Only you.
玄関のドアを開けてすぐ、横にあるスイッチで真っ暗な廊下に明かりを灯す。部屋の中はしんと静かだ。もし太刀川の方が先に帰っているのであればもう寝ていても玄関の明かりくらいはつけていてくれるのだが今日はそれもない。それもそのはず、今日は久々に諏訪さんたちと飲みなのだと言っていたから、今頃は懐かしい面々で楽しく飲んでいることだろう。
すっかり大人と呼ばれるような年齢になり、お互いがそれぞれの場所で忙しくしている今でも旧交が続いているというのは良いことだ。そんなことを思いながら迅は靴を脱ぐ。さすがにもう着慣れたものの未だに堅苦しいと思うスーツのジャケットを脱いで、玄関に入るなりソファに適当に放った。太刀川に見られたら、おまえほんと雑だよなーと呆れられるだろう。ぱさ、とソファにジャケットが落ちる乾いた音と、自分の小さな欠伸が重なる。
最近は新入隊員の入隊や次期遠征計画の詰めなどが色々重なっていたのもあって、毎日帰りも遅くなってしまっていた。今日だって残業帰りだ。昔よりはだいぶ安定したとはいえ、まだまだ仕事量に比べて人員が十分に足りているとは言えないボーダーである。忙しく動き回ることは嫌いじゃないけれど、流石に多少の肉体的な疲れは出る。まあ忙しさもピークに比べれば段々落ち着いてきたので、そろそろ少しはのんびりできるだろう。
(風呂……のお湯溜めるのめんどいな。シャワーでいっか)
二人でいる時ならまだしも、一人の日だとどうしても生活が雑になってしまう。支部を出るときにレイジさんにもその辺ちょっと心配されたっけなぁなんて懐かしいことを思い出して苦笑しながら、今日だけ今日だけ、と心の中で言い訳をして、だらだらとした歩調で浴室に向かったのだった。
「はー」
そう息を吐きながら、迅はぼすんとベッドに沈んだ。シャワーを浴びてさっぱりして、もうすっかり気持ちもオフモードだ。
二人で暮らし始める時に一番こだわったのはこの大きなベッドで、その甲斐あって寝心地は申し分なかった。勢いよくダイブしても受け止めてくれるふかふかのベッドマットが心地良い。このまま目を閉じて眠ってしまおうかと思ってから、ふとちらりと横目で隣を見る。今は空の右側のスペースは太刀川の場所である。
……太刀川さん。そう心の中で呟いて、軽く寝返りを打ってそちらの方に体を向ける。普段は後ろに撫でつけている前髪がその拍子にぱさりと一束目の前を落ちた。じっとそちらを見つめてみても、その場所はからっぽのままだ。すん、と鼻で息を吸うと迅のものと混ざってわずかに太刀川のにおいが香って、迅は思わず小さく眉根を寄せた。急に、らしくもなく寂しさのようなものを覚えてしまったからだ。
寂しいとか、絶対に本人には言えない感情だ。自分だってそんなことを思う自分に笑える。だけど最近はお互いに忙しくて、朝や夜に家で顔を合わせるくらいはできていたし仕事でだってちょくちょく会うけれど、二人でゆっくり過ごすような完全にプライベートの時間はなかなかちゃんとはとれていなかった。
(……そりゃー、おれだって、ちょっとはそんなこと思ってもしょうがないと思わない?)
別に、一日二日会えなくたって全く平気だし、相手がいつどこで何をしていたって気にするような性質でもない。お互い束縛されるのは好まないし、相手を束縛したいとも思わなかった。自由に生きている彼こそを好きだと思うからだ。
しかし、――最後に彼と体を重ねたのは、もう一ヶ月近く前だったか。好きな人、パートナーとしてこうして人生を共にすることを選んだ相手と、会えていなくて寂しいと思うのは流石のおれでも普通のことだろう、と思う。
ゆっくりと息を吐き出したところで、ふと下半身に違和感を覚える。うわ、と迅は心の中で呟いて小さく苦い顔をした。
股間が緩く勃ち上がっているのだ。
(……いやいや、太刀川さんのこと思い出したからとかじゃないから)
誰も見ていないのに慌ててそんな言い訳をする。しかし実際、疲れている時に体のバグのような反応として、こういうことが起きるのはよくあることだ。迅だってこれが初めての経験ではない。太刀川のことを思い出したのが一ミリも関係していないかと聞かれれば即答はできないけれど――しかし、別にそれはいい。誰に問われたわけでもない、そこはもうあえて曖昧にしておくことにした。
(はー……しょうがない)
こうなってしまえばさっさと出して寝てしまうのが一番だ、と経験上よく知っていた。作業のつもりで寝間着にしているスウェットの前を寛げて、下着の中に手を伸ばす。自身に触れれば、そこがわずかに熱を持っているのを恥ずかしく思ってから、いや生理現象、と心の中で言う。
下着からそれを取り出して軽く扱き始める。そういえば自慰をするのも久々だな、と思い至る。ここ最近は忙しいからとそういう欲にも思い至らなかったし、逆に会えている時はあえて自分を慰めなくたってよかったからだ。
太刀川への恋情を自覚する前は、自分がそんなに性欲が強いとは思わなかった。自慰をするのだって、勝手に反応したそれを落ち着けるためという部分が大きかったように思う。しかし太刀川への恋情を自覚して、そしてこういう関係になってからは、どれだけ触れても何度体を重ねても飽きるどころかもっともっとと欲しくなってしまう自分に驚かされた。そしてそれは、そこから何年も経った今でも変わることがなかった。
太刀川に灯された火は、多分戦闘欲だって性欲だって迅にとってはあまりに特別で、いつまで経っても新鮮で鮮烈で、いつまで経っても消える様子がない。
(……太刀川さん、って)
そう声に出さずに呟きながら、性器全体を包むように触れてみる。回数は多いわけではないが太刀川の手で扱かれたこともある。触りあいっこなんて言いながら、結局はどっちを先にイかせるかという勝負のようになってしまうのが互いに対してはどうしようもないほど負けず嫌いな自分たちらしくておかしかった。
太刀川にされた時は、自分でするのに比べて最初から少し強いくらいの力で触れられたことを覚えている。それを新鮮に思ったのと同時にすぐ追い詰めるように動いてくる太刀川に翻弄される自分が悔しかったけれど、体を重ねた回数が増えて気付いたのは、なんのことはない、太刀川自身が焦らされるよりも直截な刺激の方が好みらしいということだった。太刀川自身が好む手管を迅に対しても仕掛けていたというだけだ。それに気付いたときは、それはそれですげーやらしいな、と思ったものだ。
