エンドレス・サマー・マジック
わ、なにこれ、という迅の声が聞こえて振り返れば、棚を整理していた迅ががさがさという音と共に何かの袋を引っ張り出しているところだった。
「何かあったか?」
太刀川が聞くと、迅がその袋をひらりと軽く掲げるようにして太刀川に見せてくる。ポップなデザインのそれは、幼い頃から見慣れたありふれた夏の風物詩だ。
「見て、花火セット。……おれまったく覚えないんだけど、太刀川さんが買ったやつ?」
聞かれて、記憶を辿ってみる。すぐには思い当たる節がなく、太刀川も首を傾げた。花火セットはどうやら未開封のようで、しかも大袋入りだ。
「そもそもこれいつのやつだよ」
言いながら迅は、手がかりを探そうとするように袋をくるりと裏返して眺める。
「わからん。まだ使えるかな」
「いや流石にもう湿気てるんじゃない?」
太刀川の言葉にそう返事をした後、迅は眺めていた花火セットの袋から顔を上げる。そうして呆れたように眉根を寄せて太刀川を見た。
「っていうか花火やる気? いい大人二人で?」
「大人が花火やっちゃダメなんて決まりはないだろ。つーか、そうだ。思い出した。レジ横で安売りになってておまえとやろうと思って買ったのに、おまえそんなときに限って忙しいだなんだって全然捕まらなかったんだよ」
それはいつの夏だったか。この部屋で一緒に暮らすようになってまだ間もない頃だったような気がする。迅と遊んだら楽しそうだな、なんていう思いつきで買ったものの、なんだかんだとタイミングが合わず実現できずじまいだった。
「そのうちに夏が終わって仕舞い込んで忘れてたな。だから、今度こそやるぞ。今ならまだギリどっかで花火セット売ってるんじゃないか?」
言っているうちに、段々とあの時のやる気まで復活してきてしまった。花火をするなんていつぶりだろうか、と考えてわくわくと気持ちが疼き始める。夏も終わりかけだけれど、それこそこれを買ったときみたいに安売りの花火セットが出ているかもしれない。
「うわ~……太刀川さん変なスイッチ入っちゃったな」
なんて言って迅はわざとらしい呆れ顔を深くした。
しかし、太刀川は気付いている。その瞳の奥が、実は満更ではないような色をしていることに。
花火をやりたいというより、迅と遊びたい、というのが太刀川の本当のところだ。花火自体も勿論楽しそうだが、それはあくまで手段という意味合いのほうが強い。
迅と遊ぶのはいつだって何だって楽しくて、そして、そういう時の迅のいろんな顔を見るのが好きだから。そしてそれは迅もきっと分かっているし、迅だって同じだろうと太刀川だってもう知っている。
「どうせこの後夕飯の買い出しにスーパー行くだろ、そんとき探そうぜ、花火セット」
場所はどうしようか、流石にこのマンションのベランダでは精々線香花火くらいしかできない。玉狛の近くの河原なんかがいいだろうか、なんて算段を早速立てていると、迅がふっと貼り付けた呆れ顔を崩す。
「もう、しょーがないな。まだ売ってたらね」
そうあくまで仕方ないという姿勢は貫く迅に、素直じゃないやつ、と思うけれど、そのへらりと笑った口角が楽しそうに緩んでいたからそれに免じて突っ込んではやらないことにする。
迅と花火、意外と高校生のころにもやっていなかった遊びだ。あの頃は迅と顔を合わせればランク戦をするのに毎日夢中だったから――だからこそ想像するとなんだか結構本気で楽しみになってしまって、太刀川も迅と同じように自然と口角を上げていた。
診断メーカー様よりお題をお借りしました。
お題:「夏の千路の迅太刀:棚の奥からいつのものか分からない花火セットが出てくる」