同じ夜に溺れて
達したばかりの体を容赦なく揺さぶられて、思わずあられもない声がこぼれてしまう。内側のイイところを擦られるたび体がびくびくと震えるのを、その青い目に余さずじっと見られていた。
「ぁ、じ、……ん、っあ、ちょっと待て、って……!」
「やだ」
荒い呼吸の中どうにか伝えた言葉もあっさりと却下されてしまう。足を抱え上げられ、ぐ、と太刀川の好きな一番奥に熱を押しつけられればその強い性感に目の前が一瞬ばちんと白む。達したばかりで敏感になった体は堪えようもなくまた軽く達してしまった。「ぁ、」と吐息とも嬌声ともつかない音が口から零れて、震わせた自分の息はきっとひどく熱いことだろう。汗やら何やらでぐずぐずになった太刀川を見下ろした迅は、汗だくの真っ赤な顔でにまりといやらしく笑う。
今日は久しぶりに迅とランク戦をして、そして負けた。四対六の僅差ではあったが、ギリギリのところで何度も獲られて、迅と戦り合えて楽しいのと同じくらいにとても悔しい思いをしたのだ。迅が再びスコーピオンを使うようになって数ヶ月、三年ちょっとのブランクなんてまるで感じさせず、あの頃よりもっと多彩な攻撃で太刀川の首を獲りにくる迅にそれでこそという思いと同時に舌を巻く思いでもあった。
他の誰と戦うより迅と戦うのが一等楽しい。同時に、他の誰に負けるよりも迅に負けるのはひどく悔しい。あまりに強烈な楽しさと悔しさ、そして興奮を持て余したまま迅に「家、行きたい」と言われて二つ返事で了承し、そのまま二人で太刀川の部屋に帰宅して今だ。迅だってこちらと同じような衝動を抱えていることは、ランク戦を終えて顔を合わせたときからもうよくよく分かっていた。
こういう日の、欲情した迅はとてもいやらしくてしつこい。いつもは焦れったいくらいに優しくしようとするくせに、興奮してどうしようもないような日はこんなふうに太刀川の言うことをあえて聞かない意地の悪さをみせたりする。勿論太刀川が本気で嫌がれば止めるだろうし、太刀川が迅にされる大抵のことは拒む気がないことを見抜かれているからこその振る舞いだということは互いに承知していた。
迅が自分の欲に素直になってがっついてくるのは、嫌いなわけがなかった。むしろ大歓迎だ。こちらに向けてくる迅の本気の目がなにより好きでたまらなく興奮するし、普段は人のことばかり考えて生きている迅が我慢せずにわがままをこちらにぶつけてくることには優越感を抱くばかりである。それを受け止めて甘やかすことのできる自分自身に対しても。
しかしまあ、気持ちよすぎてしんどい、ということはある。もうすっかり太刀川以上に太刀川の体を知っている迅は的確に何度もこちらの気持ちいいところを攻めてくる。迅という男は理性の箍が外れた時でも自分が気持ちよくなること以上に、こっちをぐずぐずに溶かしてくるのが好きらしく、結局迅らしくて呆れてしまった。そういう所も愛おしいと思う、が、そんな思いに浸る余裕なんてまた深く腰を使われてしまえばすぐに消し飛んでしまう。
迅とのセックスは好きだ。迅が与えてくる気持ちいいことも好きだ。それに込められた迅からの俺に向けての欲や好意だって、勿論全部含めて。だけどせめて呼吸を整えさせてほしい、と思う。迅によって高められた体は容赦なく与えられる性感で降りることを許されず、迅のわずかな動きにすら過度なくらい性感を拾い上げてしまう。
いつもだったらそれすら開き直って楽しんでしまうこともある。が、さっきまでのランク戦での悔しさを引きずっているせいで、なんだか今日ばかりは迅にいいようにされていることに対する悔しさのようなものもじわりと抱いてしまった。