何となく、いつもの自分のやり方ではなく記憶の中の太刀川の手管を真似てみる。つい先程まで、ちょうど太刀川のことを考えていたからだ。最初から少し強めに扱いてみれば、すぐに性器はじわじわと反応を示し始める。ある程度形を持ったところで、先の方に親指で触れた。敏感な亀頭をぐり、と擦れば、性感の強さに小さく太腿が震えた。
「……っ、は……」
声になるかならないかといったくらいの音が口から息と共に零れ落ちる。気持ちがいい。そのまま先端を多めに何度か擦り上げれば、あっという間に性器はすっかり勃ち上がった。
太刀川も迅の気持ちいいところを一度見付けると、流石と言えばいいのか、すぐに覚えて何度もそこを責めてきた。しかもただ力押しするだけじゃなく絶妙な力加減で迅を追い詰めてくるものだから困ってしまう。ほんと変なとこ、体使うの上手いんだよなあの人、と心の中で呟きながら手の動きを早めていく。そんなところにもどうしようもなく興奮させられてしまうのが自分なのだけれど。
先走りが零れ始めて指に絡む。ぐちゃぐちゃと淫猥な水音と乱れた自分の呼吸の音が静かな寝室の中に響く。ぬるついた手を滑らせて性器を扱いた。中心に熱が渦巻く。脳裏に浮かべるのはやっぱりあの人のことばかりだ。
別にしばらく会えないなんて珍しいことでもない。こうして一緒に暮らすようになる前なんてもっと会わない期間だってざらにあったし、それでも平気なつもりだった。強がりが全くなかったとは言わないが、それでも別に、ある程度会えなくたって大丈夫な方だと思っている。けれど一度思い出してしまうと、急にらしくもない思いが自分の中で膨らんでしまうことがあるのが厄介だった。あの人に関することだけは、自分の感情をうまく制御しきれないのは昔からのことだった。
「ん、……っ」
鈴口を撫でるとひっかくくらいの間の強さで触れると、強い性感が体の中を駆けていく。男の特に敏感なところだ。迅もそうだし、太刀川もここを責められると弱い。ここを何度もなぞってやると、あの太刀川が性感に震えて困ったような弱ったような表情を浮かべるのがたまらなく好きだった。
そろそろ限界が近い。横向きのまま迅は枕に半分顔を埋める。息を吸うと、ほんのわずかに香る太刀川のにおいに煽られた。たちかわさん、と声には出さずに口の動きだけで呼ぶ。脳裏にいる彼が、なんだ、という顔をする。自分はセックスの最中、何度も太刀川の名前を呼んでしまう癖があるようで――冷静に思い返してしまえば自分でも恥ずかしいのだけれど――しかし名前を呼ぶ度、こちらを見つめるその茫洋な瞳が好きだった。受け止ってもらえている、と思える、それがどうしようもなく嬉しかったのだ。
そんなことを思い出しながらぐんと強く擦り上げると、手の中で精が弾けた。どろりと手のひらに熱いものが放たれて、迅は大きく息を吐く。枕に吸われた息の熱さを少しだけ恥ずかしくなんて思う。高まった熱が体からじわりと引いていくのを感じる。自慰の後の、こうしてゆっくりと頭が現実に戻っていくような感覚は迅はあまり得意ではなかった。仕方ないんだけどさ、と心の中でぼやく。
わずかに荒くなっていた呼吸を整えた後、のろのろと上半身を動かして手近にあったティッシュボックスを引き寄せる。さっさと後処理して寝よう、と思っていると――玄関の方からガチャリと音が聞こえた。
(……、え?)
思わぬ展開に、手にティッシュを適当に掴んだままの姿勢で迅は数瞬固まってしまう。勘違いか、と思いたかったけれどその後にもがちゃがちゃと物音が続いて、そして「ただいまぁー」と普段の数割増しでのったりとした低い声が続いたせいで仮説が確信に変わってしまう。
(いや嘘だろ、今日飲みじゃなかったの!? いくらなんでも早すぎるだろ……っ)
混乱して自分らしくもなく慌ててしまった間にも、ドアを挟んだ向こうから「あれ? 迅、もう寝てんのか」という声が聞こえる。別にもうすっかり色んな姿を見せ合った仲だし、悪いことをしていたわけでもなし、ひた隠しにする必要もないのかもしれないがしかしこの色々丸出しの状況を見られるのは流石に自分のプライドが許さなかった。未来視の能力が薄らいできたことはもう自分の中でも気持ちの落としどころはつけているし、未来視なしで生きていくことの面白さだって最近はあの人の隣で実感し始めていたが、しかしこういう時ばかりは未来視がまだ万全だったならと悔やんだ。
白濁で汚れた自分の手をティッシュで雑に拭ってそのゴミを丸めて捨てて、寛げたままだった前を整える。そうして最低限の身支度を終えたところで、「迅?」という声と共に寝室の扉が開かれた。
酒のせいだろう、普段よりもほんのりと血色が良い太刀川とばちんと視線が絡む。その視線はあえて逸らさず、へらりと普段と変わらない表情をわざとらしく貼り付けて迅は口を開いた。
「太刀川さん、おかえり。早かったね?」
太刀川はそんな迅の言葉を聞いているのかいないのか分からないような顔で、じっと迅を見つめた。そして今はもうすっかり様になっている顎髭に手をやるいつものポーズをして、にまりと楽しげに口角を緩ませた。酒に酔っている時の太刀川は、普段よりいくらか感情の機微が表情に素直に現れて分かりやすくなるのだ。
「じーん?」
そう名前を呼ぶ太刀川の声は、すっかり楽しいおもちゃを見付けた時のそれだ。ふわふわとどこか弾んだ声をかわいいなと思う自分と、本当なんでこの人変なとこ鋭いんだろ、と思ってしまう自分が同時にいる。そうこうしている間にも太刀川はつかつかと迅のいるベッドの方まで歩いてくる。酒が入ってはいるが、足取りはしっかりしているようだ。
「……なに?」
迅はわざとそうすっとぼけてみせる。しかしそんな誤魔化しがこの人に――特に、ほどよく酔って楽しくなっている時のこの人に通用するとは思っていない。外面は取り急ぎ整えたけれど、しかしどこで気付くのか、わずかに残ったにおいなのか雰囲気なのか。この人の動物的とも言うべき勘の強さには恐れ入る。
