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 ほんの一瞬触れるだけのキスをしたのは、久しぶりに二人きりで顔を合わせれば待ちきれない気持ちのほうが勝ってしまったからだった。
 夜の本部の休憩室、太刀川は夜の審査シフトが終わってこれから深夜の防衛任務、迅は今はシフトではないが上層部との打ち合わせがあるとかで本部に立ち寄っていたのだという。
 ここ数日はB級の大部分が遠征選抜試験に入った関係で、A級はその審査と共にB級が抜けた分の防衛任務を回すこととなり、その結果誰も彼もシフトがフル稼働の日々だ。それは勿論太刀川も迅も例外ではなく、これだけギチギチに詰め込まれるのはボーダーができたばかりでまだ人員が少なかった頃以来だなと懐かしくなる。太刀川は防衛任務は好きだしB級の審査も楽しくやっているのでなんの文句もないが、しかし、二つだけ。
 一つはフル稼働で動いている上人員が大幅に減っているからランク戦ができないこと。そしてもう一つは、太刀川も迅も当然そんな状態であるから二人きりで会える時間などしばらくとれそうにもないこと。その二つだけがネックだった。
 そんなところに、喉が渇いたから何か飲んでから行こうとたまたま立ち寄った自販機の前で迅に鉢合わせたのだ。しかも周囲に人気もない。他愛ない話をしながら、これ終わるまではそういう意味で触ったりとかはできないんだろうな――とふと思ってしまえばなんだか急に待ちきれなくなって、誰も見ていないことを確認して迅の唇を掠めとるように奪ってやった。
 目を瞬かせた迅は、しかし驚いたような顔はしない。代わりに先程までよりも少しだけ潜めた声で、太刀川に咎めるように言う。
「……太刀川さん、ここ、本部」
「知ってる。でもおまえ、本気でまずかったら止めてるだろ」
 太刀川が言うと、迅はすっと押し黙る。図星か、と思えば、なんだか目の前の男のいじらしさにいやに愛しさのようなものが湧き上がった。
 未来視のサイドエフェクトを持っていて、しかも全然驚いた様子もない顔を繕おうともしないで。予知で知っていたなら太刀川を止めることだってできただろうにしたいようにさせたのは、それが迅自身の選択だったということに他ならないだろうと思う。そもそも、迅が偶然みたいな顔でこの休憩スペースに立ち寄ったのだってわざとなのかもしれない。
 結局、数日の我慢もできないと思ってしまったのは、会いたいと触れたいという思いのほうが勝ってしまったのは互いに同じだったのかもしれない。そう思い至れば、自分でも不思議なほど心が充足するのが分かった。
 手に持ったままだったカフェオレの缶の残りをあおって、空になった缶をゴミ箱に放る。
「そろそろ行くか」
 名残惜しい気持ちはないではないが、もうじきシフトの時間だ。出水たちも待たせているからそろそろ行かねばなるまい、と太刀川が一歩歩きだそうとしたところで、くんと服の袖を引かれる。それほど強い力ではなかったが、何だと思って振り返れば迅がじっとこちらを見ていた。
 少しだけ気恥ずかしそうな、けれど確かにその目にこの男らしい欲張りな色を湛えた迅の表情は、日頃『実力派エリート』と嘯いてへらへらと笑っている時とは全く違う。
 太刀川と二人のときにしか見せない顔だった。
「――、もう一回だけ」
 言うが早いか、迅の方から唇が押し付けられる。触れて、軽く啄むようにしてから名残惜しげに離れたその唇がいやに熱くて、なんだかそれをひどく迅らしいように思ったのだった。



(2022年4月28日初出)

診断メーカー様よりお題をお借りしました。
お題:「もう一回だけ」





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