sugar-candy-chocolate




 迅はセックスの時になるととりわけ優しい、と太刀川は思う。
 元々迅という男は飄々と軽薄そうな印象をあえて自分につけようとしている節があるから一見そうは見えづらいかもしれないが、性根はとても優しいヤツである。人が好きで優しく、頑固だ。ゆえに自分が多少疲れようが寝る時間がちょっとばかり減ろうが厭わずあっちこっち背負い込んでは、みんなが少しでも笑っていられる未来にするべく人知れず暗躍なんて称して飛び回っている。
 そういうヤツだと知っていた。昔っから。だけどそれでも少し驚いてしまうくらい、ベッドの上での迅は殊更に優しさを纏おうとしたのだった。
 こちらを組み敷いた迅は、何度も柔らかくキスを降らせる。戯れのように触れるだけで離れていくそれに焦れたこちらから迅の後頭部に手を回して舌を伸ばして仕掛けてやると、迅もようやく負けじとといったように応えてきた。深くなった口付けの合間にシャツの前を開けられ、ブラジャーも器用にホックを外される。最初の時に随分手間取っていた可愛らしさはもうなりを潜めて、今ではすっかりコツを掴んだのがまた迅らしいんだよなあなんて余所事を一瞬考えた間に気付けば上半身に纏っていた布は全て取り去られていた。迅も着ていたシャツを雑に脱いでベッドの下に放る。露わにされた上半身を、絞った薄明るい照明の中で迅が舐めるように見下ろしてくる。
 静かなくせにぎらついたその青い目に宿っているのは間違いなく欲望の類で、それに気付いた瞬間ぞくりとした興奮が背筋を駆ける。下半身にじわりと熱が灯ったような気がした。それはランク戦で相対した瞬間のものとよく似ていて、しかし確かに異なるものだった。
 ランク戦の時は加減なんて一切無く武器――太刀川を殺すために作り上げたスコーピオンを出現させて太刀川の首を違わず狩りに来るその手は今、太刀川の生身の乳房にひどく柔らかい手つきで触れる。先端を迅の指が掠めれば、じわりと疼くような感覚に「ん、……」と吐息に混じって声が零れた。それを見逃すはずもない迅が小さく口の端を緩ませて、太刀川の形を確かめるように胸に触れた手を動かす。柔々と片方の胸は迅の手で揉まれ、もう片方の乳房には迅の唇が触れた。ざらりと濡れた舌で愛撫されると、指とは違う感覚にまた気持ちよさが湧き起こって体が小さく震える。じわじわと優しい、言い方を変えれば教え込まれるように与えられる快楽に、迅が触れた場所から体全体へと熱が回っていく。
「ぁ、じ、ん……」
 自然、甘ったるくなり始めた声で名前を呼ぶと、迅がこちらを見上げた。ぎらついた目のまま、迅は柔らかい口調で「気持ちい?」と聞いてくる。迅の唾液で濡れた先端のすぐそばで言うものだから、迅の熱い息を敏感になったその場所で感じて淡い快楽に肌が粟立つ。
「気持ちいい、もっと」
「りょーかい」
 太刀川が頷くと、迅はそう言って太刀川への愛撫を再開した。手で、指で、舌でもたらされる迅の熱と、的確に太刀川の好きな場所に好きなように触れてくるその感触に、太刀川も熱のこもった息を吐き出す。
 手加減なんてしなくていい。おまえらしくもない。いくら生身とはいえ私はそこまでヤワじゃない、知ってるだろ――こういうことをするようになって間もない頃、あんまり迅が丁寧にしようとするものだから呆れてそう言ったことがある。そうしたら迅はむっと不本意そうな、そして少し照れたような顔をして返してきた。「手加減してるんじゃなくて、大事にしたいんだよ」。その時はあまりピンとこなかったが、肌を重ねた回数が増える度、あの時迅が言った意味がほんの少しくらいは理解できるようになってきた気がした。
 迅と戦り合っている時に、性別なんて意識したことは欠片もない。もう数えるのもばからしいほど戦り合ってきたけれど、一度も。きっと迅もそうだったろう。
 ボーダー隊員、それも戦闘を担う防衛隊員であれば任務や訓練は男女も関係ないし、ランク戦などで相対したときに性別でいやに態度を変えるやつなんてほとんどいないだろう。とりわけ上の方のランクになればなるほど、そんなことを考えるやつはいないように感じた。小中学生の女子隊員に刃や銃口を向けるのは多少気が引ける、というくらいはあるかもしれないが。
 迅と戦り合っている時、太刀川はなにより自由だった。
 自分と迅。それ以外になにもない、なにも必要がない。そうやって戦り合うことがなにより心地良かったから、そういう時間を通じて距離を一気に縮めた迅とは普段だって男とか女とか関係ない、気の置けない友人同士の仲となった。なんだかんだで互いに恋情を抱きそれを自覚し、付き合い始めてからもそうだ。普段は友人の延長のような、互いに変に着飾ることもしない、一緒にいて誰より自由で気楽な相手。