広いわけでもない寝室だ。すぐに太刀川が迅の目の前まで来て、迅が座るベッドに片足を乗り上げて迅と距離を詰めた。そうして迅の目をわざとらしく覗き込んで、太刀川が面白がったような表情のまま言う。
「一人で、お楽しみだったみたいだなぁ?」
お酒のせいか、普段より緩くなった語尾で太刀川が迅に問いかける。それには迅を責めたり笑ったりするような色はなくて、ただただ迅の反応を楽しもうとするような様子だった。まあそうなるよなあ、と思ったのは薄らいできた未来視ではなくもうすっかり長くなったこの人との付き合いによる予測だ。
迅はどう返そうか迷って、一瞬ぐっと唇を軽く引き結ぶ。最近忙しくて疲れてたから勃っちゃったんだよ、と本当と言い訳の間のような言葉を返してもよかった。けれどしかしなんとなくそれもこの場で言うのは違う気がしてしまって、あえて迅は、太刀川が好みそうな言葉を選んでみせた。
「……一ヶ月近くご無沙汰だったんだからさ、溜まっちゃうのも仕方ないでしょ?」
太刀川から向けられたまなざしを挑戦的にこちらからも返してみせると、太刀川はひとつ瞬きをした後、「ふうん?」と言って目を細める。その姿は、まるでひどく機嫌の良い獣のように思えた。そうして次の瞬間には太刀川がぐっと顔を近付けてきて、唇が触れた。
久しぶりのその柔らかくて熱い感触に、それだけでこちらの体温もぐんと上げられる。一ヶ月近くそういった触れ合いがほとんどなかったっていうのに、さらりと自然な流れみたいにしてこういうことをしてくるんだからこの人はずるい、と思う。
触れた、というより押しつけられたといった方が近いその唇の隙間からは当然の権利とでもいったように舌が伸ばされて、迅の唇に強請るように触れた。拒む理由なんてあるはずもなくて、すぐに口付けは深いものに変わる。ざらついた舌が擦れ合う感触に、ぞくりと興奮が背中を駆けていく。ああ、すきだ、と頭の隅でまるでうわごとみたいに思った。アルコールのせいか、太刀川の口の中はいつもよりも少し熱い。太刀川の口の中をひとつひとつ可愛がるみたいに舌でなぞると、負けん気の発露なのか舌を絡ませて応戦してくる太刀川に、こちらも同じように舌を絡ませた。どちらのものか分からない唾液が絡んで、飲みこみきれず口の端からつ、と零れ落ちていく。「ん、……っ」と太刀川が吐息混じりの鼻にかかったような声を零すのに、ひどく興奮させられた。
呼吸が苦しくなって、ようやく唇を離す。舌同士の間を唾液の糸が伝ってゆっくりと切れた。唾液で汚れた口元を適当に手の甲で拭う。太刀川も同じような仕草をした後、再び迅をゆるりとその瞳がとらえた。その目の奥にはもう、間違いようのない色を灯し始めている。大きく息を吐き出す太刀川の唇が濡れて赤々と光っているのをいやらしく思った。そんな太刀川を少しの間見つめた後、はっと思い出して迅は口を開く。
「ていうか、そうだよ、なんで今日こんなに帰り早いの? まだ全然、しばらく帰ってこないと思ってたんだけど」
諏訪たちと飲み会と聞けば遅くなるだろうことはこれまでの経験上簡単に予想できたのだ。なぜこんな飲み会にしては比較的健康的な時間に帰ってきたのか分からなくて太刀川に聞けば、「あー、それなあ」と先程まで濃厚なキスを繰り広げていたとは思えない、相変わらずのマイペースな声音で太刀川が答える。
「諏訪さんたちが急に明日朝イチの会議が入ったんだと。そんで寝坊できないから今日は早めに解散になった。また今度時間あるときに飲み直そうぜっつって」
「あー」
それで今日はいやに早い解散になったらしい。そういうこと、と迅が呟いたところで、太刀川は「で?」と言って迅の顔を覗き込んでくる。その表情は分かりやすくニヤニヤとしていて、まるでいたずらを企む子どものようだった。
「溜まってたんだろ? 迅。一人でしてもう満足なのかよ?」
質問の体裁をとっているというのに、答えなんてもう分かっている顔をしているのだからこの人は性質が悪い。普段からこと迅が絡むとそうなのだけれど、特にアルコールが入ったときはより顕著だ。楽しそうな様子を隠しもしない。だからこちらだって、格好つけたいがために取り繕うのがばからしく思えてしまう。
太刀川を見つめ返して、迅もにまりとわざとらしく口角を上げてみせた。
「そんなわけないじゃん。……太刀川さん」
きて、と、わざと甘えた声を出してみる。すると太刀川は楽しげにその目尻を緩ませた後、再び体を寄せてきた。服を着ている同士なのにぐっと近付いた体は太刀川の生身の温度をじわりと伝えてくるようで、それだけでこちらの熱も上がってしまいそうだった。
ぢゅる、とわざとらしいほど淫猥な水音が寝室の中に響いて、しかしその下品とも言えるくらいの明け透けさはむしろこの状況に限っては興奮を煽る材料にしかならなかった。口を窄めて吸い上げるみたいにしていた太刀川が今度は舌で裏筋をねろりと舐めて、そのざらついた感触にぞくぞくと性感が駆け上がる。
内腿をひくりとわずかに揺らしてしまえば、その迅の反応を目敏く見付けた太刀川が再びそこを舐めてくる。は、と零れた熱い息に、太刀川が迅の性器を咥えたまま得意気に目だけで笑った。ホント、こーいうとこだよな、と口に出さずに迅は思う。どんな時だっておれに対して負けず嫌いでおれが反応すると嬉しそうにして、この人に翻弄されること自体は悔しい気持ちも未だにたまにあるのだけれど、この人のそういうところが好きで、かわいいと思って、エロくて、たまらない気持ちになる。
溜まってんなら口でしてやろうか、なんて言った太刀川にこちらが押し倒す前に先程整えたばかりのスウェットのズボンを下着もろとも剥ぎ取られて、あっという間にこの状況だ。迅はどちらかといえば気持ちよくなる太刀川を見るのが好きなのでする方が好みなのだが、太刀川にされるのも嫌いじゃない。むしろ好きだ。単純に気持ちが良いし、それに迅のそれを咥えている太刀川という視覚刺激は何度見ても強烈だった。
「ん、……っ、うあ」
