この恋を思い知れ




「太刀川さんってさあ、ほんとかっこいいよね」
 そろそろ止めたほうがいいだろう、と思ってテーブルの上に置かれた缶を手に持ちかけたところで、普段の飄々としたものとは全く違う呂律の怪しい迅の声がそれを遮る。思わずぱちくりと目を瞬かせて迅を見れば、迅はテーブルに半分突っ伏したままアルコールで赤くなった顔で太刀川を見ていた。
「……ああ、ありがとう?」
 普段の迅らしからぬ唐突かつストレートな言葉に少し驚きつつ、まあ褒められたしな、と思ってそんな言葉を返す。
 迅は酒に弱い。それは迅がようやく成人して一緒に飲めるようになってから知ったことだ。
 太刀川だって強い方ではないが、迅は太刀川以上に弱いようだった。幸いすぐ気持ち悪くなってしまうようなことはないが、飲むとすぐ顔が赤くなって、そして幾分素直になる。普段は澄ました顔であれこれ計算しながら話す口は緩んで語尾が甘くなり、今みたいに普段は言わないようなこと――迅自身が認めるかは別として、おそらく迅の本音に近い部分――をぽろっと口走ったりする。
 風間さんのようにポストと格闘し始めるような酔い方ではないが想像以上に酒に弱かったので、飲み会とか大丈夫かと少しだけ思ったが、嵐山や柿崎たちに聞く限りどうやらここまでのへろへろには今のところなっていないらしい。
 つまり迅がここまでになるのは自分の前だけなのかもしれない――と思ったら妙に優越感のようなものが生まれてしまって、そんな自分に驚いた。自分の中にそんな感情があるのだと、初めて知った。
 迅相手にしか生まれない感情だった。
 太刀川が手に取りかけていた残り少なくなった缶を、ほんのわずかな隙に迅がぱっと掴んで残りをあおってみせる。あーあー、止める前に飲まれちまった、とそのさまを見ながら心の中でつぶやく。まああそこで止めようが止めまいが今更かもしれないし、翌日二日酔いに苦しむのは迅ではあるのだが。
 カラン! と、空になった缶がテーブルの上に勢いよく置かれて軽い音を立てた。そうして、じっとその青い目がこちらを再び見る。酔って水気を含んだ瞳は、しかし眼光だけは妙に強く、太刀川を見つめた。
「……おればっか好きみたいでくやしい」
 迅が素面ではなかなか言わないような、そんな言葉を続けたので、酒ってほんとすげーななんてまた内心で少し驚いてしまう。
 その言い方がいやに可愛かったので揶揄って甘やかしてやりたい気持ちもあったが、しかし聞き捨てならないななんて気持ちも同時にあって、太刀川は迅を見つめ返して言う。
「なんだよ。俺だってちゃんと好きだぞ」
 まさか伝わってないなんて流石に言わないだろう。言葉でも明確に伝えたことは何度もあるし、キスもそれ以上も、自分ですら触れないような場所に触れて好きにさせるのを許すのは迅だけだ。それは間違いなく、この男のことが好きだからという理由に他ならない。それだって迅も了解しているはずだ。
「……それはわかってるよ、でも」
 迅はむっと唇を尖らせた。そのしぐさがいやに子どもっぽく見えるくせに、その瞳に宿ったぎらぎらとした光は止まず太刀川に向けられている。
 わがままめいた色をして、だというのに切実で、くやしそうで、でも同じくらい愛しそうに、そんな目で迅は太刀川を見る。
「おれがどれだけ太刀川さんのこと好きか、知らないでしょ」
 缶から離された迅の手が、いつの間にか太刀川の手首を掴んでいる。酔っ払いとは思えない力で、迅はぐっと太刀川の手首を握った。
 触れた迅の、その手が熱い。それはきっとアルコールで体温が上がっているせいもあるだろうけれど、しかし。
「ほんと、悔しいくらい好きだよ。自分でもわけわかんないくらい。昔からずっとおれは、……ねえ太刀川さん、好きだよ、大好――」
 言い募る唇を、手首を掴まれたままぐんと距離を詰めて唇で塞いだ。
 急だったのと、アルコールで瞬時の動きが鈍くなっていたのだろう、迅が咄嗟に反応を返せずにいるのをいいことに無抵抗な唇にすぐ舌をねじ込んでやった。迅の口の中も熱くて、その中を突き進んで舌同士を絡めれば迅もすぐ舌で応戦してきた。こんなときでも負けず嫌いなんだなと思えば、思わず口の端が釣り上がる。
 互いに酔っているせいもあって、加減がいつもよりうまくできない。まあ加減なんてどうだっていいのだが。不格好なまま貪るみたいに舌を絡ませて、口の中を犯して、味わって、呼吸が苦しくなってようやく唇を離した。
「……っ、は、ぁ……」
 目の前の迅が、顔をさらに赤くして呼吸を乱している。この顔の赤さは、きっとアルコールのせいだけじゃないだろう。
 そう思えば、言いようのない充足感と目の前の男に対する愛しさのようなものが自分の内側に湧いてくるのがわかる。
「分かってないのはおまえのほうだろ」
 手首を掴んでいた迅の手の力が夢中でキスをするうちにすっかり弱くなって、少し動かせばするりと解けた。その手はそのまま迅の胸元に持っていく。服越しに手のひらを当てると、迅の速い心臓の鼓動を感じた。
 自分と同じ速度で、迅の心臓も脈打っている。
 トリオン体には存在しない器官。ただ斬り合っていた時には知り得なかった互いのそれを、こんなふうに愛しいと、同じ速度であることを嬉しいと思うようになったのはいつからか。
 ――それを分からないというのなら、全部いくらでも見届けてくれよ、と思う。
 こんなふうに思う自分も、迅によって初めての感情を知るさまも、迅に触れて早くなる鼓動の速度も、全部なんだって。
「迅」
 名前を呼ぶと、手のひらの先で迅の鼓動が少し速くなる。
「俺だって、……少なくともおまえと同じくらいには、おまえのことが好きだぞ」
 気持ちを言葉で全部表すことは難しい。相手の気持ちの大きさを例えば身長や体重みたいにわかりやすく測ることはできない。だけど、きっとこれは間違いないだろうと確信してそう口にする。
 これでも信じられないなら、いくらでも思い知ればいい、とすら思った。俺たちふたりには、時間も機会もこれからいくらでもあるはずなのだから。
 太刀川の言葉に迅は何かを堪えるようにぎゅっと唇を引き結んだ。そうしたかと思えば急にその体が動いて、さっき太刀川が迅にしたみたいにその唇を歯がぶつかるんじゃないかという勢いで押し付けてくる。
 その勢いがあんまり強かったものだから、バランスを崩して床に思いっきり倒れ込んでしまった。あぶね、頭を変に打ち付けなくてよかった、とちらりと頭の隅で思いながらも、迅はそんなことには動じずすぐにキスを深くしてくる。唇も舌も、触れている場所が全部熱くて、そして気持ちが良い。
 こちらにのしかかってくる迅の胸元から感じる鼓動は、やっぱりちょっと面白いくらいに速くって、そして自分と同じ速度をしていた。



(2022年6月4日初出)






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