ランク戦をしたのも久しぶりだし、会うのだって久しぶりだった。
ここしばらく迅は本部にも姿を現さず全く捕まりやしなかったし、太刀川の部屋を訪れることもなかった。迅にはこの部屋の合鍵を渡していつでも来ていいぞと言ってあるし、たまに合鍵を使って部屋に来ることもあるのだがここしばらくはそれもなかった。メールや電話すらも全然だ。どうせまた何か気になる未来でも視てあちこち暗躍して忙しくしていたのだろう。気にするほどでもないいつものことだし、それの重要性も、そうしたいという迅の意固地なほどの思いも分かっているつもりだ。普段はそれに干渉をする気も毛頭起こらない。迅という男はずっとそういうやつだからだ。
しばらく会っていなかった後にこうやって分かりやすくがっついて、まるで自分のものだというのを教え込んででもくるような抱き方にもいつもであれば、かわいいやつだ、と思う。だけど今日はなんだか少しだけそれもどうも悔しいように思ってしまった。心の中がじりじりとして、焼けつくような心地になる。いつもだったら意識にすら上らないような思いが今日はうまく飲み下せなくて、思わず言葉に出してしまった。
「ぅあ、ぁ、……~~っお、まえ、ほんと、……っ!」
「ん。なに?」
言いながら迅がまた腰を揺すってきて、その刺激で先端からぴゅくりと先走りが零れる。反り返った自分の中心はもう精液や先走りでどろどろになって震えるばかりだ。
対する迅だって汗だくで顔は真っ赤で目も欲に濡れてぎらぎらしているくせに、口調ばかりは涼しそうにしている。そのことに、また少しむっとした気持ちになってしまった。
「……全然顔出さなかったくせに、っ、久々に会ったらこういう……」
体が熱くて、快楽に震えて縺れそうになる舌をどうにか動かして喋る。熱に浮かされた頭はうまく働いてくれないから、思いつくままに言葉を口から零した。
そういえば最近迅を見てないな、とふと思って、まあ忙しいんだろうとすぐに片付ける。迅がA級に戻ってランク戦に復帰してからも、それからすぐ迅とこういう関係になってからもいつだってその繰り返しだった。
寂しいとか会いたいとかってわがままを言う柄じゃない。別に迅がいなくたって普通に日々を過ごしていられるし、まして仕事と私どっちが大事なの、だなんてドラマみたいな問答をする気もない。そんなの比べるものじゃないからだ。迅がやるべきだと思って進んでいる道を個人的な感情で邪魔する気なんてなかった。
だけど。
毎日ランク戦ブースに足を運ぶ度に、ちらりと「迅来てねーかな」とほんのわずか期待をしてしまうこと。夜寝る前に、あいつ今日来るかな、と不意に思い出すこと。求めるほどのことじゃない、けどふと浮かぶわずかな期待と、それが叶えられないことで浮かぶ寂しさとまでいかないくらいのざらりとした感情。
納得はしていても、例え人に対する執着心がおそらく薄い部類に入る俺だったとしても、それらが全く無いなんてわけじゃないのだ。
は、と、熱い息が開きっぱなしの口から零れ落ちる。
「……っと、ずりい、おまえ」
そう言ってから、そうだ、と思う。ずるいと思うのだ、この男は。
会えばいつだってこんなふうに熱心にねちっこく刻みつけては自分のものだって主張するみたいに振る舞うくせに、来ないときはするりと離れては全く音沙汰無しだ。まるで気まぐれな野良猫のようだと思って、野良猫なんてかわいいやつよりずっと性質が悪いけどなとすぐ思い直した。
こっちには未来視なんてない。だからふとした時に期待しては、叶わなくて持て余す。こっちがこんなふうに燻らせていることも、きっと自分のことにはいやに鈍感なこの男は思い至りもしないで思い出しもしないで、いつもの日々を過ごしているんだろう。
