DROWNING IN YOU




 大きく開かれた口が、躊躇いなんて欠片もみせずおれのそれを呑み込む。温かくて湿った、柔らかいものに包まれて、それだけで気持ちの良さとこの先への期待で小さく息が零れてしまった。舌が裏筋に触れて、ゆっくりと滑っていく。わずかにざらついた舌の感触が敏感な部分に擦れて、ぞわりと産毛が逆立つような快感が肌の表面を駆けていった。
 基本的に大雑把でおおらかで、適当で、だけど戦闘の時になるとおっかないくらい性質の悪い顔をして鋭く弧月を振るうこの人が、こんな風に丁寧でじっくりとした愛撫をするなんて誰が想像できるだろう。いや、誰にも想像すらしてほしくないけれど。おれだけが知っていればいいことだ、と本気で思って、己の中の独占欲の強さに迅は少しだけ呆れた。
 最初の頃はもうちょっと雑だった。雑、というか、やり方をそこまで知らなかったのだ。お互いに。だから探り探りでやってみて、段々とコツや互いの好きな場所、好みのやり方を知っていった。そして太刀川はそれを実践するのがとても上手かった。元々体を使うこと、イメージ通りに体を動かすことは得意なのだろう。弧月を使い始めてから上達するまでの速度も目を見張るほど早かったことを思い出す。まさかそれがこういうところでも発揮されるなんて思わなかったけれど。
 だからこういう風に最初は優しく、段々と強く、じっくりと追い詰めていくやり方は太刀川が迅の好みに合わせた結果だ。
 触れて、なぞって、吸われて、色んな手管を使って太刀川が迅の性感を高めていく。太刀川の口の中で、あっという間に自身が膨らんでいくのが分かる。男の一番敏感な場所、先端の部分を尖らせた舌でつつくように触れられれば、一際大きな快楽に太腿をひくりとわずかに震わせてしまった。
「……っ、ん……」
 思わず吐息とも喘ぎともつかない小さな音を口から零すと、熱心に愛撫を続けていた太刀川が視線だけちらりと迅の方に向ける。上目遣いのようになったその視線は弱々しさなんてなく、いっそ挑むようにぎらついてすらいるのにひどく興奮させられた。その視線が聞きたがっていることを言葉にせずとも理解して、迅は返事をする。
「きもちいいよ、太刀川さん」
 そう言うと太刀川が満足そうに目だけでちいさく笑った。一瞬伏せた睫毛から覗くいつもの底知れない格子の瞳にいやに色気のようなものを感じてしまって、迅は太刀川に気付かれないように細く息を吐いた。
 少し視線を下に向ければすぐに、己の足の間に跪くように顔を埋めた太刀川が迅のそれを咥えている様子がよく見える。一度唇を離した太刀川が、先程よりも大きくなったそれに手を添えて横咥えにするように唾液をたっぷり溜めた舌を這わせる。迅の太腿に触れていたもう片方の手が小さく動いて、その手の温かさと柔らかいくすぐったさが刺激というには足りない程度の感覚を迅に寄越した。そのわずかな感触にすら、じわりと煽られる。
 太刀川が与えてくる性感は勿論気持ちが良くて、たまらなくて、しかし同時に目の前の視覚刺激も同じくらいに迅を興奮させた。
 ――太刀川さんが。おれに触れて、こんなところに顔を埋めている。おれのそれを嫌な顔ひとつせず、なんなら挑むみたいな顔すらしながら咥えて、舐めて、性感を引き出そうとしてくる。
 初めてしてもらった時に「嫌だったらすぐやめていいから」と言ったら、「おまえのだから嫌じゃないぞ。おまえ以外だったら考えられないけど」なんて返ってきたことを思い出す。その言葉通りたまにこうしてしてもらう時太刀川は嫌そうな顔なんて一度もしたことはない、というか、むしろ大抵しようとしてくるのは太刀川からで、今日だってそうだった。
