願う星も必要のない未来で




 本部に着いた夕方にはまだじりじりとした暑さの残っていた空気も、日もすっかり落ちたこの時間になると幾分涼しいものに変わっていた。つまりはそれだけ長い時間本部でランク戦をしていた遊んでいたのだということを同時に実感させられて、迅は何だか少しだけ面映ゆいような心地にさせられる。
 ちょくちょく隙を見てランク戦自体はやってはいたのだが、こんなに時間を気にせずガッツリ戦れたのは最近ではなかなか珍しい。ちょうど今は視える未来もある程度安定しているというか、急ぎでやらなければいけないことも、暗躍と称して裏で手回ししておかなきゃいけないこともそんなになかったから、久しぶりに自分から太刀川に声をかけてランク戦をすることにしたのだ。
 ランク戦やろうよ、今日は結構時間あるからさ、と言ったときの太刀川の目の輝かせようときたらすごくて、思い出すだけでくっと笑いそうになってしまう。本人がまだ隣にいるからそれはしないように気を付けたけれど。
「あー、やっぱ最後獲られたの悔しいな」
 そういかにも悔しそうに眉根を寄せる太刀川に、迅は口角を上げて返す。
「最後ほんの一瞬隙できちゃったね~。まあトータルだと結局引き分けになっちゃったけど」
 言いながら迅はがしがしと自分の後頭部を掻いた。ランク戦ブースが閉まる直前の最後の一本こそ迅が獲ったものの、今日のトータルの戦績では引き分けだ。『個人で攻撃手一位目指すからよろしく』とランク戦復帰と共に太刀川に宣戦布告をしてから半年ちょっと、ポイントは着実に上げているものの太刀川との戦績は勝ち星も負け星もほぼ同等、結局まだ迅がS級だった三年ちょっとの間に大きく離された太刀川のポイントにはなかなか届いていない。
(まあ、そんな簡単に追い越させてくれる相手だとも思ってないけど)
 だからこそ追いかけ甲斐がある。
 だからこそずっとこの人を――この人だけを特別に、最高の好敵手だと思ってきた。それは刃を合わせていなかった三年ちょっとの間も、一度だって変わることはなく。
 夜も更けた警戒区域はしんと静かで、二人の足音と話し声がよく響いて聞こえる。防衛任務は滞りなく行われているだろうが、この静かさだと今日は門もあまり開いていないらしい。ざり、と自分以外が立てる足音を、迅はぼんやりと聞いていた。
 懐かしいな、と不意に思う。最近ではこんな風に、ランク戦ブースが閉まるギリギリの時間まで思う存分戦るというのは珍しいことになっていたけれど、お互いに高校生だった頃――四年くらい前、毎日時間も忘れて太刀川とランク戦をして遊んでいた頃は、こんな風にランク戦をした後夜も更けた警戒区域で感想戦をしながら帰路につくこともしょっちゅうだった。
 警戒区域を抜けて、丁度青信号だった横断歩道を渡る。高校生の頃はここで家の方向が違う太刀川と別れるところだったが、太刀川は大学生になってから一人暮らしを始めたそうで、今は太刀川も迅と同じくこの道はもう少し直進だ。
 この時間なので、警戒区域外でも人通りはほとんどないと言っていい。静かな夜を二人並んでだらだらと喋りながら歩いていく。
 と、昔ながらといった店構えの小さな商店の脇に、普段は見ない飾りがあるのを見つけて迅は「お」と声を上げた。その声につられるように、隣の太刀川もそちらの方に顔を向ける。
「七夕飾りだ」
 迅が言うと、太刀川も「おー懐かしい」と言いながらくるりとそちらに近付いていく。迅も七夕飾りに近付いていくと、子どもらしい字で書かれた短冊がいくつもつり下げられていた。
「昔やったな、こういうの」
「だね。っても、玉狛でもちっちゃい笹飾りは毎年出してるんだけど」
「マメだな~玉狛は」
 そんな話をしながら、なんとなく短冊の中身を眺めてみる。やきゅうせんしゅになりたい、おかねもちになりたい、ゲームきがほしい、○○くんとけっこんできますように――だなんてかわいらしい願いが沢山飾られていて、思わずふっと口元が綻んでしまった。
「玉狛でも飾ってるってことは、おまえもなんか書いたのか?」
 迅と同じように少しかがんで短冊を見ていた太刀川が言う。その質問に、迅はかぶりを振って返した。
「いや? おれは今年は書かなかったな。主に陽太郎とか、あとはかわいい後輩たちのために飾ってるようなもんだしね」
「なんだ、つまらん」
「つまらんはひどくない? おれは星に願うより自力で叶えたい派だからさ~。じゃあ、そう言う太刀川さんは短冊書くとしたら何願い事するの?」
 迅が質問を返すと、太刀川は「ん? そうだな~」と顎に手をやって考える仕草を見せる。しかししばらく唸ったまま答えが出てこないので迅は思わず笑ってしまった。
「……いや、いざってなるとなかなか出てこないもんだな」
「でしょ?」
 太刀川はまたうーん、と言って考え込む。さて悩んだ末に何と返ってくるのやら。太刀川のことだから、沢山ランク戦ができますようにとか、強い相手と戦えますようにとか? それかいっぱいもちが食えますようにとか、あるいは単位が取れますようになんて切実じみた願いだろうか――なんて想像して迅がまた笑いそうになってしまったところで、太刀川が「願い事かー」と呟く。そうして迅の方にふっと視線を向けた。
 太刀川の格子の瞳が、近い距離で迅を見つめる。太刀川の唇がゆっくりと動く。
「一番のやつは、もう叶っちまったからなあ」
 そう言って、に、と太刀川が口角を上げて笑う。
「……え」
 一瞬その意味をうまく捉えかねた迅がぱちくりと目を瞬かせている間に、太刀川は屈んでいた姿勢から立ち上がってくるりと靴先を進行方向に戻す。
「さー、帰るか」
 さっぱりとした様子ですたすたと歩き出す太刀川を、迅は慌てて追いかける。
「ちょ、太刀川さん、っ」
 早足で太刀川に追いつくと、太刀川が横顔のまま迅にちらりと目線を向ける。その表情はやたらと楽しそうで、そして余裕そうでもあって、動揺させられてしまった自分と対照的な様子を少し悔しく思った。
「なんだ?」
 試すように聞く太刀川がまるで悪戯に成功した子どもみたいで、そういうとこ高校生の頃からほんと変わってないよね、と思う。迅は頭の中に思い浮かぶ色んな言葉をぐっと飲み込んで、太刀川に返す。
「なんでもない。帰ろう」
 太刀川はそう言う迅を少しの間見つめた後、「だな」と笑った顔のまま頷いた。

 しばらく直進して、T字路にぶつかる。今の太刀川とはここで帰り道が別れる。
「じゃーね、太刀川さん」
 そう言って迅が自分の帰路につこうとすると、太刀川がいつもののったりとした声で言う。
「またな」
 その言葉にまた、ふっと懐かしさを思い起こさせられる。
 まだ自分たちがランク戦でバチバチ戦り合っていた頃。それこそこんな風に夜遅くまでランク戦をした後、帰り道で交わしていた別れの挨拶だ。まだ明日も、明後日も、相も変わらずランク戦で遊ぶ自分たちを疑ってもいなかった頃。
 迅はその言葉を受け取って、飲み込んで――そうしてさっき自分が手渡した言葉を言い直すことにする。
「またね」
 迅がそう言うと太刀川は満足げに頷いて、そうしてあの頃より少しうさんくさくなった髭面で、あの頃みたいに迅に手を振ったのだった。




(2022年7月7日初出)






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