて、今日みたいにかったるくて面倒がって放っておいたら翌日ひどい目に逢ったのである。トリオン体になっている間は関係ないとはいえ、その日は防衛任務がなくて助かった。勿論大学は自主休講である――むしろ休めてラッキー、だなんて心配そうにこちらを見ていた迅に言えば、痛くない程度の力でぽかりと頭にチョップを食らった。
 生で出された後はちゃんと掻き出すこと、というのがその時学んだことである。しかし散々した後の体はまだ少し重くて、その上自分で後ろに指を突っ込んで掻き出さなきゃいけないと思うとどうしても面倒が勝る。たまに自分で後ろを解しておくこともあるので自分で指を挿れること自体に大きな抵抗があるわけではないが、しかし自分でするのはあまり得意ではない。後ろを弄るのは、自分でするより迅にされる方がいいことは決まっている。勿論、自分でするのは快楽を得るためではないので当たり前といえばそうなのだけれど。
 今夜だって渋る迅をけしかけたのは自分だ。だから責任の一端は自分にもあるわけで、そして後で痛い目を見るのは自分なので、ちゃんとしなきゃいけないというのは分かっているのだが。ベッドの上で大の字になったままそんなことをうだうだと考えていると、ぐ、と小さくベッドが傾いた。迅がベッドの縁に座り直して、こちらの方に体重をかけてきたらしい。太刀川の腕のすぐ下あたりに手をついた迅が、太刀川の顔を覗き込むみたいに見つめる。
「……、おれがしようか」
 ぽつりと、落ちるみたいに迅が言う。その目の色は静かで、どこか恭しいようで、しかし不思議と利かん気なようにも見える。その奥でわずかにまだおさまりきらない熱の残滓が、太刀川と同じように揺れているのを薄暗い部屋の中で見て取ったような気がしていた。



 つぷりと埋められた迅の指を、太刀川の尻は何の抵抗もなく内側に招き入れた。つい少し前までこちらがいいと言っているのにとろとろになるまで解されて、そしてもっと太いものを受け入れていたそこはもうすっかり柔らかく緩んでいる。内側に入り込まれる感覚に、は、と小さく息を零す。浴室の壁についた腕がひやりと冷たい。
「出すね」
 そう耳元で囁くように言った迅が指を小さく動かして、先程自分が出した精液を外へと掻き出していく。内側に溜め込まれていたそれがとろりと太腿を伝って外に流されていく感覚はあまり得意なものではなくて、しかし散々高められた名残がまだ引き切っていない体はそのわずかな刺激に少しだけ揺れてしまった。「ん、……っ」と吐息とも声ともつかない音が口から零れる。その間にも迅は作業を続けていて、とろとろと迅の精液が中から吐き出されては足下に濁った水たまりを作っていく。その前にもゴムをつけて結構したはずなのに、こんだけ出したのかよ、と頭の隅で思って少しだけ笑いそうになってしまう。繋がっている最中はこちらも熱に浮かされているから、冷静にそんなことを考える余裕なんてなかった。
 それ自体は嫌なわけじゃなかった。後処理は面倒だけれど。むしろそれは普段あれだけ冷静ぶって自分の感情を律しようとする男の紛れもない太刀川に向ける欲の証左で、歓迎こそすれ嫌な気分になることなどなにもない。迅の指が器用に太刀川の中で動いて、自分が太刀川に吐き出した欲を丁寧な手つきで処理していく。
 つ、と、不意に迅の指が太刀川の内壁に触れた。その刺激にびくりと小さく体が震える。まだ敏感さの残っているそこは少し触れられただけでもそれを快楽として受け取って、ちりちりとした疼きを太刀川の体に教えてくる。
 間違って触れただけなのだろうかと一瞬思ったけれど、続けざまに迅の指がまた内側に触れる。「ッ、」と思わず息を詰めると、堪えきれないといった様子の迅の熱い息が耳元にかかった。こいつ、と思ったところで今度は太刀川の弱いところを明確な意図を持ってなぞってきて、腰ががくりと震えた。
「~~っ、ぁ」
 零れた声が浴室に反響して普段よりも大きく響く。気付けばもう精液を掻き出す作業はほとんど終わっているようで、先程まで太刀川の下肢をとめどなく伝っていた白濁が、くるぶしのあたりをゆっくりと落ちていく感覚がした。
「じ、ん――ッ、あ、」