 そう思ってきたから、セックスの時に迅が自分をひどく優しく扱うのに驚いてしまったのだ。
 それを最初は手加減だと思った。ランク戦の時は手加減なんてするようなヤツじゃないのに、なんでよりによって私相手に、と不満に思った。女である自分を嫌に思った、という経験はほとんどないと言っていいが、迅に急に露骨に女の子扱いされているようでそれに戸惑ったのだ。自分と迅の関係はそんなんじゃないだろう、という気持ちになってしまった。
 だけど、違う。
(こいつ、本気で私のことめちゃくちゃ好きみたいだからな)
 好きだから、大事にしたい。そういう単純な話。
 いくら普段は同じのように思っていても、受け入れる側の負担とか、男女でどうしても出る体格の差とか、そういうことがどうしたって現れる行為だ。だから性根が優しい迅という男はそれを目の前で理解した時、その持ちうる優しさをこういうときには全部太刀川に惜しみなく与えることにしたらしい。実はめちゃくちゃ照れ屋で自分の優しさを気取られるのを恥ずかしがるくせに、それを押し込めてまで、ぜんぶ。
 そう思えばついくつくつと笑ってしまいそうになる。
 与えられるばかりなのは、基本的に太刀川の性には合わない。だけど与えたがりでかっこつけの、そしてとりわけ太刀川に執着してみせるこの男が太刀川に与えようとしてくるものは、拒もうとはどうも思えなかった。こいつがどうしたいのかを見てやりたい。好きにさせて、この男が満足して嬉しそうにしているさまを見たい。そのうえでこの男と何度だって遊びたかった。それはこういう関係になるよりずっと前、ただただ『ライバル』という言葉で自分たちを括っていた時分に、迅が太刀川に何度も挑み終いには新しい武器までつくってみせた頃からきっと、この男の手によって刻みつけられた感情だった。
(まあそのうちこっちから押し倒して乗っかったりしてみたくはあるけど)
 そうしたら迅は照れて焦るだろうか。それか未来視で先に視て阻止しにくるかもしれない。それならば余計に覆したくて燃えてしまうな、と思う。こっそり機会を伺ってはいるが、未だ実現には至っていないことだった。
 太刀川の胸への愛撫に夢中な迅は、太刀川がそんなことを考えているなんて気付かない。かわいいヤツ、と思って迅の頭をくしゃりと撫でてやると、それに返事をするみたいに固くなった先端を痛くない絶妙な加減で舌で強めに押されてその刺激にびくりと足を震わせてしまった。
 その反応に満足したのか、迅の手が胸を離れて、いやらしい手つきでゆっくりと腰を撫でられる。太刀川のそれよりもごつごつとした、大きな、少し乾いた熱い手のひら。それだけで体はこの先の期待を拾う。触れられていない場所が疼いて内腿をわずかに擦り合わせると、それを見て取った迅が嬉しそうに目を細めた。子どものような純粋さもあるのに、大人びたねっとりとしたみだりがわしさもある。その表情に太刀川はぐんと煽られた。
 迅の指がズボンの淵をなぞって、「いい?」と首を小さく傾げて聞いてくる。優しいのはいいのだが、別にこのくらい聞かなくたっていいだろうと思う。こうして体を委ねようと決めた時点で、迅にどうされようと構わなかった。だがそれを言ったって照れはすれど頑固な迅は聞かないだろうことは未来視なんてなくたって目に見えていたので、素直に頷くに留める。
 ズボンを脱がされると、太刀川の体を覆うものはいよいよ薄いショーツ一枚になる。迅が手を伸ばしてその中心に触れると、既にそこはじっとりと湿っていた。それは言うまでもなくすぐ迅にもバレて、「濡れてる」と笑われる。
「好きなやつに触られりゃ、そりゃあ、……っ、ん、ぁ」
 布越しに柔らかく指を押し込まれて声が零れた。欲しかった場所への刺激に体は喜んで反応を示すが、布越しなんかじゃ足りない。そう思って口に出そうとしたが、今度は迅はあっさりとショーツに手をかけた。ずり下げられると、溢れた体液が糸のように布との間を薄く伝う。ショーツを床に放った迅は、露わになったその場所に躊躇いもなく舌を這わせた。敏感な場所への突然の刺激に、体はびくんと跳ねる。
「ぁあ、っ、迅、……っ!」
 じわりとまたそこが濡れるのが分かる。溢れたそばから迅がそれを吸い取ってくるので、そのたび太刀川は腰を震わせた。舌先が陰核に触れて遊ぶようにくにくにと舐められると、直接的な強い快楽に思わず声すら出せず息を詰めてしまう。そんな太刀川を宥めるように迅が太腿をゆっくりと撫でてきて、その温度と柔らかい感触にようやくゆっくりと息を吐き出した。しかしまたすぐ迅の舌は入口をもっと解こうとするように愛撫を繰り返すので、愛液がまたどんどんと溢れてしまう。は、は、とまた息が荒くなって視界が薄く滲んだ。気持ちいい、すきだ、迅、もっと、とそんなことばかりが頭の中で浮かんでは消えていく。