亀頭の部分をなぞった舌が鈴口を押し込むみたいに触れてきて、思わず声が零れてしまう。太刀川はそれに気をよくしたようで、何度も先端のあたりを責めてくる。やっぱり太刀川がする時は迅よりも力が強めだ。普段からそうだけれど、酔っている時の太刀川は少し力加減の判断が緩くなるようで、押しつけられる舌の力が強い。それにアルコールのせいで体温が少し高くなっているので、口の中も普段より熱く感じた。
(あー……やっば)
先程一度自分の手で出したばかりだというのに、すっかり自分の性器が熱を取り戻しているのが分かる。先端の濡れた感触は自分の先走りなのか太刀川の唾液なのかもはやよく分からなくなっていた。吐き出した息が自分で思ったよりもずっと切迫していて、獣じみていて笑える。
その呼吸の音に誘われるみたいに、太刀川がまた視線をこちらに向けた。楽しげなくせに欲に濡れているその瞳の奥にこそまた凶暴な獣の影をみた気がして、それにまたぞくりとする。
迅のものを口に咥えているままなので喋ることはしないが、太刀川の視線で何を聞きたいかが分かってしまって、迅はふっと小さく口角を緩ませる。その目の色だけで分かるようになった自分自身に、優越感のようなものを覚えながら迅は手を伸ばして太刀川の髪に触れた。指でその緩く癖のついた髪を遊ぶように梳きながら言う。
「きもちーよ、太刀川さん」
そう言うと太刀川の目が満足げに笑う。その表情がひどくみだりがわしくて煽られた。迅のものをもう一度舌でねろりと舐め上げた後、太刀川がそこからゆっくりと口を離す。久しぶりにむき出しになったそれはもうしっかりと勃起していて、期待するみたいに熱く脈打つそれが先走りと太刀川の唾液でぬるぬると光っているのが、さらに見た目の凶暴さを引き立たせていた。それを一瞥した太刀川が、ふっと口の端を上げて迅を見て口を開く。
「一人でするより?」
あまりに分かりきったことを聞かれて、こっちこそつい笑ってしまった。そんなの、比較対象になるはずもない。くっと笑ってから、細めた目で太刀川を見つめ返す。
「太刀川さんにされる方がいいに決まってんじゃん。言わせたくて聞いたでしょ、今?」
「まーな」
迅は体勢を変えて前のめりになって、ぐっと太刀川に顔を近付ける。太刀川の頬に手を添えれば太刀川も迅がしたいことが分かったようで素直に上体を起こしてくれた。そのまま太刀川の唇を奪う。軽く舌を絡ませて、離す。
「っは……、にが。あとやっぱお酒くさい」
そう素直な感想を言うと、太刀川は何かツボに入ったのかおかしそうにけらけらと笑う。
「って言う癖にキスしてくるんだよな、おまえ」
苦いのは自分の先走りのせいだ。自分の体液を味わうなんて趣味はないしできれば御免被りたいが、それが太刀川の舌であれば話は別である。
「いいでしょ。最近してなかった分。それに味より誰とするかのがおれにとっては重要なわけ。おれがあんたにベタ惚れなことくらい、知ってるでしょ」
要するに味がどうこうなんて二の次三の次、太刀川とのキスであればそんなものどうだっていいのだ。そう伝えると太刀川は楽しそうな表情のまま、目元を柔らかく緩ませてまた小さく笑う。
「っはは。知ってる」
綻んだ太刀川の表情は満足げで、だというのにプレゼントを貰った子どもみたいに嬉しそうで無邪気な色もあって、この人のこういうところ本当ずるいよな、と今まで何度思ったか知れないことをまた思う。口はよく回るくせに、そんな風に素直に喜ばれたら、かわいいと思わずにはいられないだろう。どうしようもないほどに。何年経ってもそうなのだから、きっと一生おれはこの人にそう思わせられ続けるのだろうと思っている。
「そいつはどうも」
少しだけ悔しくて、それよりもずっと嬉しくて、愛しいようなそんな気持ちを誤魔化すみたいにそう言ってから、太刀川の腕を引いてベッドに押し倒した。ぼすんと素直に転がった太刀川の上に覆い被さると、迅の影が太刀川に落ちる。急に形勢逆転された太刀川はしかし不満げな様子も無く、迅を見上げて不敵に笑ってみせる。
「こっちはもういいのか?」
そう言って向けた視線の先は先程まで太刀川の口の中に咥えこまれていた性器だ。すっかり準備万端という様子のそれを臆面もなく見る太刀川に、ほんと太刀川さんだよなあ、と迅は思う。
「うん、太刀川さんの中で出したいからさ。それにおれもそろそろ太刀川さんを気持ちよくさせたい。……太刀川さんの気持ちいい顔、久々に見せてよ」
迅の言葉を受け取った太刀川が、ふっと目を細める。
「いーぞ」
そう言っていつもなんてことないみたいに許してくれる、受け入れてくれる、それが嬉しくて迅は再び太刀川の唇を奪ったのだった。
太刀川のかっちりとしたシャツを自分の手で脱がせるときはいつも興奮する。そう以前太刀川に言ったときは、おまえヘンタイくさいぞ、と呆れられてしまったがこれはもう仕方がない。シャツのボタンを自分の手で全部外してそのまま鎖骨にかじりつくと、「全部脱がせろって。腕だけ残ってると気持ち悪い」と言われたのでリクエスト通り上半身は早速一糸纏わぬ状態になってもらった。
首筋、鎖骨、と丹念に唇を滑らせた後、しっかりと無駄なく筋肉のついた胸元の真ん中、既につんと立ち上がっている乳首を口に含んだ。片方を舌で嬲るように舐めて、もう片方を指できゅっと軽く摘まむと太刀川の呼吸がわずかに乱れる。そのまま何度も柔らかく愛撫してやると、「っぁ、」と吐息混じりの音を零した後太刀川が不満げな声を上げる。
「迅、それ、焦れったい」
「あぁ、ごめん。酔うとちょっと感覚鈍くなるもんね? 強めの方が好きだったよね、太刀川さんは」
わざとらしくそう言ってから、かり、と乳首に歯を立てる。指の方もぐっと押しつぶすようにしてやると、太刀川の体がびくりと小さく震えた。その反応に内心でほくそ笑みながら迅は再び口を開く。
「太刀川さん、気持ちいい? すっかりここも感じるようになってくれたよね」
「お、まえが何度もしつこくするからだろ、――……ッ!」
言いながらまた指で強めに捏ねるように弄ってやると太刀川の語尾が揺れる。その素直な反応に、かわいいと思わずになんていられないだろう。