執着しているならもっと、わかりやすくやれよ、なんて理不尽なことを思う。普段は全然思わないようなこんなことを思うくらいには自分だってこの男に執着して、期待して、らしくもなくかき乱されているのだと今更に知る。
「……、なにそれ」
いつの間にか腰の律動を止めていた迅が、ぽつりとそう呟く。その音からはうまく感情を読み取れなくて、生理的な涙でうっすらと滲んでいた目をぱちりと瞬かせてから迅を見上げた。迅はぐっと眉根を寄せて、何か衝動を堪えるような表情で太刀川を見下ろす。ぐしゃりと迅が自分の髪を雑に掻き上げて、苦しそうな声色で言った。
「ずるいのはどっちだよ、っ……」
その言葉に返事をする前に、ぐんと奥を再び擦られて体が跳ねる。
「ぁあ、ッ……!」
また大きく声が零れてしまって、しかし迅はやっぱり手加減なんてせずに体を揺さぶってくる。
「おれのこと考えたの? 会ってないとき」
そんなことを聞いてくるくせに中を抉る動きは容赦なくて、本当に答えさせる気はあるのかと思ってしまう。ああやばい、またイきそうだ、と頭の隅で思う。油断すれば全部が喘ぎ声に変わってしまいそうなところを、どうにか途切れ途切れになりながらも迅の言葉に答えた。
「そ、だ、……って、言って、ッ」
太刀川が言うと、迅はぎらついた青い目を眇めていやに優しく笑った。優しいくせに、ひどく性質の悪い顔だ。迅がぐっと体を前に倒してきて、その拍子に内側の角度が変わってまた深いところに先端が届く。あ、と声を震わせた間に迅が太刀川の耳元に唇を寄せた。そうして、耳の中に直接注ぎ込むみたいに迅が低い声で囁く。
「ね、じゃあ、もっと考えててよ。おれとおんなじくらい。もっとさ」
耳たぶを噛んで舐めあげたその刺激にすら、性感に浮かされた体は快楽を拾う。ぶるりと体を震わせると、耳元で迅がふっといやらしく笑った気配がした。
「おれはずっと前からそうなんだから」
迅が囁いたその言葉の真意を確かめる前に、また律動が激しくなってもう何も考えられなくなってしまう。ああくそ、ずるいやつだ、と思う。頭の中を巡る言葉がだんだんと細切れになっていく。熱い、気持ちいい、悔しい、好きだ、もっと――そんなことを思いながら、迅の頭が離れていくのを惜しく思って両手を伸ばしてぐっと引き寄せる。その拍子にまた中が擦れて内側を締め付けてしまった。
中にいる迅も熱い。もうガチガチで、熱を持って生々しく脈打っているのを自分の内側に感じていた。迅だってもう限界に近いだろう。おまえも早くイけよ、中で出せ、という思いを込めて今度は意図的に中の迅を締め付けてみせれば、瞬間、迅が「うぁ、」と小さく呻いて息を吐き出したのが分かる。
「あー、っ……もう」
ほんと、ずるいのはどっちだよ、と迅が悔しそうな声で言う。そうした後、迅が軽く顔を上げたので至近距離で視線がまっすぐに絡んだ。どろどろに欲に濡れた迅の目が、太刀川を映している。
「むり、限界。……おれもイくね、太刀川さん」
そう宣言した迅がラストスパートをかけてくる。がつがつと腰を振られ、こちらも一気に追い詰まってしまう。互いに荒い呼吸を吐き出して、熱を溶かし合って、ああ二人でしている遊びなんだなとこういうときに実感する。
力の入らない体をむりやり動かして、涙で滲んだ目を雑に拭う。先ほどまでよりも少しクリアになった視界にむきになった顔をしている迅が映って、繕いきれなくなったその必死な表情がどうも可愛く見えて、それにすっかり胸のすくような思いになったのだった。