渇望に夏
互いに急いているのは帰り道から自覚していたから、ドアが完全に閉まりきるかどうかというタイミングでもう我慢できないといった様子で唇を押しつけられたのは未来視がなくたって予想できたことだった。
というかこいつからこなかったら多分俺からいってた、と太刀川は思う。
まるで高校生の頃、迅がまだS級になる前の夏休みみたいな日だった。あの頃みたいに朝から時間も気にせずたっぷりランク戦をして、本気の迅と何度も何度も戦り合って遊んで。
そしてこの男の鋭い剣を、突飛で面白くてならない戦術を、そして俺を本気で取って食ってやろうってくらいの苛烈な青い眼差しをあんなに近い距離で浴び続けて、興奮しきらないわけがないのだ。
我慢なんてできるはずがない。
散々戦って戦って高められた興奮は別の回路にも繋がるのか、いつしか体は今度は別の刺激を求めていた。
それは迅も同じだってことはブースを出て顔を合わせた瞬間に分かった。だから家に誘ったし、迅だってすぐに頷いた。
外に出れば、空調のよく効いた本部とは打って変わってまだ高く昇ったままの太陽は容赦なくじりじりと暑かった。そんな夏の街を言葉少なに迅と早足で帰る。本部に行きやすくて家賃も安いからという理由で本部からほど近い、警戒区域スレスレのところに借りた太刀川の一人暮らしのアパートの部屋までの距離をこんなに長く感じたのはこれまでなかったんじゃないかと思うくらいだ。それほど焦れて、早く欲しいと頭が茹だっていた。迅だってそうだったろうというのは、部屋に辿り着くなりのこの男らしくもない性急さでよくわかる。
駆け引きもなく、迅の舌がすぐに太刀川の口内に入ってくる。太刀川の唇の隙間を縫って我が物顔で侵入してくるそれを、しかし拒む理由などなにひとつなかった。口の中に受け入れた迅の舌にこちらからも舌を押しつけて、舐めてなぞって迅の性感を煽る。そうすれば負けじと迅は太刀川の後頭部に回した手にぐっと力を入れてより深く舌を押し付けてきた。分かりやすいほどに負けず嫌いを表出させたその仕草は、まるで先ほどまでのランク戦の延長みたいだなと笑えてしまった。唇は迅に塞がれたままだったので、物理的に笑い飛ばしてやることはできなかったのだが。
いつの間にか壁に押しつけられるような形になっていた。互いに夢中になって貪っていたら、首筋を汗の雫がつう、と伝って落ちていく。拭いも出来ないままのその感触にようやく、暑いな、と頭の隅で気が付いた。深いキスで自分の体温が上がったせいかとも一瞬思ったが、そもそも部屋の中が暑い。太刀川の部屋は日当たりが良くて、朝起きてカーテンを開けたまま夏の日差しをたっぷりと浴びた部屋の中なのだからそれは考えてみれば当たり前のことだった。
生身に戻った迅だって暑いだろう。しかし唇は離れない。太刀川だって暑い程度のことで離そうとは思えなかった。
迅の空いているほうの手が脇腹、腰、と煽るようにシャツ越しに太刀川の体に触れてゆっくりと下っていく。太刀川の体をまさぐる迅の手がやたら熱いのは部屋が暑いせいなのか、興奮しているせいなのか。どちらもかもしれない。そして迅の手がズボンの上から既に固くなり始めているそれに辿り着くと、思わずぴくりと腰が震えてしまった。
戯れにすら足らない程度に触れられても、既に興奮して欲情した体はそれだけで期待を拾う。太刀川のそんな反応を合図にしたみたいに、迅の唇がようやく離れる。
至近距離で視線が絡む。迅は唾液に濡れててらてらと光る唇を、ぎゅっと引き結んでいた。
いつもだったらへらりと軽薄そうに笑って「もう勃ってるね」とか「気持ちよかった?」とかわざとらしく煽ってくるところを、迅は何も言わずに太刀川を見つめる。青い目に灯ったあまりに強い興奮と欲の色に、ぞくりと背中がわなないた。
唇も手のひらも、触れたどの場所よりもずっと、迅の目が一番熱かった。
ベッドまで辿り着くと引き倒されるようにのし掛かられて、性急に体を探られる。