 こうして見る度に、思い出す度に、たまらない気持ちになる。
 優越感。独占欲。あるいは、支配欲とでも言うのだろうか。太刀川がこうして迅の性器を口で愛撫してくれる時、到底口には出せないようなあらゆる感情が湧き起こって、きれいなばかりじゃないそれが迅を満たす。自分の中にこんな感情があったなんて知らなかった。知りたくなかったな、と思う気持ちもあるのに、嬉しさや高揚や興奮がそれを押し流していく。
 手を伸ばして、太刀川の髪に触れる。さらりとその緩く癖のついた黒に近い濃い緑の髪を遊ぶように梳くと、太刀川がくすぐったそうに、そして楽しそうに目を細める。そうして少し強めの力で弱いところに舌を押しつけてきたので、迅の体は小さく震える。口から零れた息が熱っぽいのが自分でも分かる。気持ちいい、と伝える代わりにくしゃりとかき混ぜるように太刀川の髪を撫でた。その意味は伝わったのか、太刀川が愛撫する舌や手の動きを少しずつ強くしていく。迅を追い詰めるためのやり方だ。弱いところなんて太刀川にはとうに知られている。的確に性感を高められて、太刀川の生温い口の中でじわりと先走りが滲む感覚がした。それはすぐに太刀川の舌に舐め取られて、湿った感触が自分の先走りなのか太刀川の唾液なのか混じって分からなくなる。ひどくそれが淫猥なように思えた。
 最初は、言葉に当てはめるのであれば憧憬に近いような気持ちだったのだと思う。
 何も背負わずただ楽しいと軽やかに剣を振るうこの人が眩しくて、あっという間に駆け上がっていったその強さに悔しくなって、だけどその太刀筋の美しさと鋭さに思わず見惚れてしまって、そうして躊躇いもなくこちらに手を伸ばして遊ぼうぜって笑うこの人の揺れない姿に、抱いた沢山の感情を多分一言で言い表すなら、おれはきっとこの人に憧れていた。焦がれて、だからこそ追いついて、追い越してやりたかった。それがいつしか恋情に変わって、この人のことが好きだと思った。
 一緒に居ると嬉しく、居やすくて、楽しくて、ただただこの人のことが好きだった。
 今にして思えばあまりに透明できらきらとした、純粋に「好き」という気持ちばかりだったあの頃から、随分と感情の在り方が変わってしまったように思う。いや、変わったというよりは、増えすぎたといったほうが正しいのかもしれない。
 この人に触れたい、触れられたいという性欲も、どろりとした独占欲や優越感、支配欲も。ぜんぶぜんぶこの人が好きだという気持ちから始まっていて、そう思うと恋愛感情というのはひどく性質が悪いなあと思った。
 しかし今更手放しようもない。
 そんな方法はもうとっくに忘れてしまった。
 ――だけどこんなことを考えているなんて、もしこの人が知ったら、きっと「そんな小難しく考えなくたって、別になんだっていいだろ?」なんて笑い飛ばすんだろうなとも思う。そう思うと自然、口元がふっと緩む。まるでその隙を狙うみたいに全体を強めに吸われて、堪えきれずに声が零れた。
「っあ、……ぁ、たちかわさ、ん」
 太刀川の舌が器用に動いて、迅の好きな所を舐る。ぞわぞわと性感が駆けて、着実に追い詰められていく。太刀川の口の中で熱を集めた自身が張り詰めているのが見えなくても分かる。もっと欲しい、と理性よりも先に体が疼いて、好きに突き上げたくなる衝動をどうにか堪えた。髪に触れたままだった手に少し力が籠もってしまって、太刀川が機嫌良さそうに笑う気配がした。
「そろそろ、イく、から」