最初の頃は乳首を弄っても「そんなとこ舐めて楽しいか?」だなんてつれない反応だったというのに、今ではすっかり性感を拾うようになってくれた。太刀川の言葉は、事実そうだし、太刀川の言葉は「おまえが教え込んできたせいで体を変えられてしまった」と言っているのと同義でありそう思うとたまらない気持ちにさせられる。あの泰然自若として、自分をしっかり持っていて、いつだって彼らしいままの太刀川が迅の手によって変えられたなんて思えば、ひどく凶暴な優越感に脳が支配される。
「ん……っ、ぁあ」
今度は指でしていた方を口に含んで、口でしていた方に指を這わせる。そうして繰り返しそこを舌と指で愛撫していると、太刀川が小さく声を零す。空いている方の手で太刀川の体の輪郭を滑らせるように撫でた。肌はアルコールも相まってか既にしっとりと汗ばんでいて、それがひどく色っぽく思えて興奮する。
腰を丁寧に手のひらで撫でると、太刀川の太腿が期待するみたいに小さくひくりと揺れた。それに煽られるまま、最後に強めに先端を吸い上げてようやく太刀川の胸から唇を離す。迅に散々嬲られたそこがつんと立ち上がって唾液でてらてらと光ってなんともいい眺めだった。
もう片方の手も腰に這わせて、迅はかちゃかちゃと雑な音を立てながらベルトを外してすぐ太刀川のズボンを取り去る。ベルトはつける時にはなんとも思わないが、こういう時には邪魔だなと内心で思う。まあそれもまた、興奮するといえばするのだけれど。
ついでに靴下も一緒に脱がせれば、太刀川の体を覆うものはボクサーパンツ一枚のみになった。下着の上からゆるやかに存在を主張しているものに指で触れると、太刀川の体がわずかに揺れる。
「パンツも、もう脱がせろよ。布越しだとまどろっこしい」
「太刀川さんってほんと恥じらわないよね、こういう時」
迅が苦笑すると、太刀川は「話が早くていいだろ」なんて返してみせるのだから太刀川はどこまでも太刀川だ。太刀川の言う通り早速パンツに手をかけてぐっとずり下ろすと、太刀川のそれが姿を現す。もう多少は形を成し始めているものの、まだ完全に勃起するというほどには至っていないようだ。手で直接触れると、太刀川がひくりと体を揺らした。
「ん……」
手全体で包み込むように触れて、先端をつつ、と親指で撫でてやると太刀川が小さく息を吐き出す。そうした後「あー」と太刀川が少しだけ困ったような声を零した。
「酒飲んでるから、今日ちょっと勃ち悪ぃかも」
言われて、ああ、と思う。普段と比べて、反応の割に手の中の熱があまり育っていない気はしたのだ。アルコールを入れすぎると興奮はしても勃起が弱くなるというのは互いに初めての経験ではない。
「別に、気持ちよくないわけじゃないから安心しろよ」
からかうように目を細めて太刀川がそう付け足すので、迅はくっと笑ってしまう。
「それは心配してないよ。太刀川さんが気持ちよさそうなのは、見ればわかるから」
そう言うと、太刀川はふは、と口元を緩ませる。
「そうか」
「そう。おれを誰だと思ってんの」
「ま、そうだな。迅だからな」
そんなにあっさりと納得されるのがなんだか面白いような、じわりと気恥ずかしく嬉しいような、そんな気持ちにさせられる。いずれにしても、ひどく充足感がある。
迅は太刀川に軽いキスを落とした後、そういうことならと思いついて性器は深追いせず手を離した。その代わりのようにその奥に手を滑らせて、今日はまだきゅっと固く閉ざされたそこに指の腹で予告するようにつつ、と柔らかく触れる。期待するみたいに太刀川の目の奥の色に深さが増す。
ベッドサイドの引き出しに手を伸ばして、ローションとゴムを取り出す。ローションを適当な量手のひらに出して、体温で少し温めてから先程の場所に再び指で触れた。
「いれるね」
「ん」
予告してから、指をつぷりと沈ませる。ほとんど毎日のようにしている時ならともかく、一ヶ月も空くとそこはすっかりまた固くなっていた。熱くて、きゅうきゅうと指を締め付けてくる中を傷つけないようにしながら進んでいく。内壁をぬるりと撫でると、太刀川の腰が小さく跳ねた。
「っ、あ」
零れた声に気をよくして、同じ所を指で何度か往復する。ここも太刀川の好きな場所のひとつだ。指で擦られる度太刀川の呼吸がわずかに揺れて、それにこちらも煽られる。指をくっと曲げて入口近くのその場所――前立腺にかり、と傷つけない程度の絶妙な力加減で爪を立てると、太刀川の体が一際大きく跳ねた。
「ッ――ぁあ、っ!」
「太刀川さん。ここ、気持ちいい?」
「ああ、気持ちい……ぅあ、あっ」
今度は指の腹で押しつぶすようにしてやると、太刀川がまた声を震わせる。迅が指を動かす度に反応をくれるのが嬉しくて、入口を広げる動きをしながらも太刀川の好きなところを何度も指で擦る。何年もかけて後ろでの気持ちよさを教え込んだ太刀川の体はその度に小さく震えて、そのいやらしさにたまらない気持ちにさせられる。
いつもより意識的に時間をかけて解しながら、そろそろいけるかな、と思って二本目の指を挿入する。指を動かす度ぐちぐちとローションが水音を立てるのが、いやらしいことをしているという実感を俯瞰で連れてくる。先程も擦った場所を今度はバラバラの動きで指二本で責めたてると、太刀川がまた体を揺らした。
「は、……っあ、あ」
入口近くをまた散々可愛がった後に、ぐっと指を押し進めて指が届く一番奥に触れる。奥も太刀川が好きなところだ。とんとん、とノックするように触れると、太刀川が「ぅ、あ」と声を漏らす。
「奥もさ、好きだよね」
奥を弄りながらわざとそう聞いてやると、太刀川は予想通りむっと不満そうに眉根を寄せた。
「好……きだけど、そこじゃまだ足りないって知ってんだろ。なあ、早くしろって」
指が届くよりももっと奥。つまり、性器を挿れて初めて触れられる場所だ。
そうやってわざとけしかけて強請られるのが好きなんていう性癖は自分でも性質が悪いなと思うのだけれど、太刀川はいつもそうやって受け止めてくれるから、つい調子に乗ってしまう。それにこうやって迅が好きなように振る舞ったとして、本気で嫌ならば嫌とはっきり言える人なのもありがたかった――交情の時に、太刀川に本気の本気で嫌だと拒まれたことなんてこれまで無いというのはある意味困りものなのか嬉しいことなのかは判断に困ってしまうけれど。
