君の背中
目を覚ますと同時に肩口にわずかな寒さを感じた。掛け布団がかかっていない肩のあたりが直接空気に触れていて、まだ朝は冷えるなあとぼんやりとした思考の中で思う。カーテンの隙間から漏れる朝の光は淡く、時計は見ていないけれどまだ早朝だろうということは見当がついた。
迅は視線を動かして隣にいるはずの人の姿を探す。と、彼がこちらに背を向けて眠っているのを見つけて、思わずほんの少しだけむっと拗ねたような気持ちが浮かんでしまった自分をすぐに恥ずかしく思った。
(なんだよ、こっち見てないから拗ねるって)
子どもか。いや、下手したら子どもですらそんな拗ね方はしないかもしれない。恥ずかしい。寝起きだから、まだ昨日のじっとりと浸るような甘やかな空気の余韻を少しだけ引きずっているのかもしれない。
規則正しい寝息を立てる太刀川の背中をじっと眺めていたら、なんだか言葉にしきれないような思いが生まれてきて、どうしようもできなくなって、少しだけ迷った後自分の感情に素直に従って太刀川の背中へと体を摺り寄せた。太刀川の肩甲骨の間あたりに額を擦り付けるようにそっと触れると、スウェット越しに太刀川の体温が伝わってくる。迅よりも少しだけ高い体温、今は眠っているから余計にかもしれない。すうと鼻から息を吸えばボディソープのにおいに混じってうっすらと太刀川のにおいが香って、それに感じた深い充足に自分でも少し驚いてしまった。
(……背中、広いな)
改めて見て、触れると、そんなことを思う。鍛えている素振りなんてないくせしてしっかりと筋肉がついた均整のとれた体、体格も良いので背中もしっかりと広い。
昨日の夜はあんなにも、たまらなく可愛くいじらしく見えたのに。
昨夜のことを思い出して、思わず短く零した息の熱さに自分で笑えた。こちらが与えるたびに快楽に震える背中が愛おしくて、唇を寄せればそれにも小さく反応してくれるのが可愛くて仕方なくて、何度も何度も繰り返してしまったこと。思い返せば自分でも恥ずかしく思うのに、それ以上に、そんな自分の甘ったれたような振る舞いも全部受けとめて嬉しそうに笑ってくれたことの嬉しさのほうが勝ってしまった。
だめだなあ、と思う。熱を交わした次の朝は、こんなふうに余韻が抜けきらない。恥ずかしいくせに嬉しくて、何度繰り返してもこの言葉にしきれないような思いが増幅していくばかりだ。
この広い背中に内心でずっと憧れて、焦がれてきた。格好いいこの人に見合う、胸を張って並び立てる自分でありたかった。それは今だって変わらないのに、迅から与えられるどんな欲だって気持ちだって受け止めてくれる、快楽に丸まるその背中の愛おしさも知ってしまった。
くっつけたままの額から、いまだ健やかに眠っている太刀川の規則正しい呼吸のリズムが伝わってくる。まだしばらくは起きそうにないだろう。ほんと、健康的で安心するな、なんて思って少しおかしかった。
「……すき、だ」
ゆっくりと唇を動かしてごくごく小さな音で空気を揺らしたその言葉は、いやに真剣な響きをしていてじわりと耳が赤くなった。しかし太刀川はいまだ起きる気配もみせない。すうすうと深い寝息が聞こえるのをいいことに、太刀川の背中に顔を埋めるようにしてそのなんともいえず後味に残るわずかな居たたまれなさを誤魔化す。
だというのに、言葉にしきれなかったはちきれそうな感情をその一言ですとんと飲み下せた気がして。その言葉を口にできることの恥ずかしさと嬉しさを同時に抱えながら今度は音にはせずに、すきだ、と迅はもう一度そのあたたかい背中へ呟いたのだった。