「……~~ッ!!」
 激しくはないくせに的確に太刀川の弱いところを責めてくる迅の舌によって、太刀川は呆気なく頂点へと押し上げられた。びくびくと体が大きく震えて、一瞬頭が真っ白になる。空白の中で、どろりとそこがまたしとどに濡れていくのを感じていた。
 太刀川が達したのを見届けた迅がようやくそこから口を離す。濡れた唇を手の甲で拭う仕草に、あーやらしいな、とまだぼんやりとした頭で思った。荒くなった呼吸を整えようと弛緩した体を沈むようにベッドに預けていると、迅がまた太刀川に覆い被さるような体勢になったと思ったらヘッドボードに手を伸ばした。ゴムか、と一瞬遅れて気付く。
 ゴムを箱から取り出した後、迅はようやく自分も下半身の衣服を脱いだ。現れた迅の性器はまともに触ってもいなかったのにすっかりガチガチに勃ち上がっていてなんだかちょっと笑えたけれど、それ以上にこちらの痴態で迅がここまで興奮しているのだという高揚の方が大きい。そして同時に、これからの行為への期待で達したばかりの体もまた疼き始める。
 迅が袋を破ってゴムを自身につけている間、太刀川は視線をなんとなく迅の下半身から上半身に移した。
 迅は、男としては割とすらりとしている部類に入るだろう。しかし必要な筋肉はしっかりとついていて、無駄の無い体だ。きれいだな、と素直に思う。
 太刀川は高校の途中まで剣道をやっていたし、ボーダーに入ってからもトリオン体でちゃんと動く為には生身でも鍛えておいたほうがいいと言われちゃんと動ける体を維持する程度の運動はしっかり続けてはいる。同年代の女子に比べれば、多少はしっかりとした体だろう。身長だって迅とたいして変わらない。
 だが、どうしても男のように分かりやすく筋肉がつきやすい体質ではない。別に筋肉に強い憧れがあるわけではないが、迅の裸の体を見たとき、ふと少しだけ羨ましいような気持ちになる。迅の体はきれいだからだ。そしてその体からあの剣さばきが生み出されると思えば、余計にそれを愛しいように思った。
「……ん、なに?」
 太刀川の視線に気付いた迅が不思議そうに聞く。ちょっと見過ぎたか、と思ったが、別にバレて気まずいようなことでもない。だから太刀川は素直に言う。
「いや? きれーな体だよな、と思って」
 言うと、迅がぱちくりと目を瞬かせる。お、これは視えてなかったんだろうかと思って少し気分が高揚した。迅は耳をじわりと赤くしたが、しかしじっと真剣な表情で太刀川を見つめ返す。
「太刀川さんの体のがきれいだよ」
 おお、と流石に一瞬気圧された。迅がそんなことを言うとは、と思ったからだ。あの迅が。素面というか、平常時だったら絶対言わないだろう。
 迅の表情は至って真剣で、冗談でも軽口でもなんでもなく本気で言っているのだと知る。
 なるほど、なるほどなあ……と噛みしめてみる。だがそれに、悪い気なんてしなかった。そう言われたって自分ではどうだかなんて全くピンとはこないのだけれど。
「そうか?」
 とりあえず聞き返してみると、迅は頷く。
「そう」
 そんなやりとりをしてから、迅は改めて太刀川の顔の横に手を突いて見下ろしてくる。ゴムはもうつけ終わったらしい。さっきと同じ、真剣な顔が太刀川のすぐ真上にいる。
「……挿れていい?」
「いいに決まってるだろ?」
 そう言ってやれば、迅はふは、と笑った。
「太刀川さん、かっこいいよなあ」
「だろ」
 そんなやりとりをして笑い合う。笑いが途切れたと思ったら次の瞬間には迅の顔が近付いてきて、唇が触れた。最初と同じような、柔らかいやつ。顔をゆっくり上げた拍子に、迅の前髪がさらりと揺れる。
 ほらやっぱり優しい。こちらを見下ろす目を見てそう思う。ぎらぎらして熱いのに、そのさらに奥に優しくしたいなんていう迅の欲求が滲んでいるのを見つけたからだ。戦闘中の容赦のないさまもこの上なく好きだが、こういうこいつも悪くない。むしろ好きだな、という気持ちが、肌を重ねる度大きくなっていくのを感じていた。
「挿れるね」と囁いた迅に頷くと、迅の質量が自分の中に入ってくる。その大きさと熱さ、そしてそれがもたらす快楽に、口から勝手に声が零れる。押し入ってくる迅の熱を内側に感じながら、太刀川はその骨張った背中に手を回した。


(2022年10月16日初出)






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