シャツを脱がされて、唇に体にと何度もキスをされる。その合間に迅がひどく熱っぽい声で「きつかったら言って。ってか蹴っ飛ばしてくれていいから。今日、ちょっと我慢きかなそうだ」なんて言う。だから太刀川は「我慢とかいらね、って、好きにしろ……っ全部みせろよ、迅」と笑い飛ばしてみせれば、迅はまたひどく煽られたような表情になった。そして返事代わりなのか太刀川の鎖骨にがぶりと噛みついてくる。いつもの迅は丁寧にしつこくこちらを高めてくるのが好みのようだから、確かに今日の迅はやたら凶暴だ。しかしそれが嫌なわけがない。興奮しかなかった。
あっという間に一糸纏わぬ姿にさせられ、パンツを脱がせるなり迅は太刀川の性器を口に咥える。柔らかく温い温度に敏感な部分を包まれてひくりと震えた太腿は、迅の手にしっかり押さえられているからきっとそんなわずかな反応すらつぶさに迅に伝わっているだろう。
暑い中一日パンツの中で蒸れたそれを口に含む迅の動きには躊躇いなんて微塵もなくて、知っていたことだが少し驚いてしまう。が、そんな気持ちも太刀川の好きな場所に、好きな力加減で的確に施される口淫のせいですぐに思考の奥に追いやられていく。
こういう関係になった最初の頃なんかは特に、迅はベッドに入る前はしっかりとシャワーを浴びたがった。別に汗くさくても気にしないし、むしろ興奮するかもな、とこちらは伝えていたのだが迅はなかなか首を縦に振ろうとしなかった。しかし考えてみればこうして太刀川が汗をかいている時は、むしろ迅の方から触れたがってくることも多いのだ。迅のほうは結局、自分が汗のにおいを纏わせていたり汗だくのまま事に及ぶのは好きじゃないが、こちらがそうだったなら迅だって興奮するということなのだろう。
呆れてしまう。しかしそれ以上の興奮があった。迅が太刀川にそうして強く興奮しているということ、そしてそんな迅がシャワーを浴びて自分を小綺麗にする余裕なんてかなぐり捨てて、今太刀川にのし掛かってきていること。そのどちらもが、太刀川の頭をさらに熱くした。
「っあ、……ぁあ、あっ」
舌全体でじっとりと舐めて、先端を窄めた舌先で少し強いくらいの力で嬲って。迅の手管のすべてが太刀川をあっという間に追い詰めていく。
もともと興奮しきっていた体はすぐに限界を迎えて、「イく、……ッ!」と口から零れた直後熱いものが精路を駆け上がる感覚がした。迅は太刀川にちらりと視線を向けたが咥えたままのそれを離す素振りもみせず、まるで当たり前みたいにそれを口で受け止める。吐き出されたそれを最後まで飲み込んで、それでもまだ欲しいとでも言うかのように鈴口に溜まった最後の雫をぺろりと舌で舐め取ってくるものだから、その刺激に「ぅあ、……」と甘えたような声が零れてしまった。
ようやく口を離した迅は満足げな、あるいは煽られて発情したような顔で再び太刀川を見下ろす。はー、はー、とこちらはまだ余韻の中で荒い息を吐いている中だったが迅は「うしろ、挿れるね」と宣言してローションを適当な量手のひらに出し、指にその滑りを纏わせて先ほど触れていた場所よりもっと奥へ進んだ。
目的の場所を違わず見つけた迅はつぷりと指先を沈ませて指を曲げ伸ばし、そしてその動きはすぐにぐちぐちと入口を広げる動きに変わる。普段であればこれも前戯として太刀川の性感をじっくりとしつこいくらい煽りながら時間をかけてそこを広げてくるところだが、今日の迅はそれよりずっと直截な、自分を早く受け入れさせる為の指の動きをしている。それに今日の迅の余裕のなさを感じて、強い高揚を感じた。
あっという間に指を三本埋められ、入口が解かれていく。迅は言葉少なで、そのぶん互いの呼吸の荒い音がよく聞こえる。より奥の方へと進んだ指が偶然といったように内壁を掠めて、しかし敏感になった体はそれだけで大袈裟なくらいびくりと跳ねてしまった。それを合図にしたみたいに、もう我慢なんてきかなくなる。
「……じ、ん……ッ、も、いーだろ」
はやく、と強請る声は欲に掠れた。部屋に着いた時点でもう欲しくて仕方なかったのだ。受け入れるために必要なことと頭では分かっていても、もうこれ以上待てそうになかった。
太刀川を見下ろした迅が、小さく目を細める。何か衝動を堪えるような、そんな表情だった。
「わかった」