 迅の指先が太刀川の内側をゆっくりとした仕草で撫で上げて、その刺激自体は強いものではないけれど先程まで何度も擦られ高められたそこは少しの刺激でも過敏に受け取ってしまう。内側を撫でる迅の指を、気持ちいいもの、とすっかり覚えている体は触れられる度に素直にびくびくと小さく震えてみせる。
 おまえな、と言おうとした先から今度は前立腺を指で押し上げられて、そのびりびりと全身を駆けるような快感に思わず腰が砕けそうになってしまった。寸でのところで壁についた腕に力を込めて堪える。しかしそうすると後ろにいる迅に向けて腰を突き出すような体勢になってしまった。俯いた目線の先でもうすっかり出し切ったという気持ちになっていたはずの自身が直接触られてすらいないというのに懲りずに頭をもたげ始めているのが見えた。
 迅はといえば太刀川の体勢が崩れたのを気にしないどころか、むしろさらに指の動きを大きくしてくる。吐き出した自分の息が熱い。
 すっかり太刀川の弱いところを知り尽くしている迅の指は、的確に太刀川の気持ちいいところを絶妙な力加減で攻めてくる。しかし指はかたくなに増やされないままで、この状態でまだ中を掻き出すという体裁を守ろうとでもいうのだろうかと呆れた。迅の手によって再び熱を帯びていく体は、しかし指一本くらいじゃ足りないとじくじくと疼きを訴えてくる。指なんかじゃ届かないもっと奥を、もっと太くて熱い、迅の欲をまざまざと見せつけてくるようなそれで暴かれる感覚を、その快楽を太刀川はもう知ってしまっていた。一度知ってしまえば、それが欲しいのだと、手加減されたような手管じゃ足りないと体は欲に素直に求めずにはいられなかった。他でもない迅に、体を使ってすっかり教え込まれた快楽だった。
「太刀川さん」
 そう呼ぶ迅の声だって、もはや隠そうともせず欲に濡れているので笑えてしまった。実際に笑う前に、また弱いところを痛くない程度の力でひっかかれてしまったのでそれは喘ぎ声に変えられてしまったけれど。
 後ろで迅がふ、と笑う気配がする。振り返らなくても分かる。今の迅はきっと、ひどく意地の悪そうな顔をしているのだろう。他のやつにはきっと見せないだろう、太刀川の前でだけ見せる、取り繕いもしない顔。
「……気持ちよくなっちゃった?」
 熱い体をくっつけて耳元でそう囁きながらまた内側を撫でてくるものだから、「ぅ、あ」と声が零れた。声だって、迅に我慢しないで、聞きたい、といつもせがまれるものだからすっかり我慢なんてきかず口からぽろぽろと零れ落ちるようになってしまったものだ。言葉は余裕ぶっているくせに、太腿にちらりと擦れた迅の熱だってもう硬くなり始めているのが分かっておかしかった。
「……またしたいなら、っ、素直に言やいいのに」
 言いながら振り返ると、予想通りの顔でこちらを見つめる迅がいた。その青い目の奥には少し前までと同じようにまたぎらぎらとした欲の色が宿っていて、太刀川を射抜くようなその色にぞくりと背中が震える。萎縮したわけではない。紛れもない期待と興奮で、だ。
 そりゃさっきまではすぐにもう一回はキツいと思っていたし、掻き出すのを手伝うなんて言っておいてこんな風に雪崩れ込もうとしてくる迅に対して呆れるような気持ちはないではない。しかししかし別にまたすることが嫌なんてわけはなかった。自分は元々性欲は薄い方だと思っていたはずなのに、迅に対するときだけのこの自分の尽きない欲には自分でも少し驚かされもする。
「おれだって、今日は本当に終わりにするつもりだったんだけど、さ」
 困ったように眉根を寄せて迅が言う。そして少し躊躇うような素振りを見せた後、観念したみたいに口を開いた。
「……太刀川さんがえろくて」
 されていることはかわいくないはずなのに、そう言う迅を妙にかわいく思ってしまった。この男にどうしようもなく惚れてしまっているのだという己を実感する。しょうがないやつ、とおかしく思った。
 互いに対してだけ持て余す衝動や欲に困り果てているのはきっと互いに同じだ。しかし互いに気持ちが同じなのであれば、問題などないのだと太刀川は思う。
