my dear.



 部屋の中にはもう朝の光が差し込んで明るくなり始めている。もう起きなければ、という認識はあるのだけれど、如何せん瞼が重い。原因はよくよく分かっていて、昨夜は――昨夜というよりもはや明け方と呼べるくらいの時間まで、ベッドで恋人と肌を触れ合わせていたからだ。今日はお互い朝が早いと頭では分かっていたのだけれど、久しぶりにそういう時間をとれて、少しだけなんて言って唇を深く触れ合わせたら結局止まることなんてできなかった。そんな自分に呆れる。昔より随分と大人になれたつもりでいるのに、この人のことになると、時々自分でも驚くほどブレーキがきかなくなる己を自覚していた。
「じん」
 いつもと同じ低い、しかしいつもより少しだけ掠れ気味の声。その声音が少し緩いのは、彼も眠いからだろうか。名前を呼ばれて、重い瞼を頑張って薄く開くと、手がこちらに伸びてくるのが見えた。そのことを迅が頭で認識したのとほとんど同時に、大きくてあたたかいその手のひらが迅の頭を包み込むように触れる。そして、次の瞬間にはまるで犬にでもするみたいにその手がくしゃくしゃと迅の髪をかき混ぜた。
「起きろって。そろそろ起きないとヤバい時間だろ」
 頭に触れたままの手のひらの温度の心地よさと、髪をくしゃくしゃにされたことへの文句と、そういう色んな気持ちが混ざり合いながらも、ぱちぱちと何度か瞬きをしながらどうにか目をちゃんと開くと太刀川は上体を起こして迅を見下ろしていた。上半身は昨夜寝たときの裸のままだ。その瞳は普段よりも少しだけ眠たげではあるけれど、迅よりは随分ちゃんと開かれている。
 昨日、あるいはもはや今朝、はあれこれ何度も随分と負担をかけてしまった自覚はあるのに今日もいつものように自分より先にちゃんと目を覚ましていることへの少しばかりの悔しさと、子どもかペットかみたいに頭をくしゃくしゃに撫でられる恥ずかしさ、そしてこうして二人の朝で、自分だって眠そうなのに名前を呼んでこちらを起こしてくれることへのじわりとした嬉しさ。色んな感情が起き抜けのぼうっとした頭の中で混ざり合って、どんな顔をしていいのか少し困ってしまった。なんとも、恋とはタチの悪い感情だ。いや恋がどうこうというよりも、こんな感情が生まれるのはきっと他でもないこの人相手だからなのかもしれなかった。
「んー……」
 でももう起きなければいけない時間であるということは事実だ。もう一度瞼を閉じて布団でぬくぬくしていたい、という甘い誘惑をどうにか振り切って上半身を起こす。掛け布団が落ちて、裸のままの肌が朝の空気に触れてひやりと冷たく感じた。
 先程まで高い位置にあった太刀川の視線が同じ高さになる。至近距離で視線が絡んで、まだ眠くて判断力の鈍い頭の中、浮かんだ欲のままに唇を触れ合わせた。
 空気が乾燥しているからか、昨夜の記憶よりも少しかさついた感触。でもしっかりあたたかい、血の通った生身の温度。じわりと思考よりも早く体にしみわたる嬉しさに、少しずつ体が起き出していくのがわかる。
「……おはよう」
 そう言うと、目の前の格子の瞳がやっぱりまだ少し眠そうに、だけど迅と同じようになんだか少し嬉しそうに、「おはよう」と言って小さく目を細めた。



(2022年1月17日初出)





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