呟くように迅が言って、ずるりと太刀川のそこから指を引き抜く。迅の指を失った後ろが、物欲しそうにひくつくのが分かった。それはきっと恥じらうべきところなのだろうが、今は早くここを迅に埋めて欲しいということしか考えられない。いつもの迅なら太刀川が強請っても「まだだめ」とか「もっと解さないと太刀川さんが痛いでしょ」なんて言って聞き入れず自分が納得するまで続けてくることが多いのだが、今日は迅にもそんな余裕はないようだった。
迅が前を焦れたような手つきで寛げて、触ってもいないのにすっかりガチガチなそれを取り出す。迅がそれにゴムをつけていくのをじっと見ながら、期待と早く欲しいという焦燥で吐き出した息に熱が籠もった。
早く欲しい。その熱でひと思いに貫かれてしまいたい。迅の剥き出しの熱を、一番近くで――
「やらしー顔」
太刀川を見下ろした迅が軽薄そうに笑う。
頬は赤く上気して、汗で前髪は張り付いて、繕う余裕もない顔。
ひくついたそこに熱いものが宛がわれる。そう思えば次の瞬間には迅が一気に奥まで貫いてきて、待ちわびた刺激にそれだけで体は軽く達してしまった。
「――ぁあ、あ……ッ!!」
目の前が瞬いて白む。ひどい声とともに体を反らして、先端からどろりと白濁が零れた。後ろを強く収縮させてしまって、迅が苦しそうに眉根を寄せる。そうした後、迅がにまりと口角を上げた。人のことなんて全く言えないひどくいやらしい顔だ。
「太刀川さ、ん」
はあ、と迅が吐き出した荒い息の音が二人きりの部屋の中にいやに大きく響く。汗で額に張り付いた髪を邪魔そうに掻き上げて、迅が言葉を続ける。
「突っ込んだだけでイっちゃった?」
その表情は笑えるほどいやらしいくせに、声が嬉しそうで気持ちよさそうなのがかわいいやつ、と思う。しかしそんなことを考える僅かな余裕すらすぐに突き崩されてしまった。
「~~ぅあ、ああっ!」
最初から加減のない激しい律動に、抑えようもなく声が零れる。達した余韻が引き切らない体はまだひどく敏感なままで、そこに容赦なくかき回されれば、度を超えた快楽に体を震わせることしかできない。
我慢できない、と最初に宣言した通り、今日の迅は自分の欲を制御なんてせずに太刀川にぶつけてきているようだった。そう気付いてしまえば心をひどく満たすこの感情は、優越感というやつだろうか。
迅が急にぐっと煽られたように唇を引き結んだから、それで自分の口角が知らず上がっていることに気が付いた。迅が体を前に倒すと角度が変わったせいで中が擦れる場所が変わって、それだけでびくりと体を震わせてしまう。迅の頭が近付いてきたと思えば首や鎖骨にろくに狙いも定めない様子でがぶりと何度も噛みついてくる。まるで大型犬がじゃれてくるかのような仕草とともに、ふっと迅の汗のにおいが香った。
普段よりずっと生々しくて雄くさい迅のにおいに、どくりと心臓が音を立てる。ああやっぱりいいな、と思う。興奮する。たまらなく。
その情動の発露のようにすぐそこにあった迅の頭を思うままぐしゃぐしゃに撫でると、それに対抗するつもりなのかなんなのか迅は太刀川の肌に立てる歯の力を強くした。ぴりついた痛みが肌に走る。食われるんじゃないか、なんてばかみたいなことを思う。そんな考えにも迅が与える痛みにも反射的に抱いたのは興奮ばかりで、そんな自分が面白かった。
トリオン体では再現しきれない生身の熱、汗のにおい、手のひらや口の柔らかな感触、立てられる歯や、あるいは挿入されるときの時に痛みや違和感を伴う感覚でさえも。迅が与えてくるすべての感覚が、さっきまでもあんなに近くで斬り合っていたのに触れられなかった迅の生々しい生に触れているという実感を連れてくる。
トリオン体での迅のことはずっと知っていた。だけどそれじゃもう足りない。
生身だって、いちばん近くで知りたかった。
「っ、あ、ぃ……ぁああっ」
迅が腰を動かす度、口からはとめどなく喘ぎが零れる。結合部からローションが溢れて、ぐちゅぐちゅと淫猥な水音が部屋の中に大袈裟に響いた。再び律動に集中し始めた迅は太刀川の弱いところを的確に何度も突いてきて、その快楽の強さに既に二回達しているはずの性器がまただらだらと先走りで濡れそぼっているのが視界に映る。そのぐずぐずになった性器に、確かにやらしいなと自分で笑いそうになったけれど、迅の先端が前立腺を擦り上げてきてその強い刺激にまた喘ぎ声を零すことしかできなくなってしまった。