「そう言ってくれるのは嬉しいけど、まだもうちょっと。おれのがちゃんと入るように解さないと」
半分は本心で、半分は建前だ。太刀川は迅の言葉をどう受け取ったのか分からないけれど、最終的には呆れの混じった顔で、しかし迅の好きにさせることにしたようだった。
「んっ、……ぁ」
二本の指で入口を解しつつ、中の気持ちいいところを擦ってあげてから、そろそろいけるかなと思って三本目を含ませる。三本目を挿れるとさすがに入口はきゅうきゅうと強く締め付けてきて隙間もない。それをゆっくりと解いてやるように指を動かす。最初の頃は見よう見まねだったけれど、今ではすっかり慣れた動きだ。搾り取ろうとでもするくらいにきつかった入口が少しずつ解れてきた感覚を受けて、再び中の太刀川の弱いところを指で責める。太刀川の体がびくんと跳ねる。
「ぁ、あ、そこ、っ」
「ここだよね」
「ぅあ、あ……ッ!」
太刀川が言った箇所を強めにぐ、と指で擦れば、太刀川の声にさらに甘さが増す。太刀川の瞳はアルコールに加えて性感によって潤んでいて、太刀川の体はもうすっかり汗ばんでいて、触れているどこもかしこも熱い。前髪の一部は汗で顔に貼り付いている。放っておかれっぱなしだった太刀川の性器は先程の太刀川の申告通りアルコールのせいで完勃ちこそしていないものの、中途半端に反り返ったそれは先端から先走りを零して太刀川のきれいな腹筋をぬらぬらと薄く塗らしていた。その光景のあまりのいやらしさに、迅はごくりと思わず唾を飲み込んだ。
エロい、すきだ、かわいい、もっと見たい、なんて単純な言葉ばかりがぐるぐると迅の頭の中を支配していく。
「んぁ、あ、あ……」
指を動かす度、内側に触れる度に普段よりずっと甘くなった低い声がぽろぽろと零れる。まるで我慢なんてきかないといった様子だ。それを愛しく思いながら、もっと聞きたくて指の動きを激しくする。それに比例してぐちゅぐちゅとローションが立てる水音もうるさくなるのが下品でいやらしい。最初はきつかった入口もすっかり解けてきて、もう迅を難なく受け入れられるくらいにはなっていると分かる。
普段だったらもういい加減指を抜いて中に入る頃合だけれど、今日はまだそうするつもりはなかった。奥を触っていた指をゆっくりと引いたけれど、目的は違う。入口の手前にあるそのしこりに再び指を伸ばすと、太刀川がまた大きく体を震わせる。
「ぃ――ああ、ッ!」
声と共に、とろ、と太刀川の性器から透明な液体が零れる。そのまま何度も執拗にそこを責めたてると、太刀川の体がわかりやすくびくびくと跳ねて、快感の逃がし場所が他に無いのだろう、その大きくて男らしい無骨な手がシーツをぎゅっと掴んで小さく震えるのがかわいくてたまらなかった。
「ぁ、あ、じ……んっ」
喘ぎ声の合間に名前を呼ばれる。水の膜が薄く張った格子の瞳がこちらを強く見据えてくる。視線が絡んで、ぞくりと背筋を駆けたのはひどく野生じみた興奮だ。迅に抱え上げられていた足が動いたかと思えば、迅の腰の少し上あたりをホールドするように絡ませられた。そんな次の瞬間には、げし、と足で背中を叩かれたのだから本当に太刀川はどこまでも太刀川だと思う。
「った、危ないよ」
指を挿れている状態でそんなことをされては危ないというのは本心なのでそう言うと、文句を言いたいのはこっちの方だとばかりの表情をした太刀川に「うるさい、しつこい」と一蹴される。
「もー無理だ、はやく、挿れろって、迅」
荒くなった呼吸のせいで途切れ途切れになった声でのそんなおねだりに、迅はたまらない気持ちになって自分の唇をぺろりと舐めた。ぐり、と指でまだ触れたままだったそこを軽く押すと、太刀川が「ッあ……!」とまた声を上げて体を跳ねさせる。
「本気で嫌なら、嫌って言って? そしたらやめるから。でもさ」
正直なところ、こっちだって限界が近い。なんたって久しぶりだし、先程太刀川に舐められて固くなった性器は既にギリギリまで張り詰めていた。今すぐ太刀川の熱い中に突っ込んで好きなように揺さぶってぐちゃぐちゃにかき混ぜてやりたい、なんて甘美な欲に揺さぶられている。二人でどろどろに気持ちよくなりたかった。
でも、今日は別に見たいものができてしまった。
「沢山気持ちよくなりたいって思わない? 久々だし、おれ、今日は太刀川さんの気持ちいい顔いっぱい見たい気分なんだよね。――ねえ」
太刀川だってもう限界が近いのは分かっていた。このまま挿入してもよかったし、手で性器を触ってイかせてあげてもよかった。けれど、折角なら、もっともっと深い快感に浸ったこの人を見たいと思ってしまった。すう、と目を細めて、挑むように太刀川を見つめ返す。
「あんたのぐずぐずに蕩けた顔が見たい。ね、おれの指でイってよ、太刀川さん」
折角、太刀川が目の前にいてこうして体を許してくれているのだ。久しぶりに、太刀川の気持ちいい顔を存分に堪能したかった。
それに太刀川が好むように性急に事を進めるよりも、じっくりと焦れったいくらいに体に熱を灯していった方が、最終的に得られる快感は深くなるのだと経験上よく知っている。
指を挿入したままの内側が、きゅうと軽く締め付けを強くしたのを感じた。太刀川が迅のこの顔にひどく弱いことを知っていて、わざとそんな表情を作ったのだ。素直な反応がかわいくて堪らなくて、ついほくそ笑みそうになってしまう。表情に出ていたのだろうか、そんな上機嫌な迅に対して太刀川が少しだけ悔しそうな表情をした。
「あー……くっそ。お、まえそれが目的でネチネチしつこく――ッあ、あ」
指を動かすと、太刀川の言葉は途中で喘ぎ声に変わった。嫌だとは言われていないので、このまま続けていいということだろうと解釈することにする。
この人、本当におれに甘いよなと思ってどうしようもないほどに嬉しくもなるし、いっそ少し心配にもなる。けれどそれだけおれのことを愛してくれちゃっているということなんだろう。そこを今更に疑う余地なんてないほどに、自分たちの付き合いはもう浅くも短くもなかった。
