「おはよう」



 窓から差し込む爽やかすぎる朝の光が眩しい。カーテンは既に全開に開かれて、いい加減起きろと太陽に催促されているようだ。しかしこの適温に温まったベッドの中のぬくぬくとした心地を手放すのはまだ惜しいなんて思ってしまう。微睡みの中をまだ揺蕩おうとする意識に身を委ねて、独り占めしている広いベッドの上、迅が掛け布団を再び引き寄せてくるまろうとした――ところで、ガチャリと遠慮のない音で寝室のドアが開かれた。
「おーい、迅。いい加減起きろよ」
 ちらりと薄く目を開けて声のする方を見れば、迅とは対照的にもうすっかり眠気の名残もないような彼は寝間着から普段着に着替えも終えている。呆れたような声音で言われて、そうなんだよねえ、という思いと、久々に一日休みなんだからもうちょっとだらだら寝ていたいという思いが拮抗する。
「ん~……」
 結局曖昧な返事だけを返すと、太刀川が「ったく」なんて言葉の割にそこまで機嫌を損ねたようでもない様子で言う。ぐいと掛け布団を引き寄せると、また心地良い温かさが迅を包む。あーこのまま二度寝するのもいいな、なんて甘い誘惑を感じていると、いつの間にかベッドサイドまで来ていた太刀川が先程よりも近くなった声で迅に言う。
「今日シーツ洗濯しようって言ったのおまえだろ?」
「あー……そうでした」
 そういえば、そんなことを言った気もしないでもない。今日は一日快晴でお洗濯日和だって天気予報で言っていたから、じゃあそこでシーツとかもまとめて洗濯しちゃおうかなんて話した記憶がある。うん、確かに言ってた。数日前のおれが。
 二度寝の誘惑に浚われかけた意識がまたじわりと浮上してくる。横向きだった姿勢からごろんと仰向けになって、ぱちぱちとゆっくり目を瞬かせる。天気予報さまさまの、窓の外の快晴がやっぱり眩しい。
「じーん」
 言葉と共に、ベッドのスプリングが少し傾いだかと思えば視界に影が落ちた。太刀川がベッドの縁に座って、迅の顔の横に手をついたのだ。
 迅の顔を覗き込むように真正面から見下ろした太刀川は、まるで小さい子に言って聞かせるかのように迅の名前を呼ぶ。――何かを企んでいる時の太刀川の癖だ。
「今起きたらちゅーしてやるぞ」
 にまりと笑ってそんなことをいやに楽しそうに言うものだから、その顔をあーくそかわいいな、と思うのと、迅が断るとも毛頭思っていないような様子に少しだけ悔しさも混ざる。
「……それでおれが絶対起きるとか思われてんのもちょっと癪なんだけど」
 小さな抵抗としてそんなことを言ってみるけれど、太刀川には通用しない。
「じゃあいらないのか?」
 さらに煽ってくる太刀川に、迅は唇を尖らせる。自分でもひどく子どもじみた拗ね方だと思うが、しかしどうせここには迅と太刀川しかいないのだから問題ない。この人にはもう、恥ずかしいところも情けないところも自分の中のまだまだ子どもっぽいところも、とっくに全部知られている。
「いるに決まってるでしょ」
「よし、じゃあ起きろ」
「……はぁい」
 先程まで体を覆うようだった眠気も太刀川と話しているうちにすっかりどこかへ行ってしまった。これはもう大人しく起きるしかないだろう。迅の返事を聞いて太刀川が体を引いたのを見てから迅も上半身をむくりと起こすと、肩口が少しだけ冷たい。しかし予想していたほどの寒さではなかった。
 起き上がった迅を見てよくできましたとばかりに目を細めた太刀川が、両手を迅に伸ばす。大きくて骨っぽい、迅よりも温度の高い手のひらに両頬をがしりと包まれたと思ったら押しつけられるみたいにして唇が重ねられた。弾力のあるあたたかい唇の感触が心地良い。そのまま数秒その感覚に身を委ねて、ゆっくりと唇が離された。同時に頬を包んでいた手のひらも離れていったのを、ほんの少しだけ寂しいように思ってしまう。
「おはよう」
 そう言ってにまりと楽しそうに笑った太刀川の顔が、窓から差し込む朝の光に照らされる。悪戯っ子みたいなくせにその奥に柔らかさを湛えたその表情と、透けるように光る深緑色の髪の毛に、ぱちぱちと瞬くような眩しさを覚えて迅は思わず目を細めた。
 こんな何気ない瞬間にうっかり見惚れてなんてしまって、自分がいかにこの男に心底から惚れ込んでいるのかを思い知る。同時に、あたりまえになったふたりきりの朝という幸福を改めて自覚する。
「――おはよう、太刀川さん」
 迅が返すと、満足げな顔で頷いてくれる。それにつられるように、迅も口の端を小さく緩ませた。





(2021年12月18日初出)





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