体がやたらに熱い。胸元になにか水滴が落ちてきて、雨かと一瞬勘違いしそうになったがそんなわけはなく、迅の体を伝い落ちた汗だと一瞬の間の後に気付いた。太刀川も迅も、もうすっかり汗まみれだ。
こんなに熱いのは部屋の中が纏わり付くように暑いせいだ、とようやく気が付き、そういえばクーラーを結局つけないままだったことに思い至る。ローテーブルの上に置いたままのリモコンは沈黙したままで、しかし今からそれを手を伸ばしてつけようなんて気にならなかった。
それより今この瞬間に欲しい熱が目の前にあったからだ。
暑さのせいなのか過ぎた快楽のせいなのか頭がぼうっとしてくるのに、目の前の迅のことだけはやたらと鮮烈に見えた。さっき直したはずの迅の前髪はまた汗に濡れて乱れて、顔も真っ赤でその目は欲に濡れてぎらついている。そして太刀川を組み敷いて余裕なんてかなぐり捨てた様子で腰を振ってくる。普段本部で涼しい顔ばかり見せたがるこの男の剥き出しの姿に、感じるのは興奮と高揚ばかりだった。
こいつの本気になった顔が好きだ。
外面もまるで取り繕えないくらいに本気になって俺を求める顔が好きだった。
もっと欲しい。全部が見たい。こんなふうに何かに強く執着する自分に何度も新鮮に驚かされる。しかしそれを刻みつけてきたのは、間違いなくこの男自身だった。
ランク戦で張り合って戦うようになった頃、スコーピオンを作り上げて俺の前に立った瞬間、黒トリガー奪取の命で風刃での本気のこいつと戦った時、そしてこういう関係になってから――。前にそんなことを言って冗談交じりに「だから責任とれよ」なんて笑ってみせたことがあったが、迅は少しの間の後に「……いいよ?」と返してきた。その目は結構本気で、それになんだか胸がすくような、嬉しいような気持ちになったのだ。
腰を打ち付けてきながら、迅が太刀川の表情を、反応を、なにひとつ見逃すまいとするように見下ろしてくる。普段は未来ばかり視てはあちこち気を回している男が、今この瞬間太刀川だけを見ている。
ぎらぎらとひかる青。
射抜かれて、ぞくりとする。欲張りなやつだと思った。そしてそれは自分だって、全く同じことなのだ。
二人して汗だくで、クーラーもつけずに、欲情しきって互いを貪るこの時間がばかばかしくて最高に楽しく思えた。
「は、……っあ、ああ、ッ、じん、イく……」
掠れた声がひたりと乾いて張り付く。喉が渇いた、と思った。だけど水以上にもっと欲しいと思ったものを手を伸ばして強請ると、迅はそれを正しく受け取って唇を重ねてきた。迅の唇も、舌も、太刀川と同じくらいに熱い。上も下も、触れた場所から迅の温度と融解していくようだった。一番奥をしつこく突かれながら口の中も一緒に蹂躙されて、再び熱が弾ける。
「――~~ッ……!!」
喘ぎ声は迅の口の中に全部吸われていった。びくびくと体が大きく震えて、中にいる迅を強く締め付けてしまう。迅もぐっと眉根を寄せながら「っ、あ、~~……!」と小さく呻くような声を上げて、太刀川の中に熱いものをたっぷりと注ぎ込んだのだった。
事が終わって、ベッドに四肢を投げ出したままエアコンの風を浴びる。ようやくつけたエアコンの涼しい風が、全身にぐずぐずにかいた汗を冷やしてくれた。汗をかいたまま体を冷やすと風邪を引くと昔母親に口酸っぱく言われたことをぼんやりとした頭の中で思い出したが、この心地よさはなかなか止めがたい。あともう少しだけ、と心の中で言い訳して太刀川はゆっくりと息を吐いた。
ひとたびエアコンをつけると部屋の中はあっという間に涼しくなって、さっきまでの部屋がいかに暑かったかを思い知らされた。それだけ夢中になっていたのかと思うとまたおかしい。でも、それこそが楽しかったのだ。
裸足の足音が近付いてきて視線を向けると、キッチンに行っていた迅が二人分のグラスを持って居室に戻ってきた。その中にはなみなみと麦茶が注がれていて、それを見てようやく自分が喉が渇いていたことを思い出す。