 中からようやく指が引き抜かれて、そのわずかな刺激にも小さく体を震わせてしまった。そんな太刀川の背中を愛しいとでも言うように迅が何度か柔らかく唇を落とした後、そのまま至近距離で目線が絡む。今度は尻に迅の熱がわざとらしく宛がわれて、見知った感覚に期待で穴がひくりと疼くのに自分にしては珍しい羞恥をわずかに感じた。体も気持ちも、早く欲しい、という欲に急かされる。
「ごめん、ね、もっかいだけいい? 中には出さないから」
 そうねだる迅に、こちらが否定するなんて思っているのだろうかと不思議にすら思う。
「こんだけしといて、指一本じゃ足りないって――つーか別に中に出しても……ッ、あ、あ」
 言葉の途中だというのに、許可をもらった迅が我慢が切れたみたいに腰を押し進めてくるものだから、開いていた口から零れる音は喘ぎ声に変わった。内側に指とは比べものにならない質量が入り込んできて、待ち望んだ感覚に快楽と期待がぞわりと全身に走る。いつもは太刀川の負担が少ないようにタイミングを計ってゆっくり挿入してくる迅が、自分勝手に遠慮なく入り込んでくる時が太刀川は嫌いじゃなかった。むしろそうやって我慢なんてきかず欲に素直になる迅をかわいいやつだと思うし、そんな迅に思うまま挑まれるのはランク戦だろうがセックスだろうがどうしようもなく好きであることに変わりはなかった。
 つい先程まで何度も中に入り込まれていたせいで、中にぴっちりと迅のものが埋められるとそれが妙にしっくりくるような、すかすかになった中をやっと埋めてもらえたような心地になるのがおかしい。耳元にかかった迅の息が興奮のせいでどこか獣じみた様子で、それにぞくりとさせられた。
 迅がずる、とゆっくりと腰を引いた後奥まで打ち付けてきて、その性感の強さにびくりと腰が震える。
「ぅあ、あ」
「太刀川さん、奥好きだよね。あとこっちも」
 そう言って今度は浅いところに擦りつけるように触れられると、また声が零れてしまう。何度も重ねた交情で太刀川の弱いところは既に迅に知り尽くされており、そして知ればそこを執拗に責めてくるのがまた迅らしかった。
 ゆっくりと落ち着きかけていた熱をすっかり迅に呼び起こされてしまって、何度も高められた後の体はまた敏感すぎるほどに快楽を追いかけていく。いつもより限界が近付くのが早い。階段を駆け上がるみたいにしてずくずくと体の中をまた熱が暴れ回って、気持ちいい、ということが頭の中を支配していく。迅が腰を穿つ度に零れ落ちる声が浴室に反響する。とろとろと前からは先走りが零れ落ちて、より強い刺激を待って疼いている。
「ああ――あ、ッ、迅、もう……」
「イきそ? 早いね、いーよ、イこ?」
 意地の悪い、嬉しそうな声で迅が言った後、迅が腰の動きを激しくする。迅が一度ぎりぎりまで腰を引こうとするのを、内側が惜しむみたいにきゅうと締め付けるのが分かる。は、と迅の荒くなった息遣いを感じる。そうして少し乱暴なくらいに一気に奥まで突き入れられると、目の前がハレーションを起こしたみたいになって、強い性感にびくびくと大きく体が跳ねた。
「っ、ぁあ、あ――……ッ!」
 腰の力が抜けて崩れ落ちそうになるのを迅が腰を引き寄せて後ろから抱きとめるみたいにして押し留める。その動きでまた内側が擦れて、それすらも快楽となって体が小さく震えた。前はまだ頭をもたげたままで、白濁の代わりに先走りを零し続けている。射精せずにイくのは快楽が強すぎて、しかもその引き上げられた快楽がそのまま続いてしまうからどんな小さな動きでも敏感に反応してしまう。体が熱くて、荒くなった息をうまく整えられない。
 ふは、と迅が後ろで小さく笑う気配がする。
「ドライでイっちゃった? ……かわいー、太刀川さん」
 前を触らずにいたのはそれも狙っていたのだろうと思うのにそんなことをいけしゃあしゃあと言う迅に、本当こいつは、と頭の隅で思う。しかし今度はまだ興奮状態のままの前に手を回されて、そこに軽く触れられただけでもびくりと体が揺れてしまった。
「うわ、すご……」