太刀川の弱いところばかりを何度も執拗に責めたてて、傷つけないようにということは大前提にギリギリの強めの力で擦ったり軽く引っ掻いたりしてやる。「あ、ぁ」という太刀川の声がもうひっきりなしになって、部屋の中は太刀川の喘ぎ声とローションが立てる淫猥な水音がどろどろに混ざり合っていく。太刀川がどんどん追い詰まっていくのが手に取るように分かる。
「ぁ、あ、迅、も、やば……イ、く、って」
「うん。いーよ、イこ?」
途切れ途切れになる声で訴えてくる太刀川にそう返した後、前立腺のしこりをぐり、と押し込むように触れる。その刺激があまりに強かったようで、太刀川の体がびくんと大きく跳ねた。
「ッあ、ああ、――……ッ!!」
声を上げて、内側がきゅううと一際きつく締まる。じっとりと汗をかいた顔は赤らんでいて、呼吸も荒い。それらの反応は完全に達したときのものなのに、太刀川の先端からは未だとろとろと透明な先走りが零れているだけだ。
それは見たかったものと相違なくて、迅はつい口角を上げてしまった。太刀川はそんな迅に構う余裕などないようで、は、は、と荒い呼吸を繰り返している。
まだ中にいる指を僅かに動かす。それだけで太刀川の体は大袈裟なくらいにびくりと反応してみせた。体を跳ねさせて、「ぅ、あぁ……」と甘い声を零す。
「っあー、かわいい、太刀川さん」
あまりの光景に、思考がそのまま口から零れ落ちる。
精液を出さずに達するのはあまりに快感が深く、達したときの感度がずっと続いているような状態なんだそうだ。つまり今はほんの僅かな刺激でも太刀川にとっては大きな快楽になるのだろう。こうなった時の太刀川は自分をうまく制御しきれないようだ。必死で呼吸を整えようとしながら、迅が与えるもの全てに深く反応してくれる。
太刀川という人は、いつだって強くて、泰然として、鷹揚で、少し悔しくなるくらいにどこまでも格好良い人だと迅は思っている。だからこそ憧れて、焦がれて、どうしようもなく好きになってしまった。
そんな人が、自分に体を許して、好きにさせて、自分の下でこんなふうに性感に乱れた姿まで見せることを許してくれる。迅のしたいことを、おまえだからいいと言ってどこまでも受け止めてくれる。嬉しくて、愛しくて、どうにかなりそうだった。
ずる、とようやく太刀川の中から指を抜くと、それだけでも太刀川が「んっ、あ」と喘ぎ声を漏らす。たっぷり時間をかけて解したそこはローションでどろどろに濡れて、ずっと中にいたものを失ってひくひくとわずかに収縮していた。深く息を吐き出したのは、自分の中に渦巻いた凶暴な衝動を少しでも和らげるためだ。焼け石に水でしかないかもしれなかったけれど。
ベッドサイドに置いていたゴムの袋を手に取り、雑な手つきで包装を開ける。さすがにもうここで紳士ぶっている余裕なんてなかったし、どうせそんな振る舞いは太刀川相手には意味もないことだと思う。
太刀川が迅を見る。普段よりも焦点の甘い瞳が期待するようにじっと焼け付くような熱さで迅の一挙一動を見ていて、それにこっちも煽られて、しかし手つきだけは焦らないように手早くもうすっかり慣れた手つきで自身にゴムを取り付けた。
「太刀川さん」
ひたりと入口にそれを宛がう。名前を呼んで、視線が絡んで、それを合図みたいにして迅はぐっと中に熱を勢いよく突き入れた。
「――っ、あああ、あッ……!!」
また中が締まって、びゅ、と太刀川の先端から白濁が薄く混じった先走りが零れる。太刀川の体がびくびくと震えているのが、組み敷いているのでよく見える。きつく締め付けられて思わず迅は息を詰めた後、は、と喉から切迫した呼気が零れた。
「た、ちかわさん。挿れただけでイっちゃった? かーわいい、ねえ、おれので気持ちよくなってくれて嬉しい」
もう思考の箍なんて外れて、思ったことがそのまま口からぽろぽろ零れ落ちていくようだった。思うままにそんなことを口にすると、迅の下で太刀川は上気した顔のままふっと笑う。その表情がいやにかわいく見えて、こういう時にそんな顔するからずるい、とも思って、その衝動に突き動かされるまま腰を動かした。
「あ、っ、うあ……!」
指では届かなかったもっと奥。太刀川の好きなところ。そこをぐんと性器で突くと、太刀川が声を上げる。ぐりぐりとさらに最奥に擦りつけるみたいに動かすと、性感で太刀川の体が小刻みに震えた。
自分の頬をつ、と汗が伝う。しかしそれに構う余裕はもう迅にもなかった。太刀川の中は熱くて、信じられないくらい気持ちがよくて、繋がったところから熱が融解して体全体の温度を上げていくようだった。感じ入っている太刀川は迅のものをぎゅうぎゅうと締め付けてきて、搾り取られそうだ。油断するとすぐにでも達してしまいそうなのをプライドと意地で堪える。「っ、ぁ」と吐き出した息と一緒に思わず声が零れると、太刀川が迅を見て小さく笑う。その表情はどこか満足げで、しかしどこまでも柔らかかった。
シーツを掴んでいた太刀川の手が不意にこちらに伸ばされて、迅の首元に絡んだ。太刀川のそんな仕草に、考えるよりも早く唇を重ねた。衝動的にしたせいで不格好になってしまったけれどそんなことはもうどうだってよかった。すぐに深くなった口付けの隙間から、太刀川が小さく声を零すのがどうしようもないほどに愛しくて迅はもう一度ぐっと太刀川に唇を強く押しつけた。
唇を離すと互いの間を唾液の糸が伝う。至近距離で熱い呼吸が絡むのに自分でも面白いくらい妙に煽られた。腰をまた揺すると、太刀川が「ぅあ……!」と声を震わせる。
「太刀川さ、ん。おれも、もー、イきそ……」
そう零すと、太刀川がは、と熱い息を零してゆるりと口角を上げる。
「いー、……ぞ。早くイけ、って、おまえも、俺ん中で」
先程の迅の言葉の意趣返しなのか無自覚なのか、ぐっと迅の腰に絡めたままだった足に力を入れて引き寄せるみたいにしてそんなことを言う太刀川に、自分がどんな表情を返せたのか分からなかった。
「はーほんと、太刀川さんってそういうとこずるい」
「なんだよおまえの方がずるいだろ、っ、俺ばっかこんなイかせて、……っう、あ、あ」
ぐっと突き上げると、太刀川がまた喉を反らして喘いだ。無防備なその白い喉元に誘われて、首と肩の間くらいのところに軽く噛みつくように触れた。お酒のにおいと混じり合った太刀川の男っぽい汗のにおいが鼻先に香る。そんな戯れのような仕草でも今の太刀川には刺激になるようで、太刀川の体がびくりとまた小さく揺れる。