「太刀川さん、はい。喉渇いてるでしょ」
ベッドの端に座って片方のグラスを差し出してくる迅の顔はまだほんのりと火照って、髪だってぐしゃぐしゃのままだ。普段実力派エリートだなんて言ってかっこつけている時とは全く違う間の抜けた迅の姿を見て、なんだか妙に気持ちが満たされてしまった。
「あー、ありがとな、……」
そう言った自分の声は分かりやすく乾いて掠れている。当然だ。暑い中クーラーもつけず水分もとらずに貪るようなセックスをして、この男に散々喘がされたのだから。
水分は欲しいな、と思って手を伸ばしかけるが、飲む為には起き上がらなくてはならないと気付く。別に起き上がれないほどではないものの、まだ余韻の中にいる体はあちこち重く感じた。喉は確かに乾いているのだが、動くのが若干億劫だ。
そんなことを考えているとふと思いついて、動きを止めた太刀川に不思議そうな目を向ける迅にそのまま言ってみることにする。
「起きるの面倒だから口移ししてくれよ」
太刀川が強請ると、迅の顔の赤さが一気にまた濃くなった。漫画だったら、かああ、という効果音がつきそうなくらい見事に赤くなった迅が焦ったような口調で言う。
「な、……っにそれ」
「いーだろべつに、こういう仲なんだし」
ただの思いつきで口にしただけだったが、変なところで恥ずかしがりな迅をからかうには十分なカードだったらしい。行為そのものがどうこうというよりは迅の反応が楽しくて、段々割と本気でしたいような気持ちになってきてしまった。
「……やだ」
「えー、なんだよつれないなぁ迅」
さっきまでもっとすごいことをしていたのに何を今更恥ずかしがるのか、と恋人の妙な初心さをおかしく思っていると、その恋人は赤い顔でもごもごと言う。
「……、そんなことしたらまた欲情しちゃうし」
視線を泳がせた迅の表情に冗談を言っている様子はなくて、そんな迅が可愛くて面白くて、笑いそうになってしまう。
本当にこの男といると飽きない。いつだって楽しくて、面白くて、もっと欲しくなってしまう。ランク戦だけにとどまらなくなったその欲は、今なお大きくなり続けるばかりだ。かつての夏よりずっと厄介になったその感情を、しかし止めようなんて思えない。
互いに同じその感情を抱いていることを、もう知っているからだ。
がばりと勢いをつけて起き上がって、迅の手からグラスを奪ってやる。ごくごくと飲むと喉を通る冷たさが心地が良い。どうやら自分で思っていた以上に喉が渇いていたようで、麦茶がたっぷりと入っていたグラスはあっという間に空になってしまった。
ぷはあ、と麦茶を飲み干した太刀川を見て、迅はぱちぱちと目を瞬かせる。
「普通に起きれるじゃん!」
「ああ。だから」
空になったグラスを、ベッドの上に座ったまま手を伸ばしてローテーブルの上に置く。そして肩が触れ合うくらいの距離まで迅と距離を詰めて、その顔を覗き込んでにまりと笑ってやった。
「また欲情してくれていいぞ? 俺もまたその気になってきたし」
「……も~」
諦めたような、でもどこか嬉しそうな様子を隠し切れてない声色でそう肩を落とした迅が苦笑する。口元に当てた手の隙間から覗いた口元は油断したように緩んでいた。そうして迅は、太刀川を見つめ返す。
「今日はほんと無理だな。煽ったなら責任とってよね、太刀川さん」
そう言った迅の瞳に、またどろりとした欲の色が間違えようもなく滲んでいる。それにまた太刀川もぞくりと興奮した。すっかり弛緩した空気の中に、再び濃密な気配の予兆のようなものが漂い始めるのがわかる。
「ああ、いいぞ」
言った後、太刀川が付け足して迅を煽るように口角を上げる。
「いくらでも取るから好きにしろよ」
「……そーいうとこだよ、太刀川さんさ」
まるで拗ねてでもいるみたいに唇を尖らせた迅が、手に持っていたグラスの残りの麦茶を一気に煽る。ローテーブルにグラスを置いた後すぐ太刀川の足を跨ぐように乗り上げて、先ほどより少しだけ冷えた唇を押しつけてきた。こちらからも舌を伸ばして応戦すれば、キスはあっという間に深いものに変わる。
キスの合間に再び押し倒されて唇がもとの熱さになる頃には、すっかりまた二人とも夢中になっていたのだった。