朝焼け前のきみを食らう



 意識の浮上と共に、肩口や足にひやりとした冷たさを感じた。今日はいやに冷えるな、と寝起きのぼんやりとした頭で一瞬思う。しかし薄明るい部屋の中で目を開けてぱちぱちと瞬きをした太刀川はすぐにその理由を知った。
 目の前でこちらに背中を向ける迅が、掛け布団を自分の身体に巻き取るようにして独り占めする形ですやすやと眠っているのだ。つまり、ベッドに入ったときには太刀川にもかかっていたはずの掛け布団の半分がすっかり迅に奪われてしまっていた。今の太刀川を覆うものは寝間着のスウェット一枚だけで、冬の朝にそれは寒いはずだと納得すると共に気持ちよさそうに寝息を立てる迅に少しだけこのやろうという気持ちも湧いてくる。どうしても耐えられない寒さというほどではないが、まだ起きるには早い時間だ。自分だってもう少しあたたかい布団の中でぬくぬくとするあのなんともいえない心地よさを味わいたい。
 まるでみのむしか何かみたいに迅がくるまる布団の端をひっぺがして、素早くその隙間に滑り込む。元々の保温性に加えて迅の体温で温められた布団の内側は、やっぱりなんともいえない心地よい温度だ。そうそう、これこれ、と思いながら太刀川は身を少し縮めるようにしながら隙間から冷たい空気が入らないように位置を微調整しながらもぞもぞと布団の中に潜っていく。
 同じ布団の中に潜れば、自然と距離は近くなる。迅の体温を直で感じるくらいに近付いて、目の前に迅の背中がある。そう認識したところで、さらに近付くことを躊躇うような間柄ではない。もっともっと近くで、肌を触れ合わせることだって、何度もしてきたわけだし。
 迅の背中にくっつくように体を寄せると、迅の体温がさらにあたたかく感じる。トリオン体の迅と斬り合うのも勿論大好きだが、関係性の名前に新しいものが加わってから生身で時間を共有することも増えて、いつの間にかこの生身の迅の温度だってすっかり肌に馴染むようになっているのを面白く思った。
 迅が起きたら、少しは文句を言ってやろうか。寒いから布団を独り占めするなって。付き合い始めた最初の頃こそらしくもなく遠慮がちだった迅が今やこうして無意識とはいえ我が物顔で太刀川の布団にくるまっているのは嫌な気持ちなんてさらさらするわけもないが、しかし物理的な寒さを被るなら話は別だ。
 ――本当は、別に来客用の布団だってあるし、迅とただの友人だった頃は片方はその布団で寝るようにしていた。布団を取られたくないなら寝床を分ければ良いだけの話のはずなのに、それでも別々に寝ようという発想はなかった。それは来客用の布団は薄くてどっちにしろ寒いから、なんていう理由だけではない。
 近付けばうっすらと迅のにおいがする。いつもの迅のにおいに、昨夜迅が借りた太刀川の家のシャンプーのにおいがわずかに混じっているのがなんだか妙に、自分の中にもわずかに存在しているらしい独占欲のようなものが満たされるような心地になるのがおかしい。
 恋情というよりも悪戯心といったほうが近いような衝動で、目の前にあった迅のうなじに唇を寄せた。キスマークでも残してやろうかと一瞬だけ思ったけれど、それは照れた迅に本気で怒られそうなのでやめておく。どうせおまえは大抵トリオン体なんだから変わらないだろう、なんて雑に言えばまた顔をしかめられるだろうか。とはいえ寝てるときにこんなことをしていたと言えば、起きてるときにやってよなんてまた逆に拗ねられてしまうかもしれない。面倒なやつだと思って、太刀川は上機嫌になって迅を起こさない程度に小さくくつくつと笑った。
 心地の良いぬくもりとにおいが太刀川の眠気を再びゆっくりと誘ってくる。今日は二人とも午前中は予定がないというから、ブースが開き次第ランク戦でもできないかと画策していた。こいつも早く起きねーかなぁ、なんて心の中で呟きながら再び目を閉じる。布団の中で二人分の体温がにじんでいく。その温度を感じながら、太刀川はゆっくりと二度寝の誘惑に身を委ねた。




(2021年12月21日初出)





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