きのう、きょう、あした
自分が行ってもどうにもならない、とは思いつつもやはりじりじりと落ち着かない気持ちになってしまうのは罪悪感からだと自覚していた。やっぱり気になって居室を出て廊下を進むと、トイレの鍵は未だ閉まっている。
「……太刀川さーん、大丈夫?」
そっと声をかけると、中からは「おー」と案外呑気な声が返ってくる。しかし普段より少しだけ、元気がない、気がしないでもない。そりゃそうだ。何分かまでは計っていないがそこそこ長い時間トイレにこもるような体調の人間が万全に元気であるはずもない。
トイレの正面の壁に凭れて、迅は小さく息を吐いた。
「……、ごめんね」
起き抜けにも吐いた台詞をもう一度言う。吐き出した言葉と共に、再び罪悪感が頭をもたげた。
知識としては知っていたのだ。太刀川と初めてセックスをする前に調べたサイトに書いてあった――生で中に出すとお腹が痛くなる、って。
知っていた、けど、昨夜の茹だった頭では我慢がきかなかった。散々煽って煽られて体も気持ちも高まったところでまさかゴムが切れていることを失念していたなんて展開、視えていなかったのだ。結局目の前の欲には抗えず、しかもやるだけやって疲れてうっかり後処理する前に寝落ちてしまいこの結果である。
受け入れる側の方がいろいろと身体的な負担が大きいことは最初から分かっていたし、だからこそできるだけ太刀川の負担を減らせるようにしたいと、そう思ってきたはずなのにこれだ。
「いーぞ、って言ってるだろ」
だというのに太刀川は起き抜けと同じ台詞を返す。
「いやーでもさあ」
迅がなおも続けようとすると、それを遮るように太刀川が言った。
「昨日だって、挿れろって言ったのも中で出せって言ったのも俺だろ。だからおまえだけ気にすることじゃない」
その言葉に、昨夜の出来事がフラッシュバックして反射的にかっと耳が熱くなる。
(確かに、言った、けど)
ゴムが無いからどうしようかと直前になって渋る迅にいいから挿れろと焦れたように腰を押しつけてけしかけたのも、達する直前の迅をホールドしていいから中で出せと凶悪なほどいやらしい顔で強請ったのも、確かに太刀川の方なのである。だからこそ理性なんてすっかり跡形も無く流されてしまったのだが。
一度思い出してしまえば耳だけじゃなく、顔も、首の後ろまでいやに熱い。そんな単純な自分がまた恥ずかしい。それに気を取られてうっかり黙ってしまったからだろう、ドアに挟まれて見えないはずなのに間違いなくにやにやとした顔で太刀川が言葉を続ける。
「なんだ、思い出して照れてんのか? やらしいな~ゆういちくんは」
最後の方とかあんな好き放題してたくせに、なんて口調で続けられてしまってぐうの音も出ない。これ以上喋ると何か墓穴を掘ってしまいそうに思えて、「……うるさいよ」と返すのが精一杯だった。
「それに大学サボるいい言い訳ができた。今日の授業面倒だったんだよ」
その上そんなことをからっとした調子で言われてしまえばなんだか力が抜けてしまう。
「いい言い訳って……」
と、トイレの中からざああ、と水が流れる音がした。少しの間の後に扉が開くと、のそりと太刀川が現れる。顔色は、トイレに入ったときよりも多少いいような気がする。
「……もう大丈夫なの?」
聞いてみれば、太刀川が頷く。
「まだちょっとアレだけど、多少マシにはなったな」
言った後に太刀川はじっと迅の顔を見つめる。
「おまえのほうが大丈夫か? 顔、まだ赤いぞ」
にやにやと笑いながらそう指摘されれば、恥ずかしさでぐっと居たたまれない気持ちになる。さっき思い出してしまった昨夜の余韻がまだ引き切っていないのだ。
「……昨日の太刀川さんがやらしかったからだよ」
ああほんとかなわないな、と絶対口にはしない思いを噛みしめる。がりがりとまだ熱を持った首の後ろを雑に掻きながら太刀川に返すと、太刀川は満足げな顔で「そりゃどうも」と楽しげに笑っていたのだった。