 熱い息と共に零した声はわずかに掠れた。太刀川の目が迅を見上げる。視線が絡む。太刀川の瞳に滲んだ欲の色が確かに濃くなったのを見て、やらしいな、と興奮した。そして自分だって人のことを言えないくらいひどい表情をしているのだろうという自覚はあった。繕う余裕はない。そんなもの、この人の前では無意味だ。すぐに剥がされて、剥き出しにさせられて、そしてそんな迅の表情こそ見たいと、すげー興奮するだなんて茶化しもせず言ってのけるのが太刀川なのだ。
 絶妙な力加減で柔く歯を立てられて、痛いというほどではない固い刺激に本能的な怖さとそれを上回る興奮を覚えた。獰猛な獣がうまく手加減してくれているような感覚。かと思えば全体を優しく嬲られて、既に張り詰めた性器には焦れったいくらいの刺激に腰が震えそうになる。
「……っ、ぅ、あ」
 零れた声がまるで甘えてでもいるみたいでかっと耳が熱くなる。けれど止められずに続く愛撫に、それも含めて受け入れられていると思えて、嬉しさの方が勝ってしまった。
 限界が近いのが自分でも分かった。先端を強めの力で舌先で擦られて大きく体が震える。でる、と宣言すると、太刀川は止めを刺そうとするみたいにより強く迅の性器を吸った。
「ッ、――……!」
 どくり、と太刀川の熱に包まれたまま欲が弾ける。太刀川は口を離さないまま、吐き出されたそれをごくりと嚥下した。最後の一滴まで舌で舐めあげられて、出したばかりで敏感なそこへの刺激に小さく体を震わせてしまう。そんな迅を見て、ようやくそこから口を離した太刀川は唾液でべとべとに濡れた唇を雑に自分の手の甲で拭いながらおかしそうに笑った。
 それに煽られて、手を伸ばす。それだけで要求を正しく受け取った太刀川が立ち上がってベッドに乗り上げ、こちらに体を寄せてきた。腕を掴んで軽く引いて、もう片方の手で太刀川の後頭部を支えるようにしながら唇を重ねた。舌を絡めるとそこにはもう自分が出したものはなくて、でも青くさくて苦い後味だけが残っていて、本当に全部飲んだんだなあという実感を連れてくる。ぞくりと沸き上がってくる興奮は、きれいなだけじゃなくなってしまった自分の恋情だ。
 舌を絡めて、唾液を分け合って、唇を離したときに太腿に固いものが擦れたのを感じて視線を向ける。見れば、まだ下着をつけたままの太刀川の股間が下着越しでも分かるくらいに質量を増していた。
 思わず、迅は自分の唇を舌でぺろりと舐めた。
 そして腕を掴んでいた手を、そちらに伸ばして軽く触れる。敏感な部分に触れられて、太刀川がぴくりと小さく体を震わせる。まだ触ってもいないはずのそこは確かにすっかり固くなっていて、なんならわずかに湿ってすらいるように思えた。
「……、興奮した?」
 聞けば、太刀川は頷く。迅のそれを咥えた時と同じくらい、躊躇いのない様子だった。
「おまえがすげーやらしい顔してるから」
 それで、触ってもないのにこんなにしちゃうの? なんて思って嬉しくなって、少しだけ恥ずかしくて、たまらなく興奮した。触れた手を布越しにゆっくりと動かすと、太刀川が短く息を吐き出す。その吐息が肩口に触れて、熱い。先程出したばかりの自分のそこだって既に少し頭をもたげ始めているのに自分でも気付いていて、人のこと言えないなとこっそりと思った。
「……太刀川さんに沢山気持ちよくしてもらっちゃったから、今度はおれの番ね」
 そう言って触れるだけのキスをした後、ぐっと手を引いて太刀川をベッドに転がす。仰向けになった太刀川に覆い被されば、見下ろしたその瞳の中に興奮と期待を見て取った。恋人として、これは期待に応えなくちゃね――なんて思って、まずはその首筋に噛みつくみたいに唇を落としたのだった。





(2022年7月13日初出)






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