痕が残らない程度の甘噛みだ。キスマークをつける趣味はない。わざわざ体に所有印を残して見せつけて悦に浸る趣味はないというのと、そこまで箍を外してしまったら自分がどうなるのか内心ではほんの少し恐ろしくもあるからだった。
がつがつと腰を揺さぶる。その度に太刀川のすっかり甘くなった声が迅の鼓膜を揺らした。二人分の呼吸の音が荒くて、獣じみていておかしかった。体中が熱くて、気持ちがいい。蕩けた表情をみせてくれる太刀川が可愛くてたまらない。
ずっと放っておかれっぱなしだったそこ、自身の先走りでとろとろに濡れている太刀川の性器に手を伸ばす。指先が触れただけで、太刀川の体が大きく震えた。そのままゆるく扱いてやると、内側がまたきゅうと強く締まる。
「ぅあ、~~ッじ、ん、っあ……!」
「っあ……中、っ、きっつい。気持ちいいよ、太刀川さん、ね、一緒にイきたい」
そんなわがままじみたことを言えば、性感にすっかり乱された太刀川には届かなくても構わないと思っていたのに首元に回った腕を返事のようにぐっと引き寄せられた。心臓がぎゅっと音を立てる。誘われるまままた唇を触れ合わせた。触れて、離れて、太刀川の性器を扱く手の動きを激しくする。
喘ぎ声の合間に呼ばれる自分の名前のその音を胸が苦しくなるくらいに大切だと思った。器に入りきらなくなった感情がぽろぽろと零れ落ちるみたいに、たちかわさん、と何度も名前を呼ぶ。ゆっくりと腰を引いてから、一番奥までまた貫くと、太刀川が大きく体を震わせた。
「――ッう、あああっ……!!」
「~~っ、ぅ、あ……っ」
太刀川が吐き出した白濁が迅の手を汚す。一際大きく締まった中に導かれるみたいにして、迅も太刀川の中で吐精した。
熱いものをゴム越しに太刀川の中に注ぎ込むと、達したばかりの太刀川の体がひくひくと小さく震える。大好きな人の中で達する快楽は、そしてそれを受け止めて貰える嬉しさは他の何にも例えようがなくて、久しぶりになってしまったその感覚に少しだけ頭がぼうっとするような心地だった。ようやく精液を吐き出せた太刀川は先にドライで何度も達していたからかその勢いは弱くて、しかしとめどなくとろとろと迅の手を伝って太刀川の引き締まった腹筋に零れ落ちていった。
たちかわさん、と呼ぶと、力が抜けた様子の太刀川が視線だけで迅を見る。性感のせいで今にも零れ落ちそうなくらい水分を含んだその目が、しかし迅をまっすぐに見つめてくれることが嬉しくて、迅はふっと口角を緩ませた。もう表情を取り繕うような余力もないし、そんな必要も感じなかった。
もう一度唇に触れる。柔らかくてあたたかい。
「太刀川さん、好き、……すきだよ」
頭に思い浮かぶまま口にした言葉はあまりにありふれていて自分でもおかしい。しかしそれを笑うこともせず、「知、ってる。俺も、好きだぞ、迅」とまだ荒い呼吸のまま、まっすぐに迅の目を見て返してくれる太刀川が嬉しい。「うん」と頷いた自分の声がひどく甘ったるかったけれど、太刀川が満足げな表情をしていたのでそんなことはすぐにどうだってよくなった。
スマホのアラームが鳴ってぱちりと目を開ける。アラームを止めてふいに視線を横に向ければ、隣に寝ていた人の姿がないことに気が付いた。ほんの一瞬だけ、あれ、と少しだけ焦るような心地になったけれど、その理由はリビングの方からする物音ですぐに理解した。
起き上がってベッドから降りると、裸足にフローリングの床がひやりと冷たい。昨日までよりもいやに頭がすっきりしている気がしたのが、自分の身体の現金さに少し呆れるような心地になった。
寝室のドアを開けると、ふっとコーヒーのにおいが香る。「おはよ」と言うと、すっかりいつも通りの顔をしてキッチンに立っている太刀川が「はよ」と言いながらマグカップに注いだばかりのコーヒーを二つ手に持つ。そうしてダイニングまでぺたぺたと歩いて、二つのマグカップをテーブルの上に置いた。テーブルの上には既に朝食のトーストが置かれている。
昨日あれだけしたというのに、朝になれば太刀川はすっかりケロっとしているので舌を巻く。本当にこの人は体力があるらしい。
いや、元気なのはなによりのことだし安心もするのだけれど。一度本気で抱き潰してやりたい、なんて物騒なことをほんの少しだけ思ってもしまうというか、割とそうするつもりでした時もあるのだけれど実現したことがないというのは太刀川には秘密だ。――実際言ったとして、翌日休みなら別にいいぞ、やってみろよなんて煽られてしまいそうなのが目に見えているのだが。
そんな迅の思いも知らず、太刀川は「朝メシできてるぞ」なんてのんびりとした声で言う。
「あーうん、ありがと。ていうかよかったのに、今日くらい」
「別にいいぞ。体も大丈夫だし、俺今日出勤昼からだし」
そう事も無げに言う太刀川に、あーほんとかなわないな、なんて内心で思いながら「そっか。……ありがとね」と言ってから、顔洗ってくる、と言って洗面所に足を向ける。
と、ぱしりと手首を掴まれた。何かと思って振り返ると、唇に柔らかいキスが降ってくる。触れるだけで離れた唇は、ぱちくりと目を瞬かせる迅を見てにまりと弧を描く。
「なあ、そっちの仕事もそろそろ落ち着いてくるだろ?」
手首を掴んだまま太刀川が聞いてくる。迅より少しだけ高い手のひらの体温が心地良かった。
「ああ、うん。ぼちぼち落ち着いてくると思うけど」
言うと、太刀川が満足げに頷く。
「週末、休み被ってるだろ。久々にのんびりしよーぜ」
そう言った後、のんびりっつーか、イチャイチャか? なんて付け足して目を細めて楽しげに迅を見る。迅を煽るようなその目を見つめ返して、迅はくっと小さく笑う。
「……ん」
楽しみにしてる。そう言った声は昨夜の名残なのか妙に甘ったるくて、しかし太刀川はそんな迅の言葉を受け取って笑う瞳の奥にちらりと熱を揺らめかせた。
大きな窓から差し込む朝の光は眩しいほどで、太刀川のゆるく癖のついた深緑色の髪をきらきらと照らす。
特に脈絡も無く、好きだなあ、なんてひどくあたりまえになった感情がまた自分の中に生まれてはじわりと指先まで染みとおっていくように今日も思うのだ。