いつだって




 カラオケに行こう、と最初に言い出したのは誰だったか。
 最近ボーダーのスポンサーに加わったカラオケ店が、隊員であれば優待価格で利用できるという話が中高生の隊員に広まってからは早かった。三門の平穏を守るボーダー隊員といえど勿論みんな普通の若者でもあるわけで、安くカラオケに行けるなんて最高じゃん、とみんな続々と乗っかり何だかんだと結構な人数が集まったのだった。
「すみません、予約していた東ですけど――」
 最年長ということで予約をとりまとめてくれた東が受付へ向かうのを少し後ろから迅は眺める。迅もこの流れに乗っかった一人である。正確には自分からというよりは嵐山から誘われて、そういや最近カラオケとか行ってないしなんか楽しそうだし、と二つ返事でOKしたという経緯だ。
 東が受付を済ませてくれている間、ロビーには玉狛の後輩を含め、高校生以下の若い隊員を中心としたメンバーが楽しそうに喋っている。それを見守っているとなんだか微笑ましいような気持ちになって、迅も何だかうきうきとした気持ちになってくる。人が、それも後輩たちが楽しそうにしている姿を見るのはやはりこちらも嬉しい気持ちになるものだ。
「受付終わったぞ。二階だ」
 振り返って言う東に、はーい、と賑やかな返事が返る。ぞろぞろと二階に向かう隊員たちの列の一番後ろのほうで、「お」と聞き慣れた声がした。思わず振り返ると、太刀川が受付の方に向かって何やら店員と喋っている。どうしたの、と聞く前に、太刀川がこちらに戻ってきて階段の手前に置いてあったマイクスタンドを手に取った。右手と左手、両手に一つずつだ。迅がこちらを見ているのに気付いて、太刀川がにやりと笑う。賑やかな声は階段を上がって少しずつ遠ざかっていく。
「使うの?」
 気合い入ってるなあと少し笑いながら太刀川に聞く。そういえば太刀川との遊びといったら専らランク戦だったから、太刀川とカラオケに来るのは考えてみれば初めてだ。太刀川が何を歌うのかまったく想像がつかない。スタンドマイクで歌う曲が十八番だったりするんだろうか。
「折角借りれるなら、使った方が楽しそうだろ?」
「まあ、それはそうかも」
 言いながら太刀川が迅の方に歩いてきて、ずいと右手に持っていた方のマイクスタンドを迅に向けて差し出した。思いがけない展開に迅はぱちくりと目を瞬かせる。
「え、持てって?」
 まあいいけど、と思いながらマイクスタンドに手を伸ばす。迅がマイクスタンドを握ったところで、太刀川はそうじゃないと言いたげにかぶりを振った。
「おまえもやろーぜ」
 そう当たり前みたいな声音で言われて、迅は思わず太刀川の顔を見る。太刀川はじっと迅を見ていた。まるでいたずらっ子みたいな、どこかわくわくと楽しそうな顔で。
 あ、マイクスタンドを二つ持ってきたの、おれにも渡すためだったのか。
 ――他の誰かにとかじゃなくて、当たり前みたいにおれに。
 そう思えばさっきのうきうきとは少し違う種類の高揚が、せり上がるように体を駆ける。握ったマイクスタンドに迅はきゅっと力を込めて受け取った。
 一緒に遊ぼう、と。太刀川はいつだってそうだった。高校生の頃ランク戦に明け暮れていた時期も、ランク戦から離れてしばらくしてからもまた、悪友じみた遊びには決まって太刀川は迅を誘った。まるでそれが当然みたいに。なんでおれなの、と聞けば太刀川はいつだって「だっておまえとが一番楽しいだろ」と言う。
 それは迅にとって間違いなく、優越感だった。
「いいね」
 何を歌うつもりなのかも知らない、でもまあ太刀川となら楽しいに決まってる。おれだってさ、そう思ってるわけで。
 太刀川の真似をするみたいににまりと笑ってみせる。それに満足げな表情になってから「よし、行くか」と歩き出した太刀川の足取りは軽やかで、こーいうとこ単純なひとだよなあとおかしい気持ちになる自分だってまた単純だと分かっていたから、後輩と合流する前にこの緩んだ表情を戻さないとなと思うのだった。






(2022年7月29日初出)






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