 先走りでもうすっかりぐちゃぐちゃに濡れそぼったそこに手を這わせた迅が嬉しそうに言う。しかし軽く指を動かされるだけでも強い刺激として受け取ってしまうこちらは、迅が遊ぶように指で撫でてくる度に声が零れてしまう。また腰が砕けそうになるのをわずかに残った理性と気力だけで押し留める。とろりとまた透明な液体が先端から零れて、迅の指を伝って足下に零れ落ちていった。足下で先程掻き出した迅の精液と混ざって、ゆっくりととろけていくのを視界の端に見る。
「ぁ、じ、ん……っ」
「うん」
 そう言いながら迅の指が特に敏感な先端をわざとらしい手つきで撫でてくるものだから、また体が震えてしまう。
「太刀川さん、……ね、おれもイきたい」
「いい、けど、ちょっと待……、ッ」
 迅が腰の動きを再開させて、そうして同時に前も扱き始める。ただでさえイッたままのような感覚が続いているというのに、前と後ろを同時に攻められればあっという間にまた限界を迎えてしまう。
「ひ……あ、あっ――迅、じ、ん」
 名前を呼ぶ度に、内側にいる迅が大きくなるのが分かる。言葉よりもずっと素直なそれに、いやに愛しさなんてものを感じてしまった。
「も、やばい、またイく、……ッ」
 そう言えば前を弄っていた迅の手が激しさを増して、その手に導かれるままに今度はしっかりと前からどろりと精を吐き出した。しかし今日は既に何度も吐精をさせられていたせいでその勢いは弱くて、とろとろと白濁が零れ落ちては迅の手を汚していくのをいやに淫猥なように思った。
「太刀川さん、おれも、……っ」
 苦しそうな声でそう言った迅が中から自身を引き抜いて、太刀川にくっついたまま外で精を吐き出した。迅の吐き出された精液がどろりと浴室の床に新しい水たまりをつくっていくのを、太刀川は荒い呼吸の中で見届ける。いつもは中に出されるそれが自分の中ではなく外に出されることに、もったいないな、なんて思ってしまう自分がおかしい。
 先程まであれだけ飢えた獣みたいな様子で求めてきたくせして、宣言通り外で出すなんていう理性が残っていた迅に少しだけむかついた。しかし後ろから抱きついてくる少し力の抜けた体の体温が心地よくて、そしてもう喋るのも億劫だったのでひとまず口に出して文句を言うのはやめてやることにしたのだった。



 今度こそちゃんと体についたあれやこれやをシャワーで洗い流して、再びベッドにぼすんと体を沈ませる。体は重くて腰も怠くて、今度こそ本当に今日はもう閉店だ。窓の外は先ほど同様暗いままなので、一応は夜はまだ明ける前らしい。
 一緒にシャワーを上がった迅が照明を落とした後ベッドに手をついて、ベッドがその重さで少し傾いだ。ああ、と思って体を少し奥に寄せると空いたスペースに迅が潜り込んでくる。ごくありふれたシングルベッドに男二人で寝るのは狭いけれど、ただ泊まるだけならまだしもそういうことをした後に別々に寝るのはなんだか味気なく思うのか、お互い何も言わなくともこうして狭いベッドを分け合って眠るのが常になっていた。
 横を見れば至近距離に迅の顔がある。それだけの理由で名前を呼んだ。
「迅」
 呼ばれた迅がこちらに顔を向ける。唇を寄せて、触れるだけの、しかし少しだけ長めにキスをしてやった。離れた後、薄暗い部屋の中、迅が嬉しいんだか照れてるんだか分からないような表情で太刀川を見つめる。
「……また誘ってる?」
「いや、今日はもう流石に無理」
「だよね。おれも……」
 そう言って迅がくぁ、と欠伸をした。つられるみたいに太刀川も欠伸をする。お互いにまだ若いと言われる年齢とはいえ、さすがに体力には限界というものがある。今日はもう何度もしたし、満足もしたし。今日はよく眠れそうだ――寝過ごしてしまいそうだけれど、明日は大学も午後からだ。まあヤバそうな未来が視えていたならこいつが忠告してくれるだろうから、特にないということは大丈夫だろうと都合良く解釈した。
「おやすみ」
 そう言って薄茶色の髪を戯れみたいに撫でてやる。「おやすみ」と返した迅の声がいやに甘ったるい。目を閉じると心地よい疲労感からか、眠気がすぐにゆったりと意識を浚っていった。





(2021年11月7日初出)





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