閃火



 僅かに残した痛覚が、トリオン供給機関を違わず貫かれたことを迅に教えた。ぱき、とトリオン体が限界を迎えひび割れる不穏な音が耳に届く。しかしそれはどこか、頭の隅で遠く聞いているような感覚だった。
 迅のトリオン供給機関を貫いた太刀川が、すぐ目の前、まっすぐに迅を見ている。その普段は茫洋で読みづらい瞳が歓喜に濡れて、口元はにまりと楽しそうにつり上がる。
 太刀川のこんな顔は、これまでに見たことがなかった。
 太刀川はランク戦で相対するといつだって楽しそうな顔をしているけれど、こんなにひどくて、余裕なんてなくて、あんまりに楽しそうで嬉しそうなここまでの顔は、これまでに一度も。太刀川にこんな顔をさせたのはおれなのだと思うと、負けたことがひどく悔しいはずなのに、思考が脳に到達するよりも早く歓喜が壊れかけの仮想の体の表面をびりりとまるで電流みたいに駆けていく。
 スコーピオンを作ってからの何戦かは、迅の勝利だった。太刀川に勝ち越すために作った全く新しい武器、まだ手の内を知られていなかったところもあるだろう。新しい武器を持った迅の手で何度も仮想の体を貫かれた太刀川は、ひどく楽しそうで、でも同じくらいに悔しそうだった。
 スコーピオンを作ってから、初めて、太刀川に負けた。
 この人のことだからすぐにスコーピオンの性能を把握して、理解して、対応してくるだろうことくらいは分かっていた。だから、ああもう一敗しちゃったか、という悔しさが強くある。
 だけど。
 ぱき、ぱき、とトリオン体のヒビが顔にまで侵食してきたのがわかる。『トリオン供給機関破損――』という機械音声が聞こえて、もう数秒もせず自分は緊急脱出ベイルアウトしてしまうだろう。
 それまでに、ほんの一瞬でも長く、目の前の男の顔を焼き付けたくて瞬きもせず迅はまっすぐにその顔を見つめた。
 勝てて嬉しいと、今この瞬間がどうしようもなく楽しいと。太刀川の表情が、全身が纏う空気が、言葉なんかよりずっと雄弁に言っている。
 同じだ、と、思ったのだ。
 太刀川と戦うのが楽しくて、だけどずっと悔しくて、だから追いかけて追いかけてどうしても勝ちたくてたまらなかった、そんなふうに必死だったほんの少し前の自分。勝てたことが自分でも呆れてしまうほど嬉しくて、自分を制御なんてできないくらいに、それほどに目の前の男と戦うたび夢中になって。
 そんな自分と同じことを、太刀川も味わっているのだと、不思議なほどに分かった。
 太刀川さんも、おれとおんなじだ。同じ感情を手にして、同じように夢中に思っている。それが顔を見ただけで、手に取るように分かってしまった。そのことが、迅をどうしようもないほどの歓喜で揺さぶる。
 ひどい顔だね、って、目の前の男を茶化してやりたくなった。しかし目の前が白んで、それはどうも叶いそうにない。
 太刀川もその間、ひとつも目を逸らそうとしなかった。その瞳の中に、迅だけが映っている。迅だけを映して、うれしそうに、迅だけがわかる色で笑った。
 それが最後に目に焼き付いて、ああ、――おれはこの人のことが好きだな、って。
 どうしようもなく惚れているのだ、という実感が不思議なほどに素直に自分の内側に落ちてきた後、意識も白んで仮想空間からばちりと転送される感覚がした。




(2022年5